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2013年4月

2013年4月30日 (火)

甲状腺患者から見えた原発事故--患者としての体験(15)

          あすか製薬=疑問の館=果てなく続く何故?

 
 「政府見解」を引用して掲載したのは、2011年8月22日付けあすか製薬のニュースリリースだった。
私は、このリリースから初めて「政府見解」が出ていることを知った。しかも、一作年十二月に入って、初めて知った訳である。
そして、この「政府見解」は輸出製品への添付文書であることは、同年12月21日に厚生労働省に確認して分かっていた。
 

 しかし、あすか製薬が、何故こんなことを突然言い出すのか。(無論、自社の安全性を強調したいのだろうが……。)
三月の放射線のデーターはいつから測ったのか等については相変わらず謎だった。

 私は事実関係を確認すべく、再度インターネットで情報収集をした。
 
すると、東洋経済のインターネット判に「あすか製薬は立体工場が損壊し、従業員家族はバスで避難してしまった。」との情報が記載されていた。
バスで避難? では何日位不在だったのか……いつ戻ったのか……立体工場の損壊は、どの程度のものか……そこに置いてある在庫品は、どうしたのか……それらの問題を一つひとつ解明していこうと思ったものの、やはり、あすか製薬に聞いて確かめるしかなかった。
 
損傷した現場は工場なので、詳細は工場しか分からないのではないかと、あすか製薬いわき工場の方に電話を入れてみた。もはや、箝口令が引かれているのか、詳細は何も教えてもらえず「薬の相談窓口」に問い合わせてほしい旨伝えられた。

  
 作年3月22日 あすか製薬「薬の相談窓口」に電話をし、東洋経済の記事について尋ねた。
「工場は震災で被災し、従業員は二週間位東京の方へ行っていたと書かれている。そうなると、単純に計算すると、工場再開は25日位となる。ところが、御社のホームページには、8月22日付けの資料で環境検査の実施という項があるが、ここには「3月~7月の総積算値は72μ㏜」とあるが、もし、25日から放射線を測定したとしたら、三月はたった一週間位でしかないではないか。たった一週間しか測らないで三月から測定したと掲載すると、読んだ人が誤解しやすい。それに、いわき市の放射線は一番高かった数値は原発事故当初で、25日から測っても空間線量も希釈されてしまっている。いわき市に深刻な放射線が、降りたのは25日前だ。それとも、工場には誰かいて、原発直後から放射線検査をしていたのか」と尋ねたがはっきりしなかった。

 そこで、工場再開の正確な日及び、放射線を測定した正確な日はいつかということ、また一日何度位測ったのか等聞いたが、薬相談室の窓口では情報を把握しきっている訳ではなかった。 壊れた立体倉庫にも触れ、「原発事故後在庫品はどうしたのか」尋ねると「武田さんの倉庫に移した。」とのことだった。
「では、在庫品は放射線に晒されなかったのか。」と確認すると「そうだ。」とのこと。不明だった放射線をいつから測定したのかについては、分からないので「調べておいてほしい。後日電話するから。」と伝え電話を切った。

■損傷した倉庫の在庫品を出荷したあすか製薬


 3月30日 
電話を入れると、突然、対応が過去話した責任者に回された。 私は8月22日の件に触れ質問をすると、結局、
○工場を再開したのは3月26日であること
○工場は震災で破損し危険なので立ち入り禁止
○放射線測定は、工場開始からで累積で測った

という事実を得た。
工場再開が3月26日とすると、やはり、三月はたった六日間しかないではないか。それを三月から測っていると、ホームページ上で表示するのは問題ではないか。少なくとも正確ではない。第一、いわき市に放射線が一番高い時が測定されていない。患者はその数値が知りたいのだ。」と言った。

 日薬連の薬の安全性について引用しているも触れ、その件については、同連合会から、訂正と謝罪の回答を得ていることも伝えた。
「この文書も入手したが、これは加盟団体向けに発信された文書である。それをこうした形で引用すると、内容が内容なので、甲状腺患者に影響を与える。また、政府見解の輸出添付文書についても、どういう意図で掲載したのか分からないが、これは医療品の輸出添付文書であり、目的が違う文書を引用してホームページに掲載すると混乱する。私は厚生労働省に連絡したが、当惑しているようだった。むしろ、『放射線物質が混入しないようにフィルターを重ねるようにとの通達は出した』と言っている。」と厚生労働省監・麻課は言っている。すると、その責任者は言った。「その通達は貰った。この引用をしたのは、あくまで自分たちが測っている放射線の数値の正当性を伝えるためのものである。そもそも、この数値報告をしたのも4月22日に出した文書に貴方様から意見提示され、それに答えようと可能な限りのデーターを公表しようとして腐心したものだ。そこのところを理解して貰いたい。
私は。「そのことは理解できるが、公正取引委員会では表示法に引っ掛かる可能性がないとはいえないと言っている。HPも公のスペースとして表示法の対象になるようで正確な表示が必要らしいし、安全性にも拘わる問題なので正確な情報と丁寧な対応が要求されると思う。」と伝えた。

 最後に、「工場立ち入り禁止の間、壊れた立体倉庫の在庫品はどうしていたのか」尋ねると、「震災で壊れ重機で、取り出せないものは手で出した。」との回答があった。
私は耳を疑い、「3月15日から3月25日までにいわき市に放射線は降りきっていた。壊れていたら、リスクが高いだろうし、それを出荷したのか?」と尋ねた。責任者は「自然放射線範囲だったので大丈夫かなと……。」と余り頓着もせず言われ、私は当惑するばかりだった。
「しかし、他の製薬会社に聞くと『壊れた倉庫からのものなんて、少なくとも、うちは出荷しない。』と言っていた。」と伝えた。「それはどこの会社か?」と聞き返してきたが、名前は特定したくなかったのでかわした。(私の意図は原発事故後、少なくとも損壊した倉庫から取り出したものを出荷してしまうという行為に対し、対局する見解としてあすか製薬に提示したかっただけだった。)
「伝えたいことは伝えた。後の対応は御社次第だ。私は私で個人として対応する。」と伝え電話を切ったものの、私は、この事態に当惑し混乱した。
聞いてはいけないことを聞いてしまったという恐怖感もあって、自分の胸に秘めるしかなかった。

 かく製薬会社として危ういと思える会社のチラージンSのシェアは、今現在でも90%を占めている。供給状態は(昨年8月26日の甲状腺学会での第12報のデーターでは、サンド社のシェアは10%位と記述している。)
シェアは、徐々にあすか製薬のペースになっているように見える。
あすか製薬は、すっかり復活しつつあり、まさに震災前より増産と在庫を増やしているようである。(日本甲状腺学会もそのように記述している。)
  

 こうして、甲状腺ホルモン補填剤の世界は、なし崩しにチラージンSに戻されていく未来は、明白である。
 
私は早くにあすかの安全性に見切りをつけて薬を変えたが、(2%のシェアのサンド社に切り替えた。)ひどくエネルギーを消耗した。
薬を個人的次元で変えれば済むという話でもなく、やはり、医療行政の在り方が問われているのだと思う。
T4委員会も、あすか製薬は「放射線汚染の影響もなくてよかった」と記述しているし、日薬連の常務理事もあすか製薬が福島原発が影響している可能性はなく、安全性については適切に管理されている認識に変わりないと言っている。)

 その後、作年4月13日にチェックすると、あすか製薬の8月22日のHPデーターは削除されていた。(ところが、このニュースリリースは、いつの間にか復活していて、今年一月末、武田製薬工業に確認の電話を入れた時、担当者の指摘で戻されていたことを知った。しかし、特に訂正した気配もなく、いつの間にか、原文が戻されていた。この辺りに、この会社の製薬会社としての自覚と認識の甘さというか……一口に言えば、困った会社だという形容になるのだろうか。)

 倉庫が損傷して、その在庫品を出荷等していいのか……私は、そんなことを聞いてしまって、その衝撃に苦しんだ。あすす製薬が、余りにアッケラカンとしていたから、私の方が神経質すぎるのかと思った位だった。
やむを得ず、他の大手企業にあすか製薬の名前を伏せて一般論で尋ねると「倉庫が破損している製品など、我が社なら出荷しません。」と言われたし、別の大手製薬会社に聞くと「そんな会社は潰れますよ。」とまで言われた。
「潰れないですよ。その会社のシェアは独占状態ですから…。」と私は言い、こんな製薬会社の薬が日本中の病院に納品され、何事もなかったかのごとく病院から処方箋され、狭い選択幅の中で、ほぼ強制に近い形で経口させられる日本の甲状腺患者の哀れさを意識したものだった。

 損傷した倉庫から、製品を取り出し、それを出荷してしまうという素人考えでも、少なくとも、そんな薬遠慮したいものを、事態を掌握しきったわけでもないくせに、「原発事故の影響もない」と断じ、安全性を強調したT4委員会ならびに日本製薬会社団体連合会……そんな製薬会社の諸事情や背景を調査もせず、たった40日で日本国中の医療品の安全性を宣言した政府見解……私は頭が混乱してしまった。

 (あすか製薬の緩い発想のなかには、立地するいわき市の放射線の意図的情報開示の在り方も影響がないとは言えないだろう。まさか、地元の自治体が、放射線情報開示をコントロールしているなんて、誰も予測しないだろう。。
この誤った数値を原点にして、製薬会社、甲状腺学会等がのせられ、架空の安全性が作成されてしまった。)

■販売会社武田製薬は何も知らない!

 この話にも後日談がある。
私は損傷した倉庫から在庫品を出荷してしまったということに衝撃を覚え、事実を私一人の胸に秘めた。一年も前のことを持ち出したとしても、今更そんなもの何処へどう流通していったか追う術もなかろう。どうにもならないではないかという思いもあった。しかし、常に心のどこかに引っかかるものがあったし、こんなことが、まかり通っていることへの怒りは、心の中に沈潜していった。

 それでも、このことをオープンにすることを私に躊躇させているものは、やはり、その影響が予測できなかったことである。
どうやら、ここまで本件に執着していたのは私だけのようで、あすか製薬の責任者は、私の名前までメモしていた様子だった。それで様々な話の中から、私がふと聞き出してしまった事実だった。誠実そうだった担当者が、ふと漏らしてしまった真実かもしれなかった。それゆえに、その影響が、その担当者個人に行くことを懸念した。
その葛藤が、私の中で続いた。私もそんな真実を聞き、当惑し恐れた

 それでもやはり、本件をうやむやにはできなかった……なぜなら、放射線が出ているからだ。しかも、損傷した倉庫から……このことは、東洋経済も報道している。あすか製薬の工場と倉庫は損壊したと……。
今年に入り、私は<この件を販売している武田製薬は、知っているのだろうか>とふと思った。知っていて販売していたら、それは問題だし、知らなくて販売していたとしたら、それもそれで問題ではなかろうか。
 
今更どうにもならないけれど、放射線が検出されながら、学会もそのことに触れることもなく、むしろ、あすか製薬の既得権を保護するべく奔走している姿も、患者としての私には、反発の材料だった。その芽は、次第に伸びていった。
原発事故当初、98%シェアという独占体制に苦しめられた。それに、冷静に考えれば、やはり、損傷している倉庫から在庫品を引っ張り出して出荷してしまうこと等許されないのではないか……何のためのGMP基準なのか……。私は、一患者として、製薬会社から屈服させられている事を潔しとはできなかった。私は、前に進むことを選んだ。
 

 私は、若干緊張して今年1月25日 武田製薬工業の薬相談室に電話を入れた。
私は経緯を話した。当初雑草に驚異的ヨウ素が検出されていたこと、セシウムも30300ベクレルは存在したこと、そして残念なことに、いわき市がそのデーターを一年余も掲載していなかったこと。従って、最初に出したあすか製薬のニュースリリースは、そのデーターに基づき安全宣言をしていること、そして、8月22日に出されたニュースリリースに関して三月と記載されているが、本当は3月月26日からの測定となること等、そのなかで、私の知っている限りのこと述べた。
 

 そして、「ところで、あすか製薬が損傷した倉庫から取り出した製品を出荷したことを武田さんは知っているか」と問いかけた。同社の担当者は、しばし絶句した後「危険性が分かっていて出荷したということですか。」と聞いた。
「あすか製薬は、自然放射線内だったので安全だと言っている。しかし、その意味がよく分からない。私もそんなこと聞いてしまって驚いているし、戸惑っている。販売している武田さんなら、事情を知っているかと思って……。」と聞いた。
武田製薬工業の薬相談室の担当者は「分かっていて出荷したら、それは過失です。」と言った。「過失ですか?」私の方が焦り、怖くなった。
担当者は「要は人命に関わることなので、すぐあすか製薬に連絡し確認します。」と結んだ。この時点では「患者様の安全」が強調されていた。
 

 しかし、数日後2月6日電話すると、武田製薬工業の担当者は「あすか製薬に確認したところ、同社は詳細に検査をしていて、そのデーターは安全と思われます。」と予定調和的回答をした。(数値についての詳細は知らせてもらったが、先回の口調はトーンダウンしていた。)
武田製薬工業が原発事故直後のあすか製薬についての情報が欠如していたか分かる。
武田製薬工業について分かったことは、販売を担っている会社でもあるのに、私が問い合わせをするまであすか製薬の工場も倉庫も損傷していた情報すら知らないようだった。(既に、原発事故直後3月25日のあすか製薬のニュースリリースには自社の損傷を告知してたにもかかわらず……同社のニュースリリースも見ていなければ、その内容も把握してなかった。
 


 また、いわき市に一万ベクレルの放射線物質のプルームが通過したことを実証したNHKの報道特集のことも知らず、いわき市に降りた文部科学省の雑草の驚異的濃度のデーター等も知らなかったし、その情報収集もしていなかった。(:原発事故当初、私は武田製薬の薬相談室に、雑草の驚異的データーも告げた上で、放射線汚染地区にわざわざ緊急輸入品を持ち込まないよう要請した時、私の言うことに耳を傾け、然るべき窓口に上げるとは言ってくれた担当者はいたのだったが……。)

 あすか製薬チラージンを販売している武田製薬の放射線に対する実態は、余りに緩い対応であった。(経済同友会の会長をしている社長を抱く最大手会社としては、お粗末という印象を拭えない。
<こんな製薬会社と販売会社等信頼できない。>と私は思った。
製薬会社を含め、学会、関連省庁みんなが、いかに薬の安全性や患者への配慮に頓着してくれていなかったかが分かった。
 



■厚生労働省監・麻課に判断を仰ぐ


 武田製薬工業の薬相談室の担当者は「法律のことは分からないので、この基準が薬に当てはまるかどうかは、厚生労働省に聞いて下さい。」と言った。私も、このことは気になっていた。
今年2月13日同省医薬食品局安全対策課に連絡し、経緯を話した。が、ここでも、あすか製薬が、損傷した倉庫から、在庫品を出荷してしまったことは初耳だったようだった。

 2月27日その回答を聞こうと電話すると「うちは副作用等を管轄するので、監・麻課に聞いてほしい。」と言われ、同課へ電話を回してもらい、再度事情を一から話すことになった。
ここでも、初耳だということで、ともすると逃げ腰だったが、とにかく、上司に上げて検討してほしい旨伝えた。

 3月19日 厚生労働省監・麻課にその回答を得るべく電話をした。
すると、担当者0氏は「認可しているのは福島県なので、そちらに確認した。  確かに、倉庫については物が落下したりすることはあったが、外部との露出はなくて、放射線の露出というのは倉庫内ではない。崩れたという感じはあったが、壁は若干崩れた程度で損傷については外部との露出はなかった。従って、曝露はなかったので心配ない。このことは県に、きちんと確認を取ったことなので……。」と回答した。
私は「しかし、微量であれ、放射線は出たとあすか製薬はニュースリリースで言っている……。このことは、監・麻課として、どう判断するのか聞いている。当時、放射線の薬の基準はなかった。」と再度聞いた。担当者は言った。「当時、薬の基準がなかったから、出荷の判定というのは、薬事法の中で業者の責任でやるんですよ。監・麻課は、業者が適正な出荷をしているかどうかチェックするところなので……。一昨年末に基準は出来たが、原発事故当初の出荷の責任は、業者判断で責任を取ることになっている。」というのが、最終回答だった。
私が「それは上司の見解か?」と再確認すると「そうです。」とのことだった。

 個別の企業については、承認している場所となるので、あすか製薬の場合は、福島県に監督責任があるとのことだった。
しかし、その福島県薬務課へも電話で確認を取ったが、工場や倉庫の修理に関しては特別な書類申請も必要ないとか言っていた。いわき市の雑草の高い放射能濃度についても何も把握していないとかで、危機管理という意味では、はなはだ、心もとない印象を持った。

 
 
 あとは、薬事法をどう解釈するのか……という問題になるのだろうか。


つづく

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甲状腺患者から見えた原発事故--患者としての体験(14)

                       いわき市インターネット閲覧

 

   2011年3月25日  薬事日報の薬事ニュースインターネット判で、いわき市を取り上げ報告している記事に気づいた。

  これによれば、いわき市とは人口34万人の中核都市だという。
今回の津波とかで死者200人以上の被害を出した。それに福島原発事故の放射能漏れが追い打ちをかける。
市北部の一部に屋内避難指示が出た影響で、いわき市全体が危険という風評被害が拡大。医師も薬剤師が相次いで避難状態になった。市内商店は閉まり人影も少ない。ライフラインは回復しているが、まだ断水は続いている。」と報じている。

 2011年3月15日 読売新聞によると「地元紙いわき民報は16日からガソリン不足により、配送不可能。屋内退避が同市にも及んだことから一時休刊となった」と報じている。
 

  2011年4月2日 いわき民報のインターネット版コラム「片隅抄」からの抜粋  に市長や議員に関してのコメントを見つけた。それによれば「市長や議員が一度も避難所に姿を見せない。選挙の時は押しかけてくるのに、そんなことでわれわれの声がとどいているのか。そう不満をぶちまける人は多い。」と報じている。

  2011年4月22日 突然、いわき市屋内退避圏解除となる。
この件について、当時の枝野官房長官が、計画的避難地域にも緊急時避難準備区域にも含まれなかったことについて「市の強い希望に基づいた。」と発言したことに、渡辺市長は「強く要望したことはなく事実無根だ。」と4月23日記者会見した事を、同日の読売新聞インターネット判が報じていた。渡辺市長は、同日、官房長官宛に発言の撤回を求める文書を送ったという。
この件で、大久、久の浜地区が屋内待避区域からはずれ、緊急時避難準備区域の対象にもならなかった。このことについて、渡辺市長は「国も本市も安全と認めるもので、いわき市は安全だということである。」と言ったそうだ。

  2011年4月12日 日本テレビのインターネット版 福島第一原発事故の影響で、規制されていない農産物まで価格が暴落するなど、深刻な風評被害が出ていたいわき市は、風評被害の払拭のために、福島県産やいわき市産の農産物を東京新橋で農産物安全性を訴え、試食販売のキャンペーンを行った。いわき市は、他の地域でもキャンペーンを行う予定と言っている。
(この日、いわき市 平字梅本の雑草のヨウ素10400ベクレル、セシウム3310検出されている。少なくなったとはいえ、高い数値である。) 

 私が感じているいわき市のデーターの疑義を書き込んでいるブログがあった。その内容とそのタイトルはこうだ。「原発事故直後の放射線量を、いわき市が護魔化していた」というものである。
その内容は、以下のようなものだ。
「県民健康管理調査のブログ記事を作る際、福島県のHPにある放射線データーを調べていた時に、あることに気付きました。地震直後のいわき市のHPに掲載されていた放射線データーと県庁のHPに掲載されているデーターが違うのです。」
 

  このブログの持ち主は、その違いをグラフにまでしている。
(少なくとも、私の知っているいわき市のデーターは、2011年4月25日位からのもので、福島県七方分放射線環境放射能モニタリングデーターは、5月8日美浜会というNPOで初めて発見したのだった。原発事故直後のいわき市のデーターは、見る機会を失していた。その内容は、大変参考になった。)
 

  このグラフは、2011年3月16日11:00am18μ㏜のものである訳だが、いわき市は、次の時間12:00の4,5μ㏜程のなだらかな山にしている。
しかし、もっと高かったその前日3月15日に23,72μ㏜ついては、このグラフには掲載されていない。
ということは、このブログの主催者はこの数値について知らないのだろうか。
しかし、よく考えれば、比べようがないのかもしれない。なぜなら、いわき市ば、同日のデーターは掲載していないのだから……。
 
ここから推測できることは、私の想像していた通り、、いわき市は、原発事故当初から、この一番高かった数値をカットしたままホームページに掲載していたのではないかということである


 

雑草ヨウ素37500ベクレルあるも新学期開始

 
  こうしたインターネット検索を通じて、いわき市の実情が見え隠れする。
渡辺市長は、震災後20日位経っても避難所を訪問してなかったようだ。
また、原発事故直後、四月給食に福島県産の牛乳と食材を使うことを推奨した。
 
4月6日 学校はさっさと新学期を始めてしまったとか……。その時のいわき市教育長のメッセージはこうだ。
「放射線量はわずかですが減少の方向。健康に影響を与える程度ではないとの見解が示されています。」とのこと。
(この言葉は、2011年5月10日 災害対策本部に電話した時、窓口で対応した男性の言葉と同じだ。あの頃、確かに政府が開設していた健康相談でもそう言っていたので、おそらく、そうした統一見解があったのだろう。)

 しかし、4月4日には、いわき市平の雑草の放射能濃度は、放射線ヨウ素110000ベクレル/kg.、セシウム137は13300ベクレル/kg.残存している。
4月6日37500ベクレル/kg、セシウム137は5150ベクレル/kgで、かなり減ってはいるものの、まだ濃い数値が雑草から検出されている。)
この数値が子供たちの健康に影響を与えないことはないだろう。
さすが、抗議のメールが殺到し、翌日各学校の判断に任せることに修正したらしい。

  しかし、少なくとも、この時期、汚染されている外界に晒された市民は、少なくはなかったであろうことは予測できる。
しかるに、いわき市は、このデーターを一切ホームページに公表していなかった。そうしないまま、大胆にも安全宣言をして、新学期を開校しようとした。
3月18日 690000万ベクレルという眩暈のするヨウ素が雑草から検出されていた。これは、何度も言うが文部科学省のモニタリングデーターである。
(これは3月14日三号機が爆発した影響と考えられる。いわき市は、3月15日2:00am23,72μ㏜となっているが、SPEEDIのデーターでも、前日まで海へ流れていた放射線は、この日、午前中南に流れた。)

  三号機については、アメリカの学者ガイガセン氏によると、これは水素爆発でなく即発臨界と発言している。
ECRRバスビー氏も、水素爆発などではなく核爆発だろうと指摘している。三号機の爆発は、それ程深刻なものだった。

 2012年3月11日 NHKのETV特集「ネットワークでつくる放射線汚染地図5「埋もれた初期被爆を追え」という番組があった。これは、独立行政法人海洋研究機構の研究者がまとめたヨウ素131の拡散状況が、公開されている。
その図を確認すると、いわき市は最高レベルのヨウ素131に直撃されている。(小名浜あたりは真っ赤になっている。私が見た雑草のデーターはいわき市平合同庁舎近くだが、こよなく赤に近い赤丸となっている。) 
その後、風が東寄りに変わり、放射線ヨウ素は、茨城、栃木、群馬へと流れていったという
 
いわき市の子供たちは、どれほどの内部被爆したのか計り知れない。(当初、内部被爆の意味を知らなかった。あえて、政府もこれに触れようとしなかった。しかし、この意味を知れば、知り得た情報を公開もせず、住民、特に子供たちに余計な被爆させたことは、深刻な問題となろう。)

 いわき市は、本当に放射線ヨウ素131で汚染されていたのだ。しかし、いわき市は、その正確な放射線データーを情報として公開しなかった。
この報道で、私は真に、文部科学省モニタリングデーターの雑草の高い放射能濃度の謎が解けた気がした。

  
 当時の災害対策本部の最高責任者は、市長であるということを最近知った。(最高責任者であるということは、緊急対策においてその対策が誤っていたら、その責を負わなければならないだろう。)
雑草に付着したヨウ素690000ベクレルは、セシウム30300ベクレルについて、文部科学省放射線対策課放射線規制室に尋ねた折「それは濃い数値ですね。」と言っていた。(専門家から見ても、高い放射線値なのである。)
にもかかわらず、いわき市は、このデーターを一度もホームページに掲載しなかった。そして、おそらく、現在もしていないだろう。(なぜなら、原子力対策課の担当者が、このデーターの存在自体把握していないからである。)

 それに、地価が上がっているのに、今更掲載しても意味もなかろう。
結局、架空の風評被害論に徹した市側の論拠は、こうした経済性であることが、今になって分かった。
ある意味、身震いするような怖い現実が、いわき市にはあったのである。どうやら、ここには、いわき市が「福島県最大の都市」であることが関係あるという人もいる。つまり、賠償金が膨大になるというのである。
ここでも、経済が市民の命や健康に優先していることが見え隠れする。

■いわき市の地価十六年ぶりに上昇!

 今年3月22日 福島民友の記事を見て、原発事故当初いわき市の行政意図が明確に分かった。いわき市の土地が上がっているという。
福島民報によれば、「いわき市の住宅地の平均変動率がプラスとなったのは平成9年以来、16年ぶり。住宅地の標準地(調査地点)74地点の約半数に当たる36地点で、地価が上がった。」とのこと。
中でも、上昇率が最も高かったのは、市内泉もえぎ台の新興住宅団地の一角だそうで、前年比プラス10.7%となったという

 今にして、やっと分かった。いわき市が、あれ程濃い雑草690000ベクレルの放射線ヨウ素のデーターをホームページに断固掲載しなかった訳が……。さらに、2011年3月15日の福島県7方部の一番高かったデーターも、わざわざカットして掲載した意図が……。
 
原発事故直後3月15日、ある瞬間、福島県で一番空間線量が高かったのは、いわき市であった。
さらに、突然、いわき市屋内待避待機圏解除となる
4月22日この件について、当時の枝野官房長官が、計画的避難地域にも緊急時避難準備区域にも含まれなかったことについて「市の強い希望に基づいた。」と発言した。このことに、渡辺市長は「強く要望したことはなく事実無根だ。」4月23日記者会見までした抗議し、撤回を求める文書を送ったそうだ。このことは、同日の読売新聞インターネット判が報じていた。
 

 そこまでして、幻想のいわき市安全性を全国に振りまいた。この成果が、土地の値上がり? これが為政者の目論見? 私は呆れた。というより、絶望に近い感情にとらわれた。子供達を被曝させ生涯苦しみを背負わせて、それでも、いわき市の土地が上がれば、復興すればいいのか。
子供達の涙を無視し、その人生を踏み台にして、嘘のクリーンさを演出して、それで勝ち抜けるとでもいうのだろうか? 

 
 

 しかし、何から勝ち抜く? そうか……土地の下落から? 
もし、先の文部科学省の雑草のデーターを全国の人が知れば、土地は、大幅に下落するかも知れないだろう。すると、自分の自宅や所有している土地の資産価値が、下手をするとゼロになる……それを恐れた? それは、案外当たっているかもしれない。 

いわき市民は、土地が上がり不動産ブームに湧いているという……しかし、いわき市が隠した文部科学省の雑草のデーターの数値を見たら、どう反応するだろうか。
 
放射線セシウムの半減期は30年……そして原発事故当初、放射線セシウムも、2011年3月23日、雑草に30300ベクレルあった。
年と伴に、数値は希釈されるだろう。 しかし、消え去ることはないのだ。土地の中に、ただ沈潜していくだけなのだ。
 

 
■総務省震災行政相談と弁護士連合会に電話する

  今回のような原発事故という前代未聞なことが生じた場合、市町村行政における原発対応に関し、もし疑問や不服があった場合、住民はどこに苦情を訴えたらいいのだろう。
どうやら、情報開示も自治体に対しては国が関与できないシステムになっているようなのである。

  もし、情報に疑義があった場合(今回のように一番高かった数値の日が掲載されていないとか、高い放射線値の雑草の情報を知っていながら健康に害がないと聞いているとしてホームページに掲載しないケースのような場合)法律的にはどう扱われるのだろうか。
いわき市の作為的データーの掲載の仕方によって、製薬会社も影響を受け、安全宣言をしてしまった現実もあった。同社の薬を飲まなければならない患者当事者として、私も相談してもいいのではないかと、総務省震災行政相談と日本弁護士連合会が開催している電話相談に電話をしてみようと思った。

  2012年5月15日 まず、総務省震災行政相談に電話をしてみた
私は、いわき市に立地する製薬会社が製造する薬を飲まなければならない患者である立場を伝え、そのことで、今回の原発事故と関わってきたことを説明し今までの経緯を話した。
こうした経緯において、「昨年いわき市の雑草の放射線ヨウ素が最高90000ベクレル3月23日セシウム30300検出されているデーターが文部化学省から出ているのに、そのデーターはいわき市のホームページに掲載されていなかったこと、3月15日の23,72μ㏜の数値は削除されていること。しかも、3月16日もメモによれば12:30Pmに3μ㏜が一番高かった旨掲載していること。福島県七方部モニタリングデーターと突き合わせると、その前のすべて高かった所が抜かし、その前のページを去年4月28日段階では、削除して掲載していたこと。この理由を去年5月15日 当時の災害対策課に確認すると『それは測定時間が違うので掲載しなかった。雑草のデーターは知っているが、健康に害がないと聞いている。』と窓口の職員に言われたこと。」を話した。
 
私は続けた「。しかし、年が明けて、毎日新聞のスクープ記事で11人の甲状腺内部の子供が、いわき市から出ていること報道があり、過去の窓口の担当者の対応に疑問を持ち再確認した。すると、現在の原子力対策課の担当者は、この雑草のデーターの存在すら知らなかったこと。また、過去、私に対応した人は、臨時職員で、すでに退職済みであったことが分かったこと。ネット上でも、いわき市にホットスポットがあるとか市民も怒りの声が上がっているし、私も患者としていわき市の情報掲載の仕方に迷惑している。というのも、いわき市の情報を根拠に、私と関わりのある製薬会社が安全宣言をしているからだ。緊急時において、こんなある種、責任感のない対応と情報の出し方をしていて、それが許されるのか、住民は、そのことについて、どこに苦情を持っていったらいいのか?」と尋ねた。

  それに対する回答は、以下のとうりだった。
「いわき市は独立地方自治体なので、国から何も口出しできない。しかし、いわき市のホームページのことは、いわき市が説明する義務がある。監査委員会事務局というものがある。しかし、放射線については専門知識が必要なので、それを持っているかどうかは不明。
私は、「最終的には、もし被害を受ける人がいたら、検察とかに相談するしかないのだろうか。」と問うと、「そちらに相談しても、やはり放射能に関しての技術的専門知識がないと難しいかもしれない。」とのことだった。
 
要は、みんな初めての経験で混乱状態でしかないということだった。

  2012年5月15日 続いて日本弁護士連合会の相談ダイヤルに電話してみた総務省に掛けたと同じことを説明し、今までの経緯を話し相談した。
まず、私は患者で、そのことで今回の原発事故と関わってきたことを伝え、その主眼の内容は、いわき市の放射線データーの情報掲載についての法律的に解釈についてである。

  回答としては「悪いことをすべて処罰できるとは限らない。法律に書いていないことはできない。聞いている限り、今回のことは法律的にどうかということは調べてみないと分からない。」ということだった。
「ということは、自治体はそのことを逆手に取り、行政に都合いい情報を出すことも可能ということにもならないか。」と私は問うた。
応対した弁護士の答は「だからといって、行政が、虚偽を記載していいことでもない。」というものだった。

  要は、原発事故という初めての出来事なので、どうやら、ここでも法律が不整備なら、誰も裁けないということが結論らしい。
不手際で(作為的に情報操作をしたとしても)多くの人を被爆させて、何の罪にもならない……国会も、民間事故調査委員会も検証しても、人は裁かない……そして、時間経過と共に風化させる……こんなことは、この国だけの特技ではなかろうか。
そもそも、こうしたことを想定もせず、然るべき法整備もしていなかった歴代日本国政府が問題視されるのだろうが、こんな不安定な地震大国にあって、そうした懸念さえ安全神話の中に吸収され、それで済んできてしまったことに呆然とする。

  国はSPEEDIを含め、様々な情報隠蔽をしてきた。大切な命に関わる情報を隠蔽し、多くの人々を被曝させた。文部科学省SPEEDIの存在は隠したが、雑草のデーターは、掲載していた。これは福島県が計測したのだから、県庁のホームページには掲載されていたはずである。
しかし、県薬務課は2011年4月、原発事故当初あすか製薬の安全性について問合わせた時、いわき市のこの雑草のデーターを知らなかった。

  また、今年3月 同県薬務課に損傷した倉庫から在庫品を取り出し出荷してしまった件につきその詳細を尋ねた時、いわき市の濃い放射線データーがある旨伝え、故に危惧していたと言ったが、同市の雑草のデーターのことを全く知らなかった。(にもかかわらず、この県薬務課が、あすか製薬の認可を与えているのである。立地している市の放射線の情報を収集することもなく、客観的データーを把握してもいないのに、同課が認可している責任のなさ……何でも形だけである。書類さえ整っていれば、安全性の背景すら審査しないのである。)

 それが、こんな緊急時に、今だまかり通っているこの国の役所仕事である。
それで、被害がなければそれでいいとする。しかし、相手は放射能である。情報を知らなかったとか、お役所仕事だから等という理屈は許されまい。(しかし、この国では、それがまかり通るという、絶望的平和呆けの国なのである。)

 いわき市は、原発事故以降、雑草の濃いデーターを一度も掲載しなかったた。これは事実である。
 
 非常事態にあたって意図的な情報操作などがされたとしたら、本当に罪深いことではないか。もし法律がなければ、なぜ早急に整備しないのか、実に、不本意である。不本意だが、どうやら、原発という専門性のなかで、今回、この不本意が法的にもまかり通るようなのだ。

いわき市は復興音頭を合唱する

  昨年7月7日 当時首相だった野田総理はいわき市を訪ね、小名浜港を訪問。温泉リゾート施設スパリゾートハワイアンズのダンシングチーム三人の出迎えを受けたという。
温泉リゾート施設スパリゾートハワイアンズは140万以上の入場者があり、福島県の復興の象徴とされている。

 「野田首相は、館内の鮮魚店で小名浜港で水揚げしたカツオを試食した後、渡辺市長と意見交換し、市長は国へ双葉郡が帰還するのにロードマップを作ることが支援の目安になると国の支援を求め、その他を取りまとめた要望書を首相に手渡した。」といわき民放は報じている。
 
 

  0の数値が四桁も続く濃い雑草の放射能汚染があった。
SPEEDIですらいわき市北東部に内部被爆臓器等価線量の積算線量も100㎜㏜から500㎜㏜まで隣接する地域もみられる
現に、いわき市の子供で35㎜㏜甲状腺の内部被爆をしていた子供もいたことも報じられている。
小名浜港といえば、あすか製薬も近いロケーションだ。しかし、作年7月7日 復興のみ目指し繰り広げられているこの光景は、あたかも原発事故など何もなかったかのように、銅鑼を鳴らして市民を鼓舞しているかに見える。
市民に真実を告げないまま、いわき市は、復興音頭に躍っているかの様だ。

 こうした光景を重ねることで、真実を時間の中に封じ込め、放射線の数値も雨やら風に薄め希釈させていくように見える。
日常が放射線を薄め、あるいは薄まっている振りをする。あるいは、非日常が日常に喰われていくというか、(日常に慣らされていく言い方がふさわしいのか。)私たちの感性自体が、鈍化させられていく。あるいは、鈍化させるべく、あらゆる媒体が攻勢をかけマインドコントロールしているのかもしれない。
 

  そのように、マスコミと政府から異口同音に安全性を合唱され、日を重ねるにつれ放射線値に慣らされてしまう危惧は、私たち自身にもある
結果 原発当初いわき市に、最高69000ベクレルの雑草に付着した放射線ヨウ素のことも、30300のセシウムが検出されたことも幻であったかのように……いわき市は復興を強調アピールしている。
(原発事故、以来一年数ヶ月以上も、いわき市は、目眩がする程の雑草の放射能濃度をホームページに一度として公開することなく、人々の放射線に対する不安を捩じり伏せたままだ。)

  いわき市は、今更、文部科学省の雑草のデーター等、掲載する気もないだろう。しないまま、復興に向かって邁進していくのだろう。
本当の放射線値を布で包んで、時間の彼方に放置するだろう。あとは、風が掻き消してくれるのを待っているだけだろう。
この歪んだ落差を、住民はどう見つめているのだろうか。自分たちの命と健康を経済に売られたまま……。
あるいは、マスコミの旗振りによって、それに気づく意識すら、徐々に鈍化させられいわき市の復興音頭に洗脳されていってしまうのだろうか。

 放射能ヨウ素に初期被爆をしてしまったいわき市の子供たちの苦しみは、これから生涯続く。(そういう状況に追い詰めておいて、それを不可抗力というのだろうか。これほどの決定的証拠がありながら、何故、それを被爆者が証明しなければならないのか。)
 
  

いわき市が復興を強調すればする程、孤立し追い詰められている人々の姿が目に浮かぶ
いわき市の不正確なデーター掲載は、製薬会社にも影響を与えてきた。その誤ったデーターを信じて、あすか製薬は、一度目の安全性を宣言した。
それはカッコつき安全性という点において、私たち60万人もの甲状腺患者にとっても、切っても切れない関わりがある。
両者とも経済の道具として見なされ、人間扱いをされていないことにおいて共通している。

 
■いわき市のホットスポット

 
 再び、インターネットの掲示板の中の2011年5月8日の投稿。
「我家はいわき市の最北部。川内村との境で地図で言ったら黄緑色のところです。チェルノブイリなら強制移住の地域か。でも、いわき市は『安全だから帰って良い』と言い、村の住民三世帯はもう戻っています。水は井戸か沢水、野菜は、みんな自分の畑で作ったものを食べているのにね。風評被害ってなんでしょうね。これは、あきらかに実害なのに。いわき市長は、子供で人体実験したいんでしょうかね。その結果が出る頃にはきっと引退して責任も取らずに、どこかに消えうせているんだろうな。」
全く同感である。   
 
  

 この地区については、作年11月27日NHKラジオ夕方ニュースで一昨年五月放射能汚染マップを作った独協大木村真三氏が出演していた。
木村氏は福島県中を放射線の測定をしてきた。そんな経緯の中で、いわき市のことにも触れていた。
 木村氏は言う。「一昨年4月21日いわき市は安全宣言を出しました。しかし、この時期、川内村との村境にホットスポットがあったんです。これは、たまたま汚染地図を作成するために歩いている時に、たまたま見つけたんです。唯一高濃度10マイクロを超えていたんです。で、いわき市が安全宣言をしていたにも関わらず、高濃度の汚染地区があるということで、その地域に行ったら、そこに人がいるんですよ。『それで何をやっているの? ここはこんなに高いですよ。』と言ったら、『市は何にもやってくれないんです。』ということから、この地域にホームステイしながら、何とかこの地域を救う対策事業をしてきたんです。」と語っていた。(ここは県境の志田名の荻地区という場所であり、いわき市のホットスポットと言われている。、いわき市は、2011年4月22日 ここを屋内退避地域から外した。

 こうしたことから、先のインターネット投稿者の発言は事実であったということが言える。先の投稿者は、汚染マップの公開情報から事実を知ったのだろう。ここで分かっることは、いわき市の安全宣言は、いかに、安全性の裏づけのないものであったかという事実であり、させなくてもいい被爆を住民にさせたということである。            
 

 先延ばしにしていたいわき市監査委員会に、昨年11月21日電話を入れてみた。総務省公正取引委員会もそこに相談したらどうかとアドバイスしてくれていたからだった。しかし、回答は「ここは財務のことしかやっていないので……。」と言われた
私は全体の経緯を話し「だったら、どこに訴えたらいいのか。原子力対策課の担当者さえ、私が知っている文部省雑草の放射能濃度のモニタリングデーターを知らなくて、ずっと、掲載していなかった。」と訴えた。
「それは、やはり、原子力対策課に尋ねてみてもらうしか……。」と言うので、私は、激高して「しかし、その担当者から電話も来ないし、聞いても分からない。第一、こんな盥回しの対応で、被曝させられた市民に対して、罪深いと思わないのか。」と言った。
 
しかし、電話口に出た窓口対応の同じことを繰り返すばかりだった。
いわき市監査事務所という所は、市民のために何もしないところだと分かりました。」と私は電話を切った。

 結局、市というのは、独立自治体として誰からも干渉されない存在であり、一度、市民がその首長を選択すると、市政は市民に届かない存在になりかねない事例を示している。
それでも、原発事故直後の対応において、こういう行政を進めた結果、地価は上がった。市民はそれを支持しているのだろうか。


つづく

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2013年4月29日 (月)

甲状腺患者から見えた原発事故--患者としての体験(13)

                  謎多きいわき市の放射線数値

雑草の放射能濃度690000ベクレル検出

  私はあすか製薬がいわき市に立地している関係から原発後放射線値を追いかけてきた。
何度も触れるが、福島県内7方部の空気線量モニタリング資料によれば、2011年3月15日2:00amには、18.04μ㏜、4:00amに23.72μ㏜となっている。3月16日10:50amには18.78μ㏜という数値も記録されている。
一昨年3月18日文部科学省のデーター雑草の放射線濃度は放射線ヨウ素690.000ベクレル/kg 、セシウム17.400ベクレル/kg、3月23日ヨウ素451.000/kg、セシウム30./00ベクレル/kgという数値が検出されていた。


いわき市雑草放射能濃度ヨウ素とセリウム資料
 


S_3


 この件に関連して、作年二月になって、「いわき市で35μの甲状腺に問題がある子供が存在したが、政府は追検査をしなかった」旨の毎日新聞の報道があった。
このことにリアリティを感じ、昨年三年購入したパソコンで再度いわき市のホームページを検索すると、もはや六月からのデーターしか掲載されていなかった。(先にも記したが、福島県の七方部空気線量モニタリング資料はプリントアウトしていたもの、いわき市のデーターはプリントアウトしていなかったため、パソコン破損のため当時のデーターのすべてを失った。従って、いわき市のデーターは私のメモを頼るしかなかった。私のメモには確かに3月15日のデーターの掲載はなく、私の記憶でも同日記載の記憶はなかった。)
 

  雑草のモニタリングデーターでは、放射線ヨウ素690000ベクレルの数値が検出されているにもかかわらず、とにかく、いわき市の空間線量は低く、その格差にずっと疑問を感じていたのでよく記憶している。
そして、この疑問が、私のいわき市の線量調査のキッカケになった。

  一昨年4月28日初めてNPO法人美浜会が作成したグラフをインターネット上で見つけだして、いわき市に3月15日23.72μ㏜の放射線が検出された事実を知った。再度、いわき市のホームページを確認した。しかし、いわき市のホームページにはこの数値がなかったのである。雑草の眩暈のするような高い数値についても掲載されていなかった。
いわき市のホームページには、3月15日のデーターがすっぽり掲載されていなかった。(3月16日から掲載されていた。しかも、16日の高い数値は掲載せず、何でもない3μシーベルトから始まっていた。)

  その理由が分からなかったので、一昨年5月10日いわき市災害対策課へ確認した。窓口の担当者は「それは測定の時間が違うので掲載しなかった。雑草のデーターも知っているが、安全だと聞いているので掲載していない。」と返答した。この辺は、時系列のところで既に記述したが、当時不明確な点が一年経ってその実像が見え始めてきた。

 

事故直後「甲状腺被曝検査」一番高かったのはいわき市の子供


 
  そのキッカケとなったのが、作年2月21日毎日新聞が報じたニュースである。それによれば、2011年3月26日~30日福島原発から30キロ圏外被曝量が高い可能性がある地域で(これは確かいわき市、飯館村川俣町だったと記憶している。当時、子供の検査が必要なほど、いわき市に降った放射線量は深刻だったのかと注視していた。しかし、その結果は公開されていなかった。)0~15才の子供1080人に簡易の検出器を使った甲状腺被爆検査を行った。
 
  

  このうち、いわき市の子供137人のうち11人の線量が5~35㎜㏜で、甲状腺の局所被爆線量が、最高で35㎜㏜だった。結果を知らされた安全委員会は同月30日この子供の正確な線量を把握するため、より精密な被曝量が分かる検査を求めた。 しかし、国の対策本部は4月1日
○甲状腺モニターは約1トンと重く移動が困難
○子供に遠距離移動を強いる
○本人や家族、地域社会に多大な不安といわれなき差別を与える恐れがある
として追加検査をしないことを決定したというものであった。

  この記事から、私は一昨年原発事故直後目にしたいわき市の文部科学省雑草のデーターのリアリティを意識した。
検査結果で甲状腺の局所被爆線量が最高で35㎜㏜だった子供が、いわき市の子供だったことも、私が知ったデーターの濃さを裏付ける説得力があった。やはり、相当量の放射線が通過していったことが証明されたような気がした。にもかかわらず、いわき市は雑草のデーターも掲載していなかったし、一番高い線量の日3月15日を削除して掲載していた。
が、こんなに子供が被曝していたではないか……今はどうなっているのだろうか。それが、再調査のキッカケだった。

 原発事故当初から一年は、自分の薬の等や、頭を三度も打ち、その苛立ちのため左手足の痺れ等に悩まされた。脳神経外科、神経内科、整形外科と検査等で落ち着かず、また自分の精神状態も安定性を欠いていた。
自分のことだけで精一杯の一年だった。
 
第一、私がどう電話や手紙で知り得た情報を通知しても、誰も動いてくれなかった。前代未聞の原発事故が起きたという緊急事態にもかかわらずである。
それぞれの関係者は、自分の既得権にしか関心がないかのように見えた。(唯一、動いて2%のシェアの窓口を開設してくれたのは、市民病院の院長だけだった。)

いわき市政経営部災害対策電話をする

 こうした周辺の関係官庁や、政府対応を含め疑い深くなっていた私は、いわき市の対応にも何やら意図的なものがなかったか気にかかった。
そこで、作年3月14日ホームページに記載してある政経営部災害対策電話で確認をとってみた。すなわち、私が一昨年5月10日電話にて会話した窓口の男性の発言は、いわき市の全体的考え方なのかという点に関してのことだった。
それと、その時掲載されていなかった雑草のデーターは、その後、いわき市のホームページに掲載されたのかという点に関しての確認だった。

 私は電話口で概要を説明したものの、そこでの会話はトンチンカンなものだった。なぜなら、同窓口に出た担当者T氏は、原子力災害対策を担当しているにもかかわらず、その驚異的高さの文部科学省の雑草のモニタリングデーターの存在そのものを知らなかったからである。
  


  一作年掛けた電話番号が手元に残っていたので、昨年3月20日そこに掛けて確認をとった。しかし、そこは罹災証明の課になっていた。
私は事情を話したが、その窓口の男性も雑草のデーターの事も知らなかったし、私が去年話した男性の名前を告げてみたが、全く知らなかった。(しかし、雑草のデーターは合同庁舎と同番地であり、まさに、自分の勤務場所で検出された値にもかかわらずである。)
 
私はまだ納得せず、作年3月21日いわき市原子力対策課という電話番号を見つけだし、事情を説明した。すると経緯を調べてくれて、当時の危機管理課現在の罹災証明の課に臨時的に机を設置していたとの事情が判明した。
私が過去話したE氏を特定するのは若干時間が掛かりながらも、その男性は臨時職員で、すでに退職しているとのことだった。
 

  臨時?ですって? 当時一番大切な危機管理の仕事に臨時の人が従事して、結局、無責任な対応をしていなかったではないか。現に雑草のデーターは、一年以上もいわき市のホームページからは除外されていた。
現に、現在、原子力対策課でその対応をしているT氏だって知らなかったし、無責任ではないか……私は、当時の責任者と話したいので名前を調べてくれるよう依頼した。
 
 
すぐに、いわき市原子力対策課のT氏から折り返し電話が掛かってきた。(結局、政経営部災害対策課いわき市原子力対策課は同じ課だった)
彼は「原発当初は福島県にリンクを張っていたので、市民は情報を見ることができたはず。」と言った。私は「インターネットでも情報開示ということはできないのか。」と聞いた。

  私は続けた。「というのも、ともかく、一年以上も雑草の情報は掲載されていなかったらしいし、私のメモでも、御市の情報では県七方部空間線量についても3月15日の23,72μ㏜の数値は削除されている。御市のデーターでは、3月16日も私のメモによれば、12:30Pmに3.37μ㏜から始まっている。それ以前の10:50am18,76μ㏜は掲載されていなかった。福島県七方部環境放射能データーと突き合わせると、その前のすべて高かった所が抜けているということになる。私が、このことに気付いたのは一作年4月28日だった。そして御市に電話確認したのは5月10日だが、この段階では削除して掲載していた。
その時の担当者E氏は「そのデーターは、長く測定時間が違うので掲載していなかった」と言っていたので、いわき市では、事故当初から掲載していなかったと推測できる。しかし、当時、私が問い合わせた人は、退職して確かめるすべはない。しかし、これは重要なことだ。そのために、市民や子供たちが甲状腺被曝をした可能性だってあるかもしれない。当時、停電やガソリンの不足で市民達は、その確保に大変でインターネットどころではなかっただろう。避難した人が7万人もいて、薬品の確保も大変だったというニュースも昨年3月25日薬事日報のインターネット判に出ている。」と……。
このことの回答としてT氏は言った。「当時の情報は、すべて福島県にリンクが貼られていた。」と……。
「本当に張られていたのかどうか確認してほしい。」と私は依頼した。
 

 その後、四月に入り連絡を入れたものの会議中だった。電話をくれるよう依頼したが、その後何の連絡すらない。(結局、当初リンクを張っていた件についての真偽は、すでにインターネット上から削除されてしまっているので、確かめようもないのだろう。)
が、もし、リンクが本当に張ってあったなら、何故いわき市原子力対策課のT氏当人が知らないのか……こうした重要データーを知りもせず、よく担当部署が勤まるなと思った。(しかし、このデーターを知らなかったのは、いわき市歩原子力安全対策課T氏だけではなかった。やはり、2011年、4月25日福島県薬務課にあすか製薬の薬の安全性の件で電話した時、「こんな眩暈がする数値が、いわき市の雑草から検出されているから危惧するのだ。」と確認した。その時、担当者O氏は「その数値は、どこに出ているのですか?」と聞いた。さらに、今年3月、福島県薬務課に、あすか製薬の工場の損傷程度についての確認を取ったときも、前任者から引き継いだS氏も、雑草の濃いデーターにつき知らなかった。薬務課という製薬会社の許可を与える立場の担当者が、こうしたデーターを何も把握していないということも不安になる。)
  

 リンクを張っていたのなら、3月16日の分にせよ、わざわざ数値の高いところを避け、低い数値になってから掲載する必要もないだろう。
これに関しては、「いわき市は数値を誤魔化している」とグラフ化しているブログもあったから、あながち、私一人の勘違いとは言い切れないだろう。
また、先のように、福島県薬務課で知らない人が多いというのも、もしかしたら、雑草のデーターは、福島県のホームページにも掲載されていなかった可能性もある。だったら、リンクを貼ったところで、無意味ではないか

統一マニアルがあったのか……いわき市

 
 それにしても、関係役所で、なぜか、この文部科学省の雑草のデーターを知らない人が多いのだ。福島県薬務課の担当者も知らなかったし、罹災証明課の窓口の男性も知らなかった。 そして、現在のいわき市原子力対策課の当担当者まで知らなかった。当初、あすか製薬の薬相談室の責任者も知らなかった。
それでも、私は、当初、いわき市は、混乱していて緊急対応意識が欠如しているのかとも思っていた。

  しかし、いわき市のその後の対応の仕方や応答の仕方などを見るにつけ、危機意識が欠けているとか、そうしたレベルではないように思えてきた。
無責任を装いながら、ある意味確信犯のようだ。もしかしたら、こうしたことを決定しているのは極上層部で、一般職員にすら、何も知らされていない可能性もあるのかもしれない。
臨時職員が、データーの掲載を判断等できるはずもなかろう。市全体の意向を反映していたものに相違ない。おそらくマニアルがあったのだろう。
 
しかしながら、もし、同市が原発事故当初から本当の数値を掲載していなかったとしたら、大問題となろう。市民に多大な影響があるかもしれない情報をあえて意図的に掲載していなかったとしたら、法律にも引っかかる可能性もないのだろうか。

  あすか製薬にしろ、いわき市のデーターを参考にした。
甲状腺学会まで、あすか製薬のニュースリリースに触れ「あすか製薬は放射線の影響はない。」と安全性を強調した。ゆえに、無条件で信じた甲状腺患者多々いるだろう。(存在する情報を掲載しないと、そこに起こらなくていい混乱と錯誤が生じる。)
雑草に690000ベクレルの放射線ヨウ素が山積していれば、この数値が人々へ、特に子供に与える影響は多いにあると為政者は判断しなければならないはずであろう。ところが、いわき市は「健康に問題ないと聞いている」として、あえて掲載しなかったのである

  政府も、これらの数値を直ちに健康に害はないと言い続けた。  
私も健康相談の折り、同様の回答を受けた。どういう相談にも、回答マニアルが統一されていたと考えられる。穿った見方をすれば、政府も、福島県も、いわき市も、明らかに時間稼ぎをしていたのではなかろうか。
 
しかし、二年経ってみて、様々な事実が見えてきた。
現実に、子供たちは被爆していたし、原子力安全委員会から追加検査まで要請されていた子供も、いわき市から出ていた。

 一作年の5月10日 危機管理課に、それを知っていた臨時職員がいた。そして、「そのデーターは知っているが、安全だと聞いているから掲載しなかった」と言っていた。
しかし、一年を経て、同市の原子力対策課の職員まで、そんなデーターが存在することすら知らなかった。信じられないような事態が起こっている。

 いわき市の地方新聞で「いわき民報」という新聞社がある。ここの2011年4月6日片隅抄というコラムにも、こうした事例に似た記述があった。すなわち、文章はいわき市の風評被害に触れ、こう言っている。
「いわき市の一部が屋内退避圏内に入ったため、いわき市全体が放射能汚染にさらされている印象を全国に与える。いわき市は、今この風評被害に苦しめられている。ガソリンや生活物資などが入って来ないなど、地震、津波に原発事故による風評を加えた三重苦に悩まされている。県の環境放射能モニタリング測定値でも健康に直接被害が出るような値でもないという。いわきで生活している人間がいわきの安全性を発信していかなければ」と結ばれている。地元新聞の報道までも、いわき市の比較的低いデーターを根拠に、安全性を発信しようとしている。
「いわきで生活している人間が、いわきの安全性を発信していかなければ」
と、そうは言っても、これはいか程の放射線数値を根拠として発信しているのだろうか……。どれだけの情報収集をした上で、こう全国へ向かって発信できるのか……。このコラムを書いた記者は、いわき市が雑草の濃いデーターを掲載していなかったことを知っていたのだろうか。
昨年3月11日 NHKスペシャルの番組で南福島県方面へ一万ベクレル/^平方メートルの放射線プルームが通過したことは、もはや周知の事実であろう。
当初、混乱していて情報が入手しにくかったとしても、そう書いてしまった責任はあろう。一年後、様々な事実を突きつけられたとしても、当時「放射線が高くないらしい」と全国発信した「いわき民報」のコラム担当者は、この記事を訂正しないのだろうか。
この疑問を「いわき民報」にぶつけてみた。今年5月14日総合企画事業部Sさん宛にファックスを送った。担当記者名を教えてもらい、電話を数回してみたが、記者なので不在が多く、結局事情は5月31日そのSさんに聞くことになった。「当時は停電だったし、我社が再開したのが3月22日だった。情報は行政から出てくるものを信じざるを得なかった。独自に調査測定できる状態でもなかったと思う。今になって、風評被害だけではなかったと分かったとしても、もはや、訂正しても仕方のない時間が経ってしまっている。」とのことだった。その話からは、雑草のモニタリングデーターの情報は入っていないようだった。結局、いわき市の環境放射線値が下がったため、そんなに放射線値が高かったと認識しないまま記事を書いたようである。県の環境モニタリングデーターを参考にしているということだし、いわき市にリンクが貼ってあるならば、そのデーターもさがせるだろう。とすると、福島県にもこの雑草のデーターは掲載されていなかった可能性もある。
この記事が発表されたのが4月7日、原発事故後27日……実測しないで記事を書くというのも新聞報道機関として、「いわき民報」はどうかということも問われるかもしれないが、かなりの混乱状況にあったことは事実だったのだろうとは推測した。

 それにしても、自治体が知りうる限りの情報を市民に発信していれば、こうした混乱には至らなかったかもしれない。会社も個人も、自治体がそんな意図的操作をしていない条件で行動している。緊急事態の時は、なおさらだろう。
平常時なら、こんな意図的な掲載を自治体が行っていい訳はなかろう。当時は緊急時である。緊急事態だからって、意図的な情報掲載が許されるのであろうか……いいわけがない。人の命を危険に晒しているからである。
現に、いわき市の子供から甲状腺被爆の子供11人が出ている。
まさか、市が、自らのホームページに放射線情報を選別して掲載しているとは、誰も思わなかったろう。

 
 
その責任は、いわき市に起因する。
それにしても、その意図は何か……私はいわき市の情報発信について意図的なものを感じ、同市を対象にしてインターネットで少し検索をしてみた。
インターネットには、放射能プルームの拡散を報道したNHK特集に触れた市民の声があった。 
「いわき市では、15日の0時頃から放射性ヨウ素雲の第一波が通過し始めて8時頃に終わり、引き続き第2波が13時位まで通過して行ったことがわかります。要するに、15日の深夜からお昼までいわき市にはずっと濃い放射性ヨウ素雲があったということです。つまり、この日時にいわき市にいた方々は、被ばくした可能性があるということになります。特に外に出ていた人たちは高い被ばくをした可能性があります。心配なのは、この時期は断水だったため、給水車を待って外で並んだり、水を汲みに外を歩いていた人が、かなりの数いたと思われることです。子供と一緒に、あるいは、子供に水を汲みに行かせたご家庭もあったのではないでしょうか?」
 
この内容は、いわき市の3月15日の実情を語っている。

 一年経って、ようやく、こんな事実がNHKを含め報道で周知され始めた。しかし、後になってそんなこと言われても、遅いのである。
何度も言うが、すでに、文部科学省のデーターで、いわき市には、原発事故当初3月18日に濃い数値が雑草から検出されていた。当初から分かっていたはずなのである。にもかかわらず、いわき市は、このデーターを「そのデーターは知っている。しかし、安全に問題ないと聞いている」として掲載しなかった。そして、それを私に回答したのは、E氏という臨時職員の男性だった。(正確な名前も知っている。しかし、今は退職してしまって前後の事情すら分からない。)
 

 結果的であろうが、恣意的であろうが、いわき市は正確な情報を市民から隠した。結果、市民を無防備にした。そして、余分な被曝をさせたかもしれない。けれども、今のところ、誰からも裁かれていないようである……。
どうやら、いわき市は内部の職員にすら、放射線値の実測を知らしていない可能性もあるように思われる。
そうして、いわき市は、「いわきの安全性」を執拗に全国に流布させた
2011年4月22日には、「屋内退避圏」までも強引に返上してしまった。(濃い放射のホットスポットの地域が、県境に存在したのを無視したまま……。)


つづく

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2013年4月28日 (日)

甲状腺患者から見えた原発事故--患者としての体験(12)

         情報開示で添付文書を入手する

  この後、私は何が何でも厚生労働省が発行した輸出添付文書を見なければならないという気持ちになった。厚生労働省は「輸出添付文書」というものを輸出企業に発行しながら、それを一般公開しないという対応にも引っ掛かっていた。日本医師会も、日本薬剤師会という日本の安全性を担っている団体が、この情報を知らなかったことも解せないことだった。

 「情報開示できないのか」と先の厚生労働省経済課に問い合わせもしたが、担当した女性は回答を避けた。できれば開示公開したくないという対応が行政側にあった。(原文が存在したか、質問しても「分からない。」と言うし、「上司でなければ答えられないことがあるのなら直接尋ねるので、上司の名前を教えてほしい。」と言っても、「それは御免なさい。」との回答だった。
厚生労働省経済課も、何だかんだと言いつつも、本当のことを言っているように思えず、また、情報開示しそうもないように見えた。

 
  
 私にとっても情報開示という行為は初めてのことだったが、とにかく、私は直接原文を目にしたかった。そうしなければ、結局何も分からず、分からないままでは、何も先へ進めそうもなかった。情報開示の方法はインターネットに公開されていたし、文書はダウンロードできそうだった。
一度も体験したことがなかったが、原文を入手したい一心でやってみようと思った。
 


 しかし、ここで一点問題があった。厚生労働省監・麻課の担当者N氏は「政府見解」とされる文書についてこう言っていたことを思い出した。「原発事故による欧州委員会の問い合わせがあり、それをキッカケに外務省からの要請があり厚生労働省医政局経済課と監・麻課共同で文書を作成した。」との回答である。
とすれば、この文書に外務省が絡んでいることになる。この文書の管轄は外務省か? それとも厚生労働省か? どこに請求すればいいのだろうか……私は迷った。
 

一作年4月2日 厚生労働省大臣官房総務課情報公開文書室に電話してみた。事情を話すと、窓口対応のI氏は「外務省が要請をしたとしても、基本的に作成したのが厚生労働省ならば、情報公開は厚生労働省担当となる。ただ、それは厚生労働省監・麻課に依頼したら、その情報を出してくれるのではないか。」と言うので、それがすんなりいかないゆえに、今回情報開示しようと思ったので、その背景と事情を伝えた。私は言った。
依頼したのだが、厚生労働省は、詳細を教えてくれない。実は、私は甲状腺疾患を持った患者だが、私が飲まなければならない製薬会社は福島県にあって、そこの市の放射線が高い。おまけに、その会社の薬のシェアは98%であり、私たちはその製薬会社の薬を飲まなければならない。その市はいわき市なのだが、原発事故直後、雑草にヨウ素690000ベクレル/kg、セシウム最高で30300ベクレル/kg.検出していた。そうした中、不安なため何度も厚生労働省監・麻課に電話し、薬の放射線の基準を作ってほしいと依頼してきた。しかし、埒が明かず、日本医師会に経緯を書いた文章を送付し依頼した。日本医師会の医療安全課の担当者が、厚生労働省安全対策課に六月頃、私の手紙に対応して電話を入れてくれたそうだが、その回答は「メーカーに任せてある」とのことだった。私が飲む製薬会社は輸出していないが、福島県に立地する製薬会社は多々ある。しかも、輸出のことを問いあわせても「企業秘密」として教えてくれない。そして、検査をしたように思えないのに、原発事故後たった40日で医療品の放射線の安全宣言が政府見解として発行されたらしい。これは輸出医療品へ添付する文書と聞くが、その頃、私は何度も厚生労働省医薬食品局監・麻課に電話していたが、その時の感覚ではガイガー不足で検査まで手が回らないと聞いていた。にもかかわらず、たった、40日で放射線の医療品の安全性に対する政府見解が出てしまったことに納得がいかない。医政局経済課にも電話をし、今回の文書に関して原文の内容を知りたいと依頼したが、詳細は教えてもらえない。その詳細を知りたいので上司の人と話したいと言っても、名前も教えてもらえない。だからといって、その窓口の女性とすったもんだしていても埒があかない。それで情報公開を申請してみようと思った。」
私は、こう厚生労働省大臣官房総務課情報公開文書室のI氏に伝えた。I氏は趣旨については理解してくれた様子で手続きについて、丁寧に説明してくれた。

 ダウンロードした書類に必要事項を記述し申請をしたのが作年4月18日、回答が返送されてきたのは連休前のことだった。(情報公開文書室に問い合わせ、印紙を貼って情報公開を申請したものの、この内容ならば、情報サービスで対応可能として医薬食品局の封筒で「輸出文書の原文のコピー」が送付されてきた。なぜか、情報サービス対応とするのでと印紙まで返送されてきた。
あんなにハードルが高そうだったのに、何故なのか、その理由がいまだに分からない。(厚生労働省大臣官房総務課情報公開文書室の対応は、丁寧だった。わざわざ、文書を送付する旨の電話まで掛けてきてくれた。)
同じ厚生労働省なのに……と思うと、妙な感覚だった。

日付のない輸出添付文書の内容

 添付文書の原文の内容は、愕然とするものだった。
まず、文書は確かに厚生労働省医薬食品局監視指導・麻薬対策課と厚生労働省医政局経済課の連名になっている。しかし、日付がない。日付のない正式文書というのは存在するのだろうか。(しかも、その内容は原発事故後の薬の放射線汚染に関する政府見解なのである。)
文字は大文字で書いてある。

 以下が全文である。

__________________________________________________________________________________

       日本国内の製薬企業で生産される医薬品等の放射能汚
       染の可能性についての政府見解は 以下のとおりである。

         <見解>

            日本においては医薬品の原材料(製薬用水等を含
            む。)について、水道や食品基準等により放射能を含
          め検査や管理がなされているため、それらから製造
          れる最終製品の医薬品については、安全であると考
          えている。医療機器、化粧品についても同様の考え方
          から問題ないと認識している。
   

 

            そのため、政府としては、現時点においては、スクリ
          ーニング等は行っていないし、各製薬企業等にスク
          リーニング゙等を求めることもない。また、医薬品等の
          放射能汚染を理由として、出荷停止等を命じている
          こともない。

______________________________________________________________________________________

 この文章が、政府見解であり、これはA4に14ポ位の大きな文字で打たれている。

  
 先に対応した厚生労働省経済課Tさんは「この添付文書は海外の危惧に対しての輸出向け製薬に対する文書であり、国内のことは分からない。」とも言っていた。だからこそ「その情報の原文を公開してほしい。」と依頼しても、明確な回答を回避してきた。
にもかかわらず、この文書では確かに「日本国内の製薬企業」と記述してあり、その対象は日本国内の製薬企業となっている。(これなら、政府見解として、あすか製薬が文書を引用しても何の齟齬もないということになる。ただ、同社の責任者は、この文書の存在を具体的に目にした訳ではなかったらしいが……厚生労働省は、ホームページにすら掲載していなかったのだから、輸出企業以外の一般製薬会社には知りようもないという訳だ。)
けれど、対象が日本国内すべての製薬企業ならば(医療機器、化粧品まで含んでいる。)なぜ、これら企業にも通達しなかったのか。

日本国内の製薬会社が対象ならば、およそ国民すべてに関係することである訳なので、是非とも、ホームページで公表すべきだったのではないか?日本国内を対象とするということは、福島県もその対象に入っている訳だ。
原発事故当初、3月18日放射線ヨウ素690000ベクレルもの数値が雑草に溜まっていながら、それをホームページに公表しなかったいわき市も対象だし、稲藁汚染で名を広めた白河市、今でも空間線量の数値が高かった福島市も入っている。
塩野義製薬、中外薬品、キリン協和発酵等は、東北ニプロという委託会社に薬の製造を委託していた。(この会社は岩瀬郡鏡石町にあり、震災でかなり損壊した旨ホームページには掲載されていた。しかし、原発事故当初、この町にどれくらいの放射能が検出されたか、モニタリング調査自体が、間に合ったかどうか不明である。)
東北ニプロ自身、震災被害を受けた旨の報告らしきものは掲載していたが、放射線値についてのコメントは、そのホームページにないようであった。問題は、委託した大手製薬企業も東北ニプロに安全性を任せっきりで、例えば放射線検査をしたかどうかの確認すら曖昧である。
一般人が、放射線値を聞いても、「企業秘密」として情報公開はしない様子である。かく放射線拡散というリスクに関わる緊急事態の状況下、安全性に関わることにもかかわらずである。

 原発事故という緊急事態に直面しながらも、消費者でもある患者が、かく企業秘密により正確な情報もないまま、製剤を一方通行で供給されているという現実がある。(消費者には選択権があるが、患者となると、製薬会社のシェアによっては、、選択権が大幅に狭まれているケースもある。だからこそ、製剤の安全性については万全を期してもらいたいのだ。)

 「日本においては医薬品の原材料(製薬用水等を含む。)について、水道や食品基準等により放射能を含め検査や管理がなされているため、それらから製造される最終製品の医薬品については、安全であると考えている。」また、「医療機器、化粧品についても同様の考え方から問題ないと認識している。」と添付文書には記述されているが、この文書はおかしい。
どこがかと言えば、「食品基準等により放射能検査を含め検査や管理がなされているため」と記述されているが、食品と薬は違うだろう。まして、医療機器ないしは化粧品も、食品基準からはじき出すのは変である。

 それとも? 薬は食品材料から製造するものだろうか……(食品は原発事故当初、暫定基準が500ベクレルだった。100ベクレルになったのは、作年四月になってからである。この数値すら高いとする見解すらある。)
「薬の放射線基準」はないのである。(ないから、関係官庁を含め、製薬会社も悩んでいたのである。私も何度も、それを求めて厚生労働省監・麻課に電話をしたし、日本甲状腺学会にも日本医師会にも手紙にて要請をした。しかし、叶わなかった。申請手続きが必要だということであった。にもかかわらず、政府見解は発布されてしまった。)
 
 

 しかも、薬は健康でない者が経口するものだ。私のように、恒常的に毎日薬を飲まなければならない甲状腺疾患患者もいる。
(高血圧症の降血圧剤、高脂血症の降脂血剤等もそうではなかろうか。)
医療品は薬事法に制約されているのであるし、医療機器や化粧品等は、食品基準等とは関係がなく製造されるものであり、この政府見解の論理自体が的はずれである。
水道や食品の放射線検査や管理がされたとしても、薬を食品値の基準で安全と言うこと事態で、見当外れな論理であろう。

 
 誰も体験したことのない原発事故後、放射線は拡散した。
20キロ圏以外の南福島の方に大量の放射線ヨウ素が流れたことは、今となっては事実である。
にもかかわらず、当該製薬会社は当時のニュースリリース等を訂正しよう等ということはしない。丁寧な情報収集をしないまま出された安全宣言は、罪作りである。(たとえ、自治体が意図的に放射線データーを掲載していたとしても、事実が、分かった時点で訂正すべきである。製薬会社の出した曖昧な安全宣言によって多くの患者が影響を受けるし、事態が混乱するからである。)
なぜなら、俎上に乗っているのは薬だからである。健康に問題を抱えている患者が飲む薬ゆえ、その安全性は最優先されるべきものだろう

文書には「スクリーニング等を求めることもない」と書いてある

 「そのため、政府としては、現時点においては、スクリーニング等は行っていないし、スクリーニング等を求めることもない。また、医薬品等の放射能汚染を理由として、出荷停止等を命じていることもない。」と輸出添付文書には書いてある。
 
私の問い合わせに、厚生労働省医政局経済課も医薬食品局監麻課「各製薬企業等にスクリーニング等を求めることはない等とは言っていない。」と胸をはって言った。
この文書は「海外の放射能への危惧に対する輸出向け医薬品への添付文書として作成されたもの、国内のことは分からない。」とも回答していた。

 しかし、文書には、「日本国内」と堂々と記述してあり、「各製薬企業等にスクリーニング等を求めることもない。」とちゃんと記述してある。厚生労働省は、私に嘘をついたということか。しかし、どうして、そんな嘘をつくのだろうか。何を隠したいのか……原発事故後、わずか40日で医療品の安全宣言を海外に向かって宣言したものの、ホームページにも掲載せず、マスコミに情報公開もせず、情報をできるだけ隠蔽しようとしている感じが歴然としていた。 (やはり、現実は安全だったとは、言いきれない事例が出てきたという訳だろうか。原発事故後一年以上経って、各地に放射線は飛び、ホットスポットが思わぬ場所に存在していた。)

 一方で、フィルターを二重にするとかの要請を各企業に通達をしたりしていて、厚生労働省監麻課の行動には一貫性がない。放射線汚染拡大下、薬の安全性のダブルスタンダードがあるようにさえ見える。
 
その後、2011年11月14日生薬に放射線が発見され、監麻課は慌てて12月13日付けで「医療品・医療機器等の製造所での放射線物質の管理について」(薬食監麻監発1213第4号)を通達した。
ここで製造所の放射線物質の混入防止について管理徹底を喚起したようだが、それも、漢方の生薬から放射線物質が検出されたため、慌てて取った措置であり、後手後手の対応に見える。

 早々と安全性を結論づけ政府見解として、輸出品に添付した4月22日発布の文書の存在は何だったのか、少しも安全ではなかったではないか。
初期対応として正確な放射線値を掌握しきっていない状況で出された医薬品に対する「政府見解の安全性」は、海外に対しても、どう弁明するのかという問題点を含んでいると思う。
 
この件に関しては、何度も言っているが、安全性という意味では2011年3月~4月にかけ厚生労働省が、福島県に立地している製薬会社の放射線検査のデーターを把握していた様には、私には見えなかった。
私は、3月から問い合わせをしていたもののあっちこっち盥回しにされ、やっと窓口を見つけたのが、4月に入ってからだった。先の監麻課のN氏には一昨年4月6日から四回電話をしている。4月21日にもしている。(添付文書の発布の前日である。)
 

 いわき市に立地するあすか製薬に関しては、雑草のデーターが脅威的に高かったし、同社の薬剤は、出荷時に放射線を検出されたと聞いていたので、検査データーの掌握をしてほしい旨私は何度も依頼した。
 が、4月28日最終的な回答は「絶対的な薬の供給量が不足している、ガイガーカウンターが足らない」だった。「薬の基準も、自分の権限では出来ない」とのことだったので、私はこの煮え切らない回答に見切りを付け、詳細なデーターを日本医師会に郵送したのだった。

 私の要請を受けて日本医師会の医療安全局のI氏も2011年六月頃厚生労働省安全対策課に安全の要請をしてくれたようだったが、その時の回答は「それはメーカーに任せてあるから。」とのことだったという。
日本医師会の専門局の担当者が、要請しているのに「メーカーに任せてある。」のが回答ならば、関係官庁とは何のために存在しているのだろう

 第一、かく日本医師会の要請の一カ月以上も前に、日本の製薬会社のみならず、医療機器、化粧品まで放射能汚染の可能性はないという政府見解を文書化した添付文書が発行されてしまっていて、海外向け輸出は実現されてしまっているのだ。
繰り返しになるが、その作成にあたり日付すらなく、日本医師会の医療安全課窓口の担当者も知らず、日本薬剤師会事務局も知らず、報道発表すらされず、かつ、国内製薬会社へ通達もされなかった政府見解というのはどういう意味を持つのだろうか。

 薬事関係の新聞や雑誌をも検索してみたが、この件の掲載は見当たらなかった。薬事新報という専門紙には、編集部まで電話を掛け尋ねた。
結果、担当部署は過去の記事を検索してくれたが、「掲載していない。」とのことだった。「四月には日薬連の通達があったと記憶していると思う。」と言っていたが、添付文書の記事自体は掲載していないとのことだった。
薬に関して責任を背負うべき日本医師会も日本薬剤師会にも知らされない情報……無論、それを呑まなければならない患者になど、全く周知されないままである。(ちなみに、今年二月、別件で電話を掛けた全国保険医連合会の担当者も知らなかった。)
新聞にも、掲載されていなかった。(朝日、毎日両新聞縮刷版を調べて確認した。)

 
 たとえ、輸出企業向けとはいえ、国内すべての会社の放射線汚染がないというのが政府見解なのだから、国民一人ひとりに関与してくる問題と捉えられるだろう。少なくとも政府見解なのだし、情報として透明化し、オープンにしない方がおかしい。周知されない政府見解なんて、何のための見解か。
それとも……?政府は、意図的に周知されないことを望んでいるのだろうか。

添付文書は日本製薬工業協会へ渡された

 さらに、これには後日談がある。
この政府見解の輸出添付文書には、日付がない。この文章を書くに当たって、日付確認は必要だった。私は、その確認のため2012年5月28日厚生労働省経済課に電話をしたが、担当者は出張中で不在であった。
事情を話し、日付だけ確認したいという私の意向に、同省経済課総務係のS氏が、その役割を引き受けてくれた。

  
 2012年5月30日電話をすると「それは4月22日で間違いないこと、対象は欧州だけではなく海外が対象である。」ということだった。そして、これは日本全体の製薬会社ではなく、業界団体に対して当面そういう対応でやってくださいということで発布したものである旨を回答してくれた。
 
「業界団体?」という私の問いかけに、S氏は「日本製薬工業協会とかですね。」という名前を出した。私は言った。「私は患者の立場だが、そこから見れば、海外の向こうに患者もいらっしゃるんですよ。そして、患者は薬を飲まなければならないです。原発事故後、40日で安全宣言してしまったけれど、本当には、何も安全確認なんかできていないではないですか。」
私は続けた。「私はいわき市にある製薬会社の薬を飲んでいるが、そこには690000ベクレルのヨウ素が雑草から検出されている。この会社は、輸出はしていないが、いわき市事態がホームページにそれを掲載していない。それ以外に調べると、福島には他にも製薬会社がある。しかも、企業秘密として、情報開示をしていない会社も多いんです。」と……。

 すると、S氏はその背景を説明し「しかし、一つは原発事故があって、当時は海外からの危惧があった。文書は監麻課と経済課の連名になっているけれど、うちの方でだけやっているということでもないんですよね。」と同省内部の苦衷の心情を吐露した。(これは、暗に外務省の要請があったことを示唆しているのだろうか?)
私は「それは理解する。でも、安全だと言ってしまった。ということは、もう、この政府見解は、後戻りできないですよ。私が関与した製薬会社は、微量であれ放射線が出たにもかかわらず、在庫品を出荷してしまった。この会社は輸出はしていないけれど、輸出している大手の会社も福島県に存在している。原発事故当初から、私は監麻課に何回もやり取りを重ねたが、すべてのこうした会社の安全情報を把握していたとは思えなかった。薬を飲まなければならないという患者の立場から見ると、この輸出文書の内容は衝撃的です。」と伝えた。

 この日本製薬工業協会の会長が、その挨拶のなかで語っている。
世界の人々の健康と福祉に貢献する産業」をめざし、透明性の高い企業活動を促進するために、これまで以上に企業倫理の確立とプロモーションコードの遵守をはかっていく。」と……。しかし、そう語る口で、原発事故後、たった40日で発布された輸出添付文書を受け取ったのである。(厚生労働省経済課から、製薬協に渡したと聞いている。)
透明度の高い企業活動を促進すると表で発表しながら、マスコミにも報道せず、日本医師会も日本薬剤師会も薬事関係の新聞にすら知らせないことが、製薬協の透明度だろうか。
しかも、一番安全性が重視される原発事故直後、放射線汚染が未だ明確になっていなかった時点で、経済性だけで対応しようとした製薬協の透明度というのは、どれ位の値なのであろうか。


つづく

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甲状腺患者から見えた原発事故--患者としての体験(11)

              日薬連発第243号とは

  
  2011年2月23日日本製薬連合会に手紙を出していたが、翌月3月23日その返答を受け取った。日薬連発第243号という書類が参考文書として同封されていたと先に書いた。
なぜ、こんな文面を参考文として同封してくれたかと言えば、あすか製薬の8月22日ニュースリリースに日薬連発第243号の文書を引用していたからである
すなわち「医療品は、その必要に応じて限定的に摂取されるものであり、食品や水に比べ通常の摂取量は極めて少なく、健康への影響は極めて少ない。」という文章に対して、私は異論を述べた。
「甲状腺疾患は同じ薬を毎日服用しなければならない。ゆえに、『必要に応じて限定的に飲むものではないので安心だという言い方は違うのではないか。」と反論した。
 

 さらに「引用文は本当に存在するのか」という確認と「この文書が事実なら発表された日付を教えてほしい。」と要望したのだった。それに沿う形で日薬連の理事が、その裏付け根拠としての資料として添付してくれたものだった。
日薬連の理事は「この文書は確かに存在するものであり、それは2011年4月21日加盟団体向けに発信された文章である。」と文書にて回答した。
それを私に伝え、かつ証明するために日薬連第243号という文書を同封したというのがその動機だと思われる。

 
 以下が、日薬連発第243号の全文である。

________________________________

                                      薬連発第243号
 

                                        23年4月21日

加盟団体殿 

                                   日本製薬団体連合会

  福島第一原子力発電所事故と医薬品の安全性に関する基本的な考え方

 東日本大震災に際しましては、多大な被害が発生し、犠牲になられました方々に心より哀悼の意を表します。また、被災されました皆様にはお見舞い申し上げますと共に、一日も早い復興をお祈り申し上げます。
 さて、当連合会におきましては、福島第一原子力発電所事故に伴う放射能による医療品の国内の安全性に関する基本的な考え方について、関係団体事務局を中心にプロジェクトをつくり検討した結果、下記の通り取りまとめました。

1医療品摂取レベルと安全性の考え方


   医療品摂取による健康への影響は、以下の理由により十分に無視できる程度 であると考えられる。

  ①医療品は、その必要に応じて限定的に摂取されるものであり、食品や水  に比べ通常の摂取量は極めて少なく、健康への影響は極めて少ない。

  ②医薬品製造用水は、製造場所における飲料適の水を使用しており、水に よる汚染リスクは極めて小さい。

  ③医薬品の製造工程は、GMPに基づく厳密な管理に基づいており、その工
  
 程での汚染リスクは極めて小さい。

  ④医薬品及びその原材料の製造並びに保管は、行政による退避指示等が為されている地域外で行われており、汚染リスクは極めて小さい。

2 国内外に対する医療安全性の周知徹底への取り組み

 

  上記の考え方に基づき、「日本で製造し流通している医薬品及び諸外国に輸出 している医療品について放射能汚染の問題はない」ことが日本政府の基本認識となり、そしてこの認識を外交ルートで確実に諸外国政府に伝わり理解が得られるよう、関係当局等に要請する。

                                             以上

________________________________

 さて、この日薬連第243号という文書について考察してみようと思う。

 この文書のタイトルは「福島第一原子力発電所事故と安全性に関する基本的考え方」となっている。
その上で、概略を述べれば、以上のタイトルの考え方について、当連合会においては、関係団体事務局を中心にプロジェクトをつくり検討した結果、下記の通り取りまとめたと記述している。 項目は下記の二点である。すなわち、

 
1 医薬品摂取レベルと安全性の考え方

2 国内外に対する医薬品安全性の周知への取り組み

 については「医薬品摂取による健康への影響は、以下の理由により十分に無視できる程度であると考えられる。」と結論づけている。その理由として

①「医療品は、その必要に応じて限定的に摂取されるものであり、食品や水に比べ通常の摂取量は極めて少なく、健康への影響は極めて少ない。
  この文章に対して、私は「甲状腺疾患は同じ薬を毎日服用しなければならない。従って、必要に応じて限定的に飲むものではないので安心だという言い方は違うのではないか?」と反論したのだ。

 
 この件に関しては「一般的な薬に関して記載しましたことから、毎日服用する医療品には当てはまらない可能性がある記載であることは確かであります。今後このような記載を行う際には十分注意いたします。申し訳ありませんでした。」と謝罪の回答を受けた。
  
すなわち、この件で、日薬連の主張する1①の安全性の論理は崩れたことになる。恒常的に摂取しなければならない患者には、安全とは言い切れないことを論理的に認めたことになる。
放射線汚染拡散下における特殊状況下における、医薬品の安全性を決定する立場であるプロジェクトチームなら、様々な立場や状況にいる患者のことをもう少し具体的にイメージし検討しなければならなかったのではないか。(毎日薬を服用しなければならない患者は甲状腺患者に限らない。多分、心臓に疾患、高血圧及び高脂血症の患者等も恒常的に薬を飲むだろうし、リウマチなどの患者も同様ではなかろうか。逆に言えば、必要に応じて限定的に薬を摂取している人は、そう深刻度の高い患者とは思えず、本当に薬を必要としているのは持病を持ち、恒常的に薬を飲まなければならない患者であろう。)
  
こういう患者の諸事情への配慮と視点がないまま、この医薬品の安全性が決定されたとすれば、いかに現実感のない机上論的な目線の論理と言えよう。穿った見方をすれば、プロジェクトチームには最初から論理などなく、どうしたら放射線に関する海外からの危惧のハードルを低くし、輸出可能にする安全性理論を作りあげるということしか関心がなかったのではないか……。

② 医薬品製造用水は、製造場所における飲用適の水を使用しており、水による汚染リスクは極めて小さい。

 製造用水は規定のものがあるかもしれない。しかし、洗浄とかには市町村の水を使用するであろうし、その水の安全性は市町村で異なるだろう。
原発事故後の各市町村の水の安全性は、おしなべて一般論では言えるだろうか。(福島県の水については、自治体で作為的データーを出していないとも限らない。後で分かったことだが、この後、かなり広い範囲に汚染地区は拡散してきた。)

③「医薬品の製造工程は、GMPに基づく厳密な管理に基づいており、その工程での汚染リスクは極めて小さい。」

 GMPの基準が生きていれば、リスクは小さいのであろうことは納得するとして、損傷した倉庫から在庫品を引っ張り出して出荷するという行為があった場合、安全と言えるのだろうか。
こうしたケースでは、GMPの基準は既に適応外となってしまうであろう。原発事故後、もし、かく製薬会社が現実に存在した場合、この安全性の考え方は破綻すると思える。
日本製薬団体連合会が加盟団体の会社をどこまで調査し、その実情を把握していたかは疑問が残る。

④「医薬品及びその原材料の製造並びに保管は、行政による退避指示等がなされている地域外で行われており、汚染リスクは極めて小さい。」

 政府による避難退避指示事態正確なものだったかの論議もあり、後の放射線の拡散とホットスポット等の深刻な数値を考えれば、こうした結論を早期に出してしまったということ事態正しかったかどうか疑問である。
それを汚染リスクが少ないと断定してしまうこと事態、患者という立場から物申せば、早計で責任意識が欠如していると思える。(あすか製薬があったいわき市は、一部屋内退避圏であった。そこは、対象にはならないのか?) 

 この通達が発信されたのは2011年4月21日……それから一年以上も経って文部科学省米国版SPEEDIの存在を公開した。飯館村等では、たった八時間で一年分の放射線が降り注いでいる高線量だった。
 
にもかかわらず、このプロジェクトチームの医薬品の安全性に関する見解については、誰も撤回もしない。
もし、この安全性の見解が、「輸出添付文書の政府見解」に何らかで投影されていたとしたら、誤った認識が、世界へ向かって発信され走り出してしまったということになる。もはや、その認識が誤っていたとしても、撤回すらできないのである。本当に、日本の全製剤の安全性は万全だったのか……。

 あすか製薬も、日薬協を通じて日薬連の会員である。そして、同社の立地するいわき市は、文部科学省のモニタリング調査で、雑草に濃い数値が原発当初から出ていた。
また、当初、いわき市は避難待避地区に指定された経緯もあった。
その解除にあたっては、不透明な報道も現実にあった地区である。(これは後に、いわき市についての項で詳述する。)
 
 
私が確認しただけでも、いわき市は、当初文部科学省の雑草の放射線データーをホームページに、原発当初から掲載していなかった。また、作年3月14日いわき市行政経済部原子力災害対策課に連絡した折、この雑草のデーターは一年間以上も掲載されていなかった事実も分かった。現在もこのデーターは、掲載されていないことも確認した。(すなわち、原発事故直後からの濃い雑草のデーターは、一度としていわき市のホームページには掲載されていないことになる。)
 一昨年4月25日にも福島県七方部空間線量の一番高レベルの部分は削除して掲載していたことを、私のメモには記述されている。
(ただ、メモは残していたが、プリントアウトしていなかったので、一昨年末パソコンが壊れてデーターを失ってしまった。ゆえに、証拠はなくなってしまった。)
 
しかし、原発直後からのデーターを保存していた人もいるし、インターネット上に「いわき市は放射線の数値を誤魔化している」というブログもあり、原発直後からのデーターをグラフにして掲載もしていた。)

 これも繰り返しになるが、私のメモでは、一番高い掲載されていた3月15日のデーターの掲載はなく3月16日も12:30pm3,37μシーベルトから始まり、それが同日の最高値だった。(当初、このデーターが福島県七方部環境測定データーと同一のものとは知らなかったので、SPEEDIのデーターを見れば、随分の放射線が流れた様子なのに、何故いわき市だけは数値が少ないのか不思議だった。
原発当初は、リンクを貼ってあったそうだが、こんな風に意図的にデーターを発信している自治体も存在する。このいわき市の意図的数値を参考にした製薬会社もあった。さらに、そんなデーターを参考にしつつ、製薬会社も安全性を口にし、日本甲状腺学会までも、「あすか製薬は、放射線の影響はなかった。」と言っていた。
冗談のような話であるが、事実である。これは、私が体験した話である。
かく、架空の安全宣言は、独り歩きしドミノ式に伝播していった。

 こんな事例を見過ごしながら、安全性を取りまとめてしまった日薬連のプロジェクトチームの認識は、具体的事例を一つづつ丁寧に確認していったようには見えない。
放射線汚染拡散下における安全性を机上論でまとめただけで、患者の放射線に対する危惧や健康に対しての認識は、現実を踏まえていない楽観的予測にしか見えない。(どれだけの事例と調査の元に、この結論を導き出したのかは、はなはだ説得力に欠ける。)
 
 

 以上、少しなぞっただけで、日薬連の医薬品の安全性に関する見解は、40日という余りにも短期間に作成した利益優先の机上論でしかなく、放射線事故を巡り、いろいろな意味での多面的な利害関係を包括していない現実軽視の論理だと思われる。
無論、国内の患者のみならず、輸出先の患者の方を向いていない論理であることは言うまでもない。

日薬連は「医薬品の安全性を諸外国へ周知しよう!」と言っている

 2の「医薬品安全性の周知徹底への取り組み」に関しては、さらに驚嘆に値する内容だ。
 
上記の考え方に基づき、「日本で製造し流通している医薬品及び諸外国に輸出されて医薬品について放射能汚染の問題はない」ことが日本政府の基本認識となり、そしてこの認識を外交ルートで確実に諸外国政府に伝わり理解が得られるよう関係当局に要請する。と記述している。
ここで上記の考え方というのは「1.四点の理由で、医薬品摂取による健康への影響は、以下の理由により十分に無視できる程度であると考えられる。」であり、この結論は日本製薬団体連合会すなわち日薬連の関連団体のプロジェクトチームが導き出したものではないのか?
 

 そして、この考え方に基づいて、「日本で製造し流通している医薬品及び諸外国に輸出している医薬品について放射能汚染はないことが日本政府の基本認識となるのである。」とこの日薬連発第243号に書いてある。
この文章は、見たことがある文面だ。
 

 すなわち、厚生労働省の経済課と監・麻課が作成した輸出品に添付された文書の見出しと同じである
そして、これが、日本政府の基本認識となったとこの文書に書いてある。
 
「上記の考え方」とは、何を指すのだろうか。

 この論法から推測すれば上記の考え方というのは、「関係団体事務局のプロジェクトチームが検討し取りまとめた結論が」ということになる。すなわち、このまとめた結論が、日本政府の基本認識となったということになると推測される訳だ。
従って、「日本政府の基本認識は、プロジェクトチームが作成したものである」という結論になるのだろうか。しかし、本当だろうか……。
日本政府の見解は、製薬関係団体の意向で決定するというのか? しかも、たった40日で……。
 

 原発事故後の事実把握も現地調査も、かつ、ガイガー検査も実施した背景もないまま、すべての日本の製薬会社を安全と決定したのである。
(しかし、この文章を読んだ時点では、情報開示をしていなかったため、輸出向け添付文書の内容については分からなかった。情報開示が叶ったのは、一作年五月の連休前だった。その詳述は次の項で触れようと思う。)
 
  

 そして、この後、日本製薬団体連合会は加盟団体にかく気勢を上げ訴える。すなわち、「この認識を外交ルートで確実に諸外国政府に伝わり理解が得られるよう、関係当局等に要請する。」と…。
この認識というのは、すなわち自分たちプロジェクトチームが作った安全性の認識か?  しかし、これは何の裏付けもない机上論の安全性である。
(現実に、この後とてつもない放射線プルームが、通過したことも周知の事実になったし、一年余も経て米国版SPEEDIの存在だって明らかにされた。)

 ここで言う関係当局というのは外務省だろうか…文書は厚生労働省に書かせたから、次は外務省に各国に周知させようという訳か?
 
ちなみに、この通達の日付は、平成23年4月21日で、海外輸出向け添付文書の発行日の前日である。
つまり、政府が正式文書を発行する前に、すでに日本政府の基本認識が加盟団体向けに発信されているという訳である。
さらに、この認識を、国内外に対する医薬品安全性の周知徹底の取り組みとして、諸外国政府に伝えるべく関係当局等に要請するとまで言い切っている。これは何を意味するのだろうか。
情報が事前に入り、政府文書が発行される前にこうした通達が発信されることは、製薬業界では常識で、私一人が知らないことなのかもしれない。
しかし、素朴な疑問として、製薬の放射線の安全基準もないこの時点で、いかなる理由で、供給側の作成した安全見解が、日本政府の見解になり得るのだろうか……。
 

 さらには「日本で製造し流通している医薬品及び諸外国に輸出している医薬品について放射能汚染はない」ことが日本政府の基本認識となるのである。」と言い切っている。(しかし、その安全性の結論を導き出したのは、他でもない日薬連のプロジェクトチームであろう。)
日本政府の発布日前に、こうした通達が発信されること事態(もっとも、この輸出添付文書には日付がないのだが……)日本政府を嘗め、海外各国を嘗め、患者を嘗めきっている。
なぜなら、厚生労働省は、放射線情報など何も把握している様子はなかった。(私はこの間4月、四回も厚生労働省監・麻課へ電話をしていた。そして、「薬の放射線基準」を早く作ってほしい旨ずっと要請していた。しかし、相手にすらされなかった。)
 

 そして、この輸出添付文書が公開されているならまだしも、これは厚生労働省のホームページにも掲載されず、報道発表もされず、国内の製薬会社にも通達されなかった文書なのだ。
 要するには、輸出企業以外、誰にも公開されなかった文書なのである。
(私が、あすか製薬の引用文から厚生労働省に問い合わせると経済課も監・麻課も「各製薬企業等にスクリーニング等を求めることはない等とは言っていない。」と嘘までついた文書なのだ。(経済課とのやり取りは念のため録音しておいた。この経済課の担当者は、レボチロキシンナトリウムの緊急輸入製剤の件でも、担当した当人でもある。)
こうした行為事態、製薬業界では常識なのかもしれないが、私たち患者サイドから見れば、こんな行為は憤慨すべき非常識そのものとしか思われない。 (この団体にあすか製薬も間接的であれ加盟しているし、福島県に工場を持ち罹災した会社の名前は多い。中には、福島県に立地する製薬会社に委託して薬を製造している大手製薬会社も存在する。そして、それらの会社の多くは、日薬連の会員のようだ。)

 日薬連発第243号の通達において、「製薬製造は避難待避指示等がなされている地域外で行われており、汚染リスクは極めて小さい」とプロジェクトチームは安全決定している。(いわき市は、一部屋内避難待避圏でもあった。解除は4月22日である。この通達が出たのは、4月21日である。)
しかし、後で振り返れば、今回の原発事故による放射線汚染は広範囲に及び、ホットスポット等多々あった。
この添付文書発布して、一年後一万ベクレルの放射線プルームが南福島県から茨城、栃木等を通過したこともNHKの報道で分かった。(当時でさえ、いわき市の雑草に690000ベクレルの放射線ヨウ素も出ていた。セシウムも最高で30300ベクレルを超える数値が出ていた。)
 
行政の指定した避難待避地域が、今となれば、いかに誤った線引きであったかは証明されている。

 しかし、この誤った安全見解は訂正もされない。
もはや、既成事実として、世界へ向かって架空の文書が、海を渡り羽ばたいていってしまった。今更、医薬品は安全とは言い切れなかったかも……等と後戻りすることすらできない。

ここでも安全性より経済性優先

 
 かく製薬会社の薬を飲むのは、輸出先の各国の患者なのだ。
命にもかかわる薬ゆえ、原発事故の影響を危惧した海外各国も、その絶対的評価を日本政府に問い合わせてきたのだと予測できる。
にもかかわらず、その政府見解が経済的利益団体の安全決定に引きずられる形で出されていたとしたら、本来的意味で薬の安全性に対し、どう担保を取るのだろう。
 

 企業秘密と称して情報公開をしていない製薬会社が作っている団体が、たとえ財団法人とはいえ、自分の不利益になる事をするだろうか。
現に、日薬連は、国内及び海外各国の患者よりも自らの利益を優先し、日薬連第243号通達を作成し、国内外に安全性を周知徹底への取り組みとして関係当局等に要請することまでも取り決めている。
 

 原発事故後、40日ガイガーカウンター不足のため放射線データーも把握もせず、40日後には、日本の全製薬会社が安全だと世界に言い放つ政府見解……。どこから考えても、そんなのは、付け刃であろう。
(しかも 決定したように見えるのは製薬利益団体……原発の安全神話のケースと似ていないだろうか。)
安全というものは、こんな形で決まってしまっていいものなのだろうか。
こんな誰も、体験したことのない原発事故という非常事態に際しての、安全決定であるにもかかわらずである。
 

 客観的視点が必要な薬の安全性の決定を、なぜ、製薬利益団体に任せるのだろうか。(少なくとも、日薬連第243号通達からは、そのように読める。) 厚生労働省には、なぜ、こんな原発事故という未曾有の緊急事態を前に、国内及び各国に点在する患者の命のために、本来的意味での安全性に心砕いてくれないのか。

 なぜ、早急に「薬の放射線の基準値」を設定しなかったのか。なぜ、ガイガー検査を企業任せにしたのか、私には、それが理解できないでいた。
原発事故汚染リスク地区においてすら、監督官庁は、各社の放射線データーの把握すらしなかった。しかし、最近、こうしたことは薬事法がある以上、安全性は企業責任らしいということが分かった。要するに、それに違反すれば、法的に裁かれるという訳である。その縛りがあるゆえ、またFDA基準とかGMP方式に則り企業は、各自の倫理感に従ってそれを順守しようとするようだ。)
 
 


 輸出添付文書そのものが、日薬連のプロジェクトチームが作成した安全性の見解に基づくものであるという証拠はない。厚生労働省経済課と監・麻課が作成したものだろう。(そして、どうやら、外務省も絡んでいるらしい。)
しかし、その論拠は、プロジェクトチームが、作成した医薬品の安全見解に沿ったものと推測される。
それにしても、この輸出文書は特殊である。もし、この経緯に何ら不透明なものがないと言うのならば、少なくとも国民の目に触れるようホームページに公開しても差し支えないだろう。薬の安全性の問題は輸出製薬会社に限った問題ではなく、少なくとも多くの人々が関係を持つ事象なのだから……。

 (私は、このことを書くにあたって、日薬連第243号を送付してくれた日薬連のT理事に、それを確認しようと思っていた。しかし、そんなこと「そうです。」等と認める訳もなかろうと思った。それで、日延ばししているうちに、時間だけが過ぎていった。それでも、どう言うか聞いてみようという好奇心も出てきた。確認は、課題としたい。)

つづく
 
 

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2013年4月27日 (土)

甲状腺患者から見えた原発事故--患者としての体験(10)

                       政府見解はいつ出たのか?

■あすか製薬ニュースリリースに掲載してあること

 あすか製薬ホームページに8月22日付けで掲載されている「福島県いわき工場の放射線の影響に関するお知らせ」についてのニュースリリースの文書にはこう書いてある。
政府は「医薬品の原材料について、水道や食料の基準等により放射能等を含め、検査や管理がなされているため、最終製品の医薬品は安全であり問題ないと認識している。各製薬企業にスクリーニング等を求めることはないい。」との見解を出している。

 この文書は、少なからず私を驚かせた。「国がスクリーニング等を求めることはない。」なんて言っているって本当だろうか? こんなこといつ決めたの? 少なくとも私は知らなかった。この日時が8月22日ということは、少なくもそれ以前ということになる。八月だとしても、もはや四ヶ月は過ぎている。
 

 この間、私はサンド社の薬に切り替えることができた。
その後六月に頭を打ったり、左腕・足、時には左頬あたりの痺れの原因究明の検査等で落ち着かず、あすか製薬のホームページを見ていなかった。
11月末に、また頭を打付けた。(雑草除去のため出窓の下に屈み、出窓の下にいたことを忘れて立ち上がった時に、頭頂部より僅か下を打付けた。)この時も夕方で当日吐き気もなかったし、前回の経験で楽観視していた。これで三度目だとなると、何より自分に対して恥ずかしく、どうなってもいいという気持ちで検査等したくもなかった。

 しかし、翌々日、何か頭が膨張してくる感じを意識して目覚め、午前中の診療に間に合うべく市民病院に駆け込んだ。経緯を話すと脳神経科の医師は「もう二日経っているのなら打付けたことと関係ない。とにかく、写真みなきゃ分からない。」と診断し、CTを受けることになった。
結果は、数十分で出たが、異常はみられないとのことで、にこりともしなかった医師の表情が緩んだ。
 
  

 八月にも整形外科でレントゲンを撮っているので、足すと多量な放射線を浴びてしまったことになってしまい、それなりに衝撃を受けていた。個人的に、そんな不運というか不注意というか事故が立て続けに続き、自分でもうんざりしていた。その間接的影響は、原発事故による精神疲労というか神経疲労というか、もしかしたら、本当に鬱病に罹患していたのか原因は定かではなかった。(原発事故が、原因であることだけは分かっていた)
ともあれ、尽きることない苛立ちに肉体と精神を乗っ取られたような一年だった。

■輸出向け添付文書は4月22日発布された?

 ともかく、この「政府見解」という情報を確認しなければ分からない。
私は慌てて、あすか製薬のホームページを検索して、政府見解が記述してあるページを捜した。確かに、そのニュースリリースは存在していた。

12月15日 あすか製薬に電話を入れ「御社の8月22日のニュースリリースについて、最近知った。この政府見解は、いつ発行されたのか?」と尋ねた。が、分からなかったので「調べてほしい」と伝える。

12月21日 あすか製薬に、以前尋ねていたことの確認を取った。すると「それは、2011年4月22日厚生労働省医政局経済課から出ている。」との回答だった。
四月ですって? そんなに早く? という意外性が私を驚ろかせた。四月といったら……私は、その頃のことを思い出していた。三月には問い合わせをしたものの、あっちこっち盥回しにされ、やっと窓口を見つけたのが四月に入ってからだった。厚生労働省監・麻課の担当者に電話を四回も電話をしていた頃だった。前日4月21日にもしている。
私は、頭に血が上り、受話器を握っていた。厚生労働省医療食品監視指導麻薬対策課の担当者へである。

12月21日 厚生労働省医療食品監麻課に問い合わせた。昨年より四回も電話していた担当者N氏は、私があすか製薬のホームページの件を説明すると動揺した気配があり、誰かに確認しに行った様子で、突然電話口から消えた。やがて、戻ってきて答えた。
「これは4月22日厚生労働省医政局経済課厚生労働省医療食品監視指導麻薬対策課の共同で作成したもので、EUの欧州委員会からの輸出製剤の安全性について問い合わせがあったので、外務省の要請で文書をつくり、EU向けに輸出する製剤企業の製剤に文書として添付したというのが経緯だ。」と……。しかし、ホームページでの報道公開もしていないし、各製薬会社に通達もしていないとのことだった。
この回答に納得がいかない私は「私は3月から薬の放射線を測ってほしいと働きかけてきたし、4月22日頃には薬の放射線基準値を設定して欲しいと働きかけていた頃ではないか。その頃ガイガーカウンターも不足していると言っていた。放射線等測っていた様子も見られないのに、軽々にこんな文章を出してしまっていいのか。その後、私は日本医師会やら日本甲状腺学会やらに働きかけたが、無意味だったではないか。」と苦情を言った。

 担当者は「薬の基準の設定は申請しないと無理だと申し上げた。先のあすか製薬の文章だが、スクリーニング等は求めることはない等とは言っていない。むしろ、放射線物質が混入しないようにフィルターを重ねるようにとの通達を出した。」と穏やかにだが、こう反論した。
それ以上は押し問答なので、とりあえず電話は切ったものの、私には解せなかった。当時、ガイガーカウンター不足とかで放射線の検査を充分にしたように見えないのに、たとえ、欧州向けであろうが安全を確約する重要な文書が、報道発表もないまま「政府見解」として流布してしまっていいのかという疑問である。

厚生労働省医政局経済課に確認を取る

 こうした疑問を抱えながらも年を越し「政府見解」の確認だけでとりたいと思い、作年一月、もう一方の厚生労働省医政局経済課に電話を入れてみた。

1月25日 同経済課に事情を話すと、受け付けたTさんという女性は言った。
「N氏がそう言うのなら、それは政府見解です。」との回答があった。ただし、それは、あくまでも輸出向け企業への対応で、国内向けのことではないと思う。国内に関しての事は分からない。」
私は「医療食品局監視指導麻薬対策課のN氏は、その文書にはスクリーニング等は求めることはない等とは書いていないと言っているが、その添付文の原文には、どう書いてあるのか確認してほしい。できれば、その原文のコピーをFAXしてくれるか、私個人に無理ならばホームページで公開してほしい。」と要望した。しかし、その後何の動きもなかった。

2月7日 同省経済課に私の方から電話を入れたが、この時点では、何も進展していなかった。回答は「すぐには無理で、上司に相談が必要だ。」ということで、先の案件の再確認をし明後日電話を入れることにし、この際、「手に余るなら、私が直接上司の方と話ししてもいい。」とも伝えた。

2月9日 再度同省経済課に電話を入れ、Tさんと話した。
N氏が言った「スクリーニング等は求めることはない等とは書いていない」という点については「そんなことは書いていないと自分の上司も言っている。」とのことだった。「ところで、添付文の原文はあったのか?」と私が問うと「それは自分は見ていない。ただ、自分の上司が、そう言っているので……。」と 言う。「では、その上司のお名前を教えてもらえないか。」と依頼したが、「それは申し訳ありません。」とのこと。  
あなたは、その文書を見ていない。そして上司の名前も教えてもらえない。それだと、私一人が根拠のないことで騒いでいるようにしか見えないではないか。」と反論したものの、これ以上、決定権のない女性を責めても仕方ないと電話を切った。
       
 何とか火種を隠蔽しようとする気配を感じた。
しかし、原発事故以降、隠蔽は政府の常套手段だったではないか。官僚がそれを使っても、驚くべくこともない。しかし、こんな前代未聞の原発事故という緊急事態を前に、国民の健康と命に拘わる関係官庁が、こんな対応をするということに対しては、少なからずショックではあった。
この件に関し振り返ってみれば、安全性という意味では、一昨年三月~四月にかけ厚生労働労働省監・麻課に電話をしていたが、担当者N氏とのやり取りの中で、福島県に立地している製薬会社の放射線検査のデーターを把握していた様には、私には見えなかった。
むしろ、患者ゆえ、放射線リスク地帯に立地している薬を飲まなければならないため、必死で収集した私より情報数が少ないように思えた。(最初は、この担当者は私の情報について誠実に聞いてくれていた印象を持っていた。が、それは日を追うにつれ、何だか逃げ腰になり「そんなことをしていたら、流通が止まってしまう。」ということに収斂していくように見えた。)
推測するに、厚生労働省部内の関係で供給優先の声に引っ張られていったのではなかろうか。

 いわき市に立地するあすか製薬に関しては、雑草のデーターが驚異的に高かったし、当社の薬剤は出荷時に放射線を検出されたと聞いていたので、検査データーの掌握をしてほしい旨、私は何度も依頼していた。
が、4月28日監・麻課の最終的な回答は「絶対的な薬の供給量が不足している。ガイガーカウンターも足らない」との回答だった。
「薬の基準も自分の権限では出来ない」とのことだったので、私はこの煮え切らない回答に見切りを付け、詳細なデーターを日本医師会に郵送したのだった。(日本医師会では、既に、窓口を医療安全課としてくれていた。)

 
2011年12月21日 日本医師会医療安全課のI氏とこの政府見解について話をした。I氏は、この「政府見解」について知らなかった。
五月先に、私が郵送した資料について読んでいてくれて厚生労働省安全対策課に対し「安全性について考慮してくれるように」と電話入れてくれていたことを、この時の話で知った。

 その時、私には自分の事情説明ばかり語っていて、厚生労働省に電話を入れてくれた正確日時等、事実関係を聞きそびれていたことに気づいた。
すなわち、「それはいつのことだったのか」、「その回答はどういうものだったのか」、また、「どこの課に依頼してくれたのか」確認を忘れたことに後に気付いた。
 
その確認も兼ね、その後知り得た情報を報告として文書にまとめ、昨年3月8日、日本医師会医療安全課I氏に手紙を書いた。それから一週間位して電話を入れ確認すると「、六月か或いは七月に入っていたかもしれない。」との回答だった。そして、その要請は、厚生労働省安全対策課だとのことだった。
その時の安全対策課の回答は「安全は、メーカーに任せてあるから。」との回答だったと言う。
薬の安全性に関して責任を担う日本医師会の専門局が要請しているのに「メーカーに任せてある。」のが回答ならば、関係官庁とは何のために在るのかということである。こんな原発事故発生の最中の回答としては、余りに責任意識の欠如というか、何をかいわんやである。

 薬事関係の新聞や雑誌をも検索してみたが、この件の掲載はなかった。
先にも述べたが、薬事新報という専門紙とカイセイ薬局グループの薬「ホットニュース」には電話をして確認は取った。「情報として上がらなければ知りようがない」とのカイセイ薬局グループの言葉が印象的だった。
また薬事新報は、過去の記事を検索してくれたが、「四月には海外危惧という点で、日薬連の通達があったと記憶していると思う。」との回答があり、添付文書の記事自体は、掲載していないとのことだった。
念のため、日本薬剤師会の事務局にも問い合わせたが、「知らない。」とのことだった。

 薬の安全性という部分で、日本医師会も日本薬剤師会も知らない「政府見解」?  これは一体、どこの国の見解なのかどういう意味を持つことなのか……無論、薬を呑まなければならない患者になど、全く知らされないままである。(そして事実は、かく日本医師会の要請の一カ月以上も前に、日本の製薬会社のみならず医療機器、化粧品まで放射能汚染の可能性はないという政府見解を文書化した添付文書が発行され、海外向け輸出は実現されてしまっていた。
 
しかも、その作成を日本医師会医療安全課の担当者も知らず、報道発表もされず、国内製薬会社へ通達もされなかったものというのは、どういう意味を持つのだろうか。
ガイガーカウンター不足で放射線を測ることもなかったにもかかわらず、たった、40日で日本の全医薬品は放射能汚染の可能性はなく安全であると諸外国へ向けて宣言し、輸出品への添付文書として許可をしてしまった。

 海外からの危惧に対して出した政府見解であるとはいえ、「国内すべての化粧品、医療機器を含む製薬会社に放射線汚染がない」という政府見解なので、国内とは関係ないとは言い切れないであろう。多くの患者だけでなく、また、家庭薬を製造している製薬会社も含んでいるので、一般国民生活とも関与してくる問題でもあろう。
ならば、情報として、オープンにして何かまずい点でもあるのだろうか。
日本医師会も日本薬剤師会も知らないマスコミも報道しない、関係官庁も報道発表しない……この事態は、何を意味するのかろうか。

日本製薬団体連合会からの文書

 あすか製薬という一製薬会社を追いかけてきた結果、見えてきたことは、原発事故という非常事態にもかかわらず、余りに、関係官庁の緊張感が感じられないという現実だった。というか、相も変わらず、何も決定できないのが官庁であることを認識した。
安全対策課と言いながら何も対策を取らないし、監・麻課と言いながら、何も監督も監視しない……。(いや、もっと正確に言うと、よく言われる霞ヶ関病ということかもしれない。現場のことが全く分かっていない……一人ひとりは、良い人達なのだが、現実の生活というものを知らない。だから、何を訴えてもピンと来ない。平時の時には、それでもいいかもしれない。緊急時には、こういう人種は、現場に対する想像力がないので、時として足手まといになる。)

 現実に原発事故が起こり、放射線が拡散しているのに、そうしたデーターすら頭に入っていないで、何かあれば企業側から言って来るだろうと悠長に構えている……こんな省庁の在り方ならば、百戦練磨の民間企業は、簡単に誘導できるだろう。(いや、そうではなく、単に、原発事故への事前対策を練る等という厄介な仕事等したくないだけなのかもしれない。国民が被曝しようが影響を蒙ろうが、余分な仕事はうっとうしいだけなのである。そのくせ、国民の税金分捕り合戦には、妙に頭が働くのだ。要するに、国民は彼らに愛されているのでなく、利用しかされていないのである。だからといって、具体的な彼らのイメージは、悪人という感じでもない。冷酷という訳でもない。結局、よく分からない霞ヶ関特有の人種である。)

 そこに付け込み、経済的利益団体と化している製薬会社の存在の影が見え隠れする。
安全は国が決定するはずなのに、福島第一原発事故に際し、医薬品の安全性を取りまとめたのは、製薬会社関連団体の事務局を中心にしたプロジェクトチームであるように見受けられるのだ。そのことを記載した文書を、ひょんなことから入手した。
2012年2月23日 私は日本製薬団体連合会に手紙を出したが、同年3月23日、その返答を同会から受け取った。(同会の理事が「日薬連発第243号」という書類を参考文書として同封してくれた。)
ポイントは、この日付である。この文書の日付は平成23年4月21日だから、海外輸出向け文書の発行日の前日である。   

 政府が正式輸出文書を発行する前に、すでに日本政府の基本認識が宣言され、加盟団体に向かって発せられているという文書である。
「海外輸出添付文書」が発行される前に、日本製薬団体連合会のプロジェクトチームは、日本で製造し流通している医薬品について「放射能汚染の問題はない」とする文書を作成していた。
 

そして、その周知徹底を加盟団体へ呼びかけ鼓舞している。(この団体にあすか製薬も日本製薬工業協会を通じて加盟しているし、福島県に工場を持ち罹災した大手製薬会社も多々ある。こうした会社の多くは、日薬連の会員である。しかも、輸出していることは企業秘密として公にしない。)
ということは、こうした福島県に立地する製薬会社が、輸出してしまった可能性だって捨てきれないのだ。
 

 厚生労働省が正確な放射線の検査データーも掌握しきらないまま、もし、輸出製薬会社の要請で添付文書を作成してしまったとしたら、海外各国に対して不誠実な対応と言えないだろうか。こうした製薬会社の薬を飲むのは、海外の患者なのだ。
命にもかかわる薬ゆえ、原発事故の影響を危惧した欧州委員会が(私が指摘したように、放射線汚染リスクのある会社が輸出品として紛れ込まないように)その絶対的評価を、日本政府に問い合わせてきたと予測できる。

 にもかかわらず、もし、その「政府見解」が、既存製薬会社の利益団体の誘導に引きずられていたとしたら、本来的意味で薬の安全性に対し、どう担保を取るのだろうか。(ドイツ放射線防護協会によれば、内部被曝は大人でも1㎏あたり8ベクレル以上のセシウムは摂取しないことが推奨されるとしているし、子供なら4ベクレルである。)

 福島県いわき市では原発事故直後、放射線ヨウ素は雑草に690000ベクレルも検出された。セシウムも最高で30300ベクレルあった。いわき市は、この文部科学省のデーターを公のホームページに掲載していなかった。そして、一年以上経っても、そのままだった。
いわき市現原子力対策課の担当者は、その存在自体知らなかった。その担当者は、福島県へリンクを貼っていたと言っていた。
二年以上を経て、今年五月末その確認を取ったが、福島県へのリンクを貼っていた件については、確認が取れなかったという結論であった。

 (福島県知事佐藤氏は、原発事故直後、東電に広報しないでほしい旨要望した話は報道された。福島県担当課は、原子力保安院から送られてきたデーターを廃棄していた。国は、SPEEDIのデーターを一ヶ月以上も公表しなかった。そして、多くの人々が被曝させられた。)
 

 企業秘密と称して、情報公開をしていない製薬会社が作っている団体が(たとえ財団法人とはいえ)自分の不利益になる事をするだろうか。
そこに何も不都合がなければ、厚生労働省が報道発表しない理由は何か。
(この問題は輸出製薬会社に限定された問題ではなく、薬の安全性に関わる問題であり、多くの人々が関係を持つ事象であろう。)

 今回の海外向け輸出を巡る一連の政府決定のプロセスは、「政府見解」と。いう存在がよく見えず、首をかしげるばかりだ。未曾有の放射能汚染を前に、政府は何ゆえ国民の安全を守る仕事を、財団とはいえ製薬関係団体の利益に添う形で委譲するのかというのが、素朴な疑問である。
別な言い方をすれば、製薬を製造し利益に関与する側が、なぜ安全性の見解を決定するのかという疑問である。(第一、その日薬連のプロジュースした日薬連発第243号「福浜第一原子力発電所事故と医薬品の安全性に関する基本的な考え方」という見解も、私から見れば、机上論の穴だらけの論理に見える。)

 なぜ、国民の総意のはずの政府が、国民の命の安全性を一義に考えた決定をしてくれないのか……なぜ、たった40日ですべての医療品が安全という結論が出せるのか……私には、国内や海外に存在する患者の命より、製薬会社の輸出優先、経済優先に走った結果の様にしか見えない。

 先に、私は経済的利益団体という言葉を製薬会社に使った。
(最近見たドイツZDFの番組「福島のうそ」で、日本の電力会社のことを犯罪的経済利益団体と呼称していたが、製薬会社も人の命を優先せず、経済を優先させ、国の政策までも先導しようとする野心を持てば、そうなっている可能性もあるのだろう。)
 
  
今回の40日で発行されてしまった政府のすべての国内及び海外輸出の医療品の放射線汚染に対する安全宣言の不可解さは、今まで行ってきた東電と政府の関係とも似ている。
東電による経済性と効率性ばかり優先した結果として原発事故が起こったという位置づけがあるにもかかわらず、その事後処理で、また同様のことを繰り返していまいか……。

 今回の輸出向けの添付文書の件で、何よりの驚きは、日本医師会の医療安全課の担当者も、日本薬剤師会の事務局も知らなかったことである。
どちらも、薬の安全性を担う団体であるにもかかわらず、そういう安全性を担う団体の窓口に立つ担当者にすら、知らされない情報があることに空寒いものを感じる。(今年三月になって、緊急輸入の件で連絡を取った全国保険医連合会の担当者も、やはり知らないようだった。)

 当たり前である。マスコミすら何も書いていないのだから……。
さらに、私が不安になるのは、医療や安全性の窓口に当たる当事者たちも、情報を知らされないことが常態化しているのか、余り、怒りや焦燥感を感じているように見えなことだ。
ごくトップの既得権者が、決定することに抗いきれない、すなわち、「長いものには巻かれろ」式の体制に、誰もが慣らされてしまっているからだろうか。
あるいは、上位下達式にしか、何も知らされないという日本の体制に諦めてしまっているのだろうか。さすれば、問題は、この日本の体質そのものに深い根があるのだろうか……。
ある意味、こういう現場の窓口の最先端の人達が踏ん張って、患者の命のために闘ってほしいのである。
 

 マスコミは、何も書かなかった。(朝日新聞毎日新聞の縮刷版は調べたが、政府の「医薬品に対する政府見解」等、掲載されている気配はない。)
 
マスコミは本当に知らないのか、知らなかった振りをしているのか……こうした閉塞状態のなかで、事実でない規制事実が進んでいってしまっている。
(そして、結局、泣くのは末端の人間なのである。原発事故被曝者もそう……患者もそう……震災被災者もそうだ。)
 
 
  

 単なる甲状腺患者として不可解な鍵穴を開けてみていったら、そこの闇は大きく深く、そこには経済を巡る利害関係が絡む壮絶な場所に行き着いてしまったようである
そこに佇む闇の深さと、人間という生物の持つ、どうしようもない業の凄まじさに吐き気すら覚えたものだった。
これこそが、緊急時あるいは、パニック時の人間の本質なのであろうか。
 

 やがて、私は、その闇の片隅に影となって潜んでいる或る人物が、本質的に甲状腺患者の敵であることをしっかりと見定めた。

つづく

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2013年4月26日 (金)

甲状腺患者から見えた原発事故--患者としての体験(9)

                   第二章

                                放射線の拡散

報道された放射線情報

 痺れの原因は相変わらず分からなかった。左頬の痺れは疲れたり寝不足をしたりすると生じてくることが分かってきた。また、横になったりすると左足と左腕が痺れたような状態になることも分かった。
左だけというのが奇妙だったものの、とにかく、精密検査をしても異常ないということだし、痺れに効くと言われる漢方薬「牛車腎気丸」という薬を使って様子をみた。
普通の生活をしている部分では、そう意識もしないのだが、夜横になり寝る時症状が出て来るので、足ムズムズ症候群にも似ているかなとも思った。しかし、結局、さほど耐え難い症状でもなかったので、専門医にもかからないままにした
 

 結局、心療内科にも罹らずじまいだった。(悩みは、人に聞いてもらっても解決などしない。自分で乗り越えるしかないと私は思った。最後に鬱が高じて深刻化したとしても、それもやむを得ないだろうと私は思っていた。第一、こんな日本国中、放射線汚染が拡がっている最中を含め、精神的に健康でいろという方が無理であろう。放射線処理を巡っての政府対応や行政対応を見て失望の余り、精神状態がおかしくなる方が、むしろ、感性的には健全であったかもしれないと今も思う。)

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 この間、放射線は現実に、東日本に拡散していっていることをマスコミは報じていった。
5月1日  福島県郡山市県中浄化センターの下水汚泥から2万6400ベクレルの放射線値セシウムが検査も検出されたとの報道発表があった。

5月24日 福島第一原発2号3号機も炉心熔融されていたことが報道されたが、放射線の拡散は全国に拡散していく。

5月30日  原発事故直後から内部被爆した事例は4766件10000cpmを越えたケースが1193件にのぼった。
五月末 神奈川県の足柄茶の乾燥荒茶から三千ベクレルという数値が検出された。

6月9日 静岡県のお茶からも679ベクレルの放射線セシウムが検出された。

6月15日 200キロ離れた茨城県取手市の土壌1平方メートルから4万ベクレル。通常の400倍にあたる放射線が検出されたという報道もあった。これは放射線値管理区域の基準になる値。

7月16日 郡山市の農家に残っていた稲藁から1キロ当たり50万ベクレルの放射線セシウムが検出された。この汚染牛肉は全国に出荷されていたことが後に分かった。影響は29都府県に拡がった。

 
 八月に入ると国立環境研究所がまとめた資料がまとめられた。それによれば、東京電力福島第一原発事故で放出された放射線物質は、東北だけでなく関東や甲信越など広範囲に拡散し、ヨウ素131の13%、セシウム137の22%が東日本の陸地に落ち、それ以外は太平洋へ落ちたとのこと。
放射線物質は風に乗って移動し、風や雨の影響で地面に沈着。北は岩手や宮城、山形の各県から、南は関東を越え静岡県にも届き、新潟や長野、山梨各県にも到達したという。

8月26日 経済産業省安全・保安院から公表された試算値によれば、今回の福島第一原発は広島原爆の168,5個分に相当するということも報道された。

9月6日 日本原子力研究開発機構は放射線セシウムの沈着量にについて試算結果を発表した。

 3月12~4月末までに放出されたセシウム137は北海道と青森県を除く東日本のほぼ全域に降り注いでいたことが示された。 100~1000ベクレルの地域も西は長野県東部や愛知県東端にまで達していると報道された。

 十月に入ると、千葉県柏市の焼却灰から7万ベクレルのセシウムが検出されたし、群馬県の汚染マップも文部科学省により作成された。
それによれば桐生市等の山間部で1平方メートルあたり10~30万ベクレルにのぼっている。長野県の一部でも、3万ベクレルを越えた。(チェルノブイリ原発事故は3万7千ベクレル以上が「汚染地域」となっている。)

10月6日 東京都神奈川県の調査も行われ、奥多摩北部の山間部で1平方メートルあたり6~10万ベクレルに至っている。相模原市緑区、山北町で1~3万ベクレルだった。

10月13日 東京都八王子市北野台ながれ公園でも、採取した土壌から1キロ1400ベクレルを超える放射線セシウムが検出された。

10月20日 千葉県松戸市では、農業用ビニールハウスそばで7,0μ㏜の地点があった。

10月22日 千葉県柏市根戸高野台という所から57,5μ㏜の放射線量が検出した問題で、市は1キロg最高で27万6000ベクレルの放射性セシウムが検出されたと発表した。

 
 ニュースではこんなものだが、インターネット上では絶望的な情報で溢れていた。

                   
漢方生薬から放射線物質が検出

 こうした状況下、十月漢方薬からも放射線物質が検出されたという報道があった。
10月14日の産経新聞によれば、「今年3月以降に採取された漢方薬原料に使用する国内生薬35種類109検体について、日本漢方薬製剤協会が放射線物質の検査を行ったところ、9種類23検体から放射線セシウムが検出された。
このうち3種類9検体は食品衛生法の暫定基準値(1キロあたり500ベクレル)を超えていたことが日本製薬団体連合会の報告で分かった。

 薬事法は、放射線物質が少しでも検出された生薬を含む漢方薬の販売を禁じている。
日薬連から報告を受けた厚生労働省は同日、各都道府県を通じ、医薬品製造販売業者等に対して、念のため3月以降に採取した生薬を使用した漢方薬を自主回収したうえで、今後は生薬を生産する市町村単位ごとに検査を行うなどを求めた。」と報道していた。

 私は、この記事から初めて日本製薬団体連合会(略して日薬連)と日本漢方薬製剤協会の存在を知った。
いわき市の雑草のデーターから、漢方薬の生薬だって汚染は予測できただろう。なぜ、もっと早く生薬の検査をしなかったのだろうか。
私はインターネットでそれぞれの連絡先を調べた。
日本漢方薬製剤協会には、「なぜ、今になって検査をしたのか?」という素朴な疑問があった。

10月28日 それを文書にまとめFAXにて尋ねた。回答は、広報部からすぐ電話が入った。それはシンプルな理由で、「生薬は秋にならないと収穫できないから」というのが回答だった。

 日本製薬団体連合会についても、もしかしたら、あすか製薬もここに加盟しているかもしれない。
連合会というのだから、製薬会社全体の安全性についても何らかの意向を持っているであろう。ここはどういう団体なのか、私はインターネットで検索してみた。そしてホームページと連絡先を見つけだした。
(後から振り返れば、この団体こそが製剤の安全性を牽引しているキーパースンであった。製薬会社の経済活動のこと等分からない患者の私には、そんなこと夢にも思っていなかった。)

 製薬会社が経済を誘導する可能性もあるかもしれないと、薄々は頭の隅では想像しない訳ではなかったものの、こんな原発事故という前代未聞の緊急時に、正確なデーター収集もしないまま、福島県も含め無条件に日本の製薬会社すべての安全性を世界へ向かって、政府が宣言してしまうなんて予想していなかった。(しかも、この政府見解自体が、日薬連のプロジェクトチームの安全性に関する考え方の意向を、色濃く反映させているように想像できるペーパーがあるのである。)

 
 日薬連のホームページには、団体の組織図も掲載されている。そこには安全委員会なるものも存在していた。
どうやら、薬の安全性に対しての協議もしていてくれるらしい
そして、日本漢方薬製剤協会もこの団体に所属している。

11月25日 私は、今までに感じていた疑問を、ここにぶつけてみることにした。すなわち、「いわき市の放射線量は、福島県内7方部の空間線量モニタリング資料によれば、2:00amには、18.04μ㏜、4:00amに23.72μ㏜となっていること。
そして、昨年3月18日雑草の放射線濃度はヨウ素690000ベクレル 、セシウム17400ベクレル、3月23日にはヨウ素451000、セシウム30.300ベクレルという数値が検出されていたこと等を説明した。
こうした環境下に立地するあすか製薬の安全性について、ニュースリリースにて報告があったが具体的数値がない、御団体としてどう掌握しているか確認してもらいたい。今回の漢方薬から放射線も検出されたが、こうした状況下、あすか製薬の製剤の安全性についても不安であると訴えた。
それと、御団体からも「薬の放射線の安全性」についても関係官庁に働きかけてほしいと依頼した文書を投函した。

12月9日 その回答が届いた。日薬連の理事によるものだった。
そこには「あすか製薬は日本製薬工業協会の会員会社だということ、私のあすか製薬に対する不安に対する回答として、あすか製薬ホームページに8月22日付けで掲載されている「福島県いわき工場の放射線の影響に関するお知らせ」について紹介させていただくとして文書を資料として添付してくれた。
 
 

 私はここで初めて、このあすか製薬のニュースリリースのコピー文書を目にした。そして、驚いた。
というのも、政府は「医薬品の原材料について、水道や食料の基準等により放射能等を含め、検査や管理がなされているため、最終製品の医薬品は安全であり問題ないと認識している。各製薬企業にスクリーニング等を求めることはない。」との見解を出している。という文章を目にしたからだった。

 次には日本製薬団体連合会の考え方も引用し「医療品は、その必要に応じて限定的に摂取されるものであり、食品や水に比べ通常の摂取量は極めて少なく、健康への影響は極めて少ない。
また、製造工程はGMP等に基づく厳密な管理に基づいており、その工程での汚染リスクは極めて小さい。」と述べています。と記述している文章も踊っていた。

 
日本製薬団体連合会の回答

 
 日本製薬団体連合会の回答も、概ねあすか製薬が掲載している文書に沿ったものであった。回答は以下のようなものである。
全製品に毎回放射線量の測定管理を実施し、測定値が自然放射線量の範囲内だったことから、福島原発事故が影響している可能性がないことを確認している。また、製造に関わる環境をみると、製造工場の環境(空気)は検査され、製造に用いる水道水として、いわき市公表データーをモニターしており、いずれの測定値も安全性に懸念をいだくものとはなっていない。
これはあすか製薬から直接聞き、事実確認したとのこと。よって、連合会としても、チラージンS錠について、福島原発事故が影響している可能性がなく、安全性については適切に管理されていると認識した次第だ。」と……。

 さらに続けて、「もう一点、放射性物質が検出された生薬を含む製剤については、薬事法第56条第7項に規定される医薬品に該当するおそれがあるとし、該当した場合は販売を行わないこととしている。」としているが、これは屋外で栽培された原料が使用される可能性を念頭にしたものと理解されるが、工場等特別に管理された閉鎖空間で化学合成される医薬品については、製造工程がGMP等により厳密に管理されていることから、生薬等とは製品に至る環境が全く異なることを理解していただければ幸いである。医薬品の安全性については、それを継続的に高めていくことは重要であるので、厚生労働省との意見交換は重要であると認識している。」という官僚的な回答があった。

 しかし、この文面には破綻がある。なぜなら、あすか製薬は、3月25日「今回の震災に伴い、いわき工場の製造設備および立体倉庫が損傷した」ということを認めている。
そして、チラージンは化学合成の医薬品である。製造工程がGMP等により密に管理されているはずである。しかし、原発事故後、損傷していたことを自ら認めていることから、特別に管理されている閉鎖空間という条件から逸脱しているだろう。
ここで、「安全とされている製造工程がGMP等により厳密に管理されている」という論理は崩れないだろうか。それと、現実にあすか製薬からは微量であれ、放射線が検出された。そのことは、自らの8月22日のニュースリリースに掲載している。
 

 (この漢方薬すなわち生薬の放射線汚染については、厚生労働省医薬食品局監視指導・麻薬対策課は、慌てて12月13日付けで「医療品・医療機器等の製造所での放射線物質の管理について」(薬食監麻監発1213第4号)が通達した。)
ここで製造所の放射線物質の混入防止について管理徹底を喚起したようだが、それも漢方の生薬から放射線物質が検出されたため、慌てて取った後手後手の措置にみえる。(牛肉の稲藁事件やマンションの砂利事件と変わらず、よく考えれば予測できることに見える。)
それでも、漢方の生薬汚染によって、初めて放射線管理に対する通達らしき通達(薬食監麻監発1213第4号)を出した。

つづく

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甲状腺患者から見えた原発事故--患者としての体験(8)

                      ベッドの宮に頭をぶつける

 六月に入り、ようやく薬をサンド社レボチロキシンナトウムの切り換えすることができて安堵はしたものの、私の心は、燃え付き症候群のような精神状態になった。
薬が変更できたところで、それがどうした? という不快感がつきまとっていた。
こんなこと、もとよりかくあるべきにもかかわらず現実がそうなっておらず、政治、関係官庁の無策のために、かく時間とエネルギーが必要だったのではないか……マイナスの状況をゼロに戻したに過ぎない。大体、原発事故が起こったために、私がこんなに追い詰められたのではないか……原発事故の影響は、福島県周辺だけではない。  

 海洋汚染は目に見えているし、第一、買い物ひとつ取っても何を選択していいのか分からない。日本政府の食品暫定基準は500ベクレルだが、放射線研究所のQ&Aでは私たち甲状腺患者は食品と水に気をつけるようとの回答が出ているので、できれば、1ベクレルも摂取しない方がよさそうなのだ。恒常的に薬を経口するので、その薬の汚染にも人一倍気をつけなければならない不自由な身なのだ。
にもかかわらず、原発事故から、既に2ヶ月以上も経っているにもかかわらず、政府が「薬の放射線の基準値」等設定してくれている気配すらなかった。

 あれほど安全神話をふりまきながら、かくも自然を舐めききって起こした原発事故―― けれど、この事故は誰が責任を取るというのか?責任を取れるというのか? 人々の人生を目茶目茶にして……。
 
個人的に薬を切り換え得ても、私の内部では、常にこの原発事故への怒りが渦巻いていた。怒りの波浪に巻き込まれ、いつも苛立っていた。
様々な情報が明らかにされるたびに、怒りは間欠泉のように吹き上がっていた。

 そんなことも背景になっているのか、6月6日夕方仮眠しようとして、ベッドの宮に頭をぶつけた。
本かノートを枕元に持ってくるのを忘れ、それを取り、再度横になろうとしてベッドにダイブした。体調も悪く、何か苛立っていた。何がどうということなく、あらゆることに苛立っていたためだと思う。
 
正確に言えば、若干枕がずれていて、その露出した部分に頭を思いきり打付けたのだった。ベッドの宮はスチィール製なので、結構きつかった。(その頃に、鬱病的な症状を呈していたのかもしれない。それ以前から、癇癪で乱暴に食器を扱ったり、物を投げたりする行動をしていた。)
 
  

 自分の不注意には違いない。しかし、原発事故さえなかったら……チラージンが原発事故の影響下になかったら……政府及び関係官庁が適切な対応があれば、こんな苛立ちに駆られなかったろう。
何はともあれ、どんな背景があれ、頭を打付けたことは現実だった。
 


 しかし、頭を打つということを想定していなかったので、その不意打ちに私は混乱した。時間は17:30である。頭を打った時、行く病院は? 何科に行くのか……頭を打った割には、脳はクルクル回転した。
この時間だと、病院は救急しかないではないか……救急車を呼ぶと言ったって、大袈裟すぎないだろうか。
私は脳神経外科が近所にあることは思い出した。しかし、もう夕方……たぶん、もう終了しているだろう。第一、その医院名すら分からない。それに、医院の電話番号を調べたり電話したり、支度したりする気力すらなかった。
やむを得ず、私は契約している保険会社が開設している24時間対応の緊急医療相談に電話を入れて症状を話し相談した。

 打ったのが夕方で対応病院も救急しか開いていない状況を話し、救急車を呼ぶタイミングについて聞いた。
すると、「吐くとか、物の見え方が変わるとか、動作が鈍くなるとかの症状が出る。それが急性で出る場合もあれば、慢性の場合もある。
急性の場合は2~3時間から数時間で出る。そういう症状が出たら、迷わず救急車を呼んだ方がいい。」
とのことだった。
ともかく「今日は患部を冷やし、お風呂は止めて、肉親に頭を打ったことを伝えておくように……。」と窓口で応対した女性は、冷静に語った。
 

 私はとりあえずベッドの上で安静にし、自分の症状を客観的に観察した。
打ったのは左後頭部だった少しヒリヒリした痛みはある。しかし、コブはできていなかった。氷を当てて冷やし様子をみた。特に、吐き気もない。頭痛も特別にはなかった。時間を経ても、吐き気はなく、22:00pm頃になると、食欲も出てきた。
現実に、お腹も空いてきたので、少し食事もした。
そのあたりで少し安心し、不安はあったものの眠れば眠ろうと思っていたが、ウトウトとしたものの明け方まで眠れなかった。

 

脳神経外科へ行く


 翌日午後、目覚めると生きていた。
6月7日 近くにある脳神経外科の電話番号を捜し電話を入れた。予約が優先されるが、少し待ってくれれば診察するとのことだった。
行ってみたところ、かなり混んでいた。しかも、一時間はかかるということなので一時間したら戻ると言い、私は時間を潰した。
運が悪いことに、私の前で市民病院への紹介状が必要とかいう患者が揉めていて、やっと私の診察時間になったが、先生も疲れているというか何か苛立っている感じだった。(もっとも、頭を打ったという患者に緊張感を持たない医師はいないのかもしれない。見立てによっては責任を取らなければならないケースもあるかもしれないからだ。)
 

 外科関係の病院に縁がなく、ましてや脳神経外科を訪ねたのは初めてだったので、内科医しか知らない私には、外科医の印象にも戸惑った。
まず、医師と言えば白衣という印象しか知らない私には、ポロシャツ姿の医師に戸惑った。モスグリーンの半袖シャツを着て体格も良く、声も大きい。
そもそも内科医のイメージと程遠い印象に、余り気後れをするタイプでもない私も、若干、戸惑っている自分を意識した。
質問も矢継ぎ早で、少しでも回答を逡巡していると、次の質問が飛んでくる。
<頭を打ったんだから、そう記憶をとりまとめる気力もないのに無理よ>と私の心がぶつぶつ言っているが、ともかく頭を打付けたのは自分であり、自己責任だ。誰のせいでもなく、自分が悪いに決まっているのだし、とにかく、今日はこの医師に診察してもらわなければ仕方ない。

 私は頭を打付けた経緯についてすべて話した。
医師は打った時間とか、打った場所、血は出たか?とか聞き、私の左後頭部を触れたが、とりあえず腫れてはいないことを確認すると、後はハンマー状のもので手足を叩き反応をみたり「右を見て! 左を見て!」と目の反応を確認した。その後、刷毛のような器具を使って触覚があるか確認したり、線が引いてある床を線に沿って歩けるか歩かされた。

 結果、脳外科医は、「おおよそ大丈夫だと思うが……。」と言った。「もっと精密な検査をした方がいいでしょうか?」という私の問いに、医師は考えこんだ。
私は近頃ひどく記名力も落ちているし、それに炬燵に入ったり横になったりすると、左半身に痺れがあることが気になっていた。(左頸動脈に石灰化が見られることも前年秋に確認していたので、左だけ痺れるのはこのせいかもしれないと思ってもいた。)
この際、精密検査をしておくのも悪くないと思い、そうした症状がある旨、医師に伝えた。この私の左手と足の痺れの件に、医師は反応し「では、検査してみましょう。」と言いMRIが開いている日を確認してくれた。
すると、幸い翌々日が開いていて検査日が決定した。

 
MRIを受ける

 
 6月9日 MRIというもが、何であるかも分からないまま検査を受けた。
レントゲンのようなものだと思っていたが、どうも違うようだった。大きなフードの様なものの下に横になった。自分の脳に向かって何かコンコンと探りを入れるような音が、耳元に広がった。
自分の世界のすべてがその音に占められ、その音が自分なのか、自分がその音なのか境界線が分からないような感じになり、それが頂点に達した時、私は、ふとその音から自由になって、別なことを考えていた。私は過去の追憶に浸ったり、考え事の続きを考えていたりした。
意識はかなりクリアになって、私はどこにいるのかすら忘れていられた。
時折、意識が戻るのは、この検査の結果がどうだろうかという一抹の不安だけだった。
そして、何故こんな状態に陥ったのかという口惜しさと、不注意な自分にも腹がたった。しかし、私を苛立たせた原因そのものが、もっと悪いと、思考は同じところをぐるぐる回っていた。

 そうして、何分位経っただろう。30~40分位だろうか。
急に音が止み静かになり、暗かった検査室がまぶしいほど明るくなって、検査技師が「お疲れ様でした。」と姿を現した。
私はMRIから解放された。
その後、一時間程待たされ、検査結果が出た。
診察室に呼ばれると、医師は机上のパソコンの画像を覗いていた。
それがどうやら私の頭の画像であるらしい。チラッと横目で見ると頭蓋骨らしいものは認めたが、それ以上のことは分からないし、詳細に見るのも怖い感覚があった。
しかし、自分の目で自分の頭部の映像を見ているのも妙な感覚だった。
「特に異常なところはないようだよ。」と医師は言った。一昨日の若干怒気を秘めたような目線は、穏やかな別人のような表情になっている。(この日 医師は黒のポロシャツを着て快活に動いていた。)
頭を打付けたという行動事態が、医師に限りない緊張感を与えるものなのだということを実感した。
 

 だとすると、痺れはどこから来るのだろう……神経に問題があるのだろうか。「では、痺れの原因は……何なのでしょう。」私は痺れについて、おそるおそる尋ねた。「それがねえ……。」医師も首をひねった。
医師は、とりあえず、脳神経的には異常は認められないと自分は見立てる旨話した。
私は礼を言って立ち上がろうとした時、医師は一枚の紙を渡し「これをご主人に渡して!」と言った。怪訝そうにしている私に、医師は「今日のところは大丈夫だけれど、頭を打付けると硬膜下血腫といって内出血する場合がある。それが1~2ヶ月で出ることもある。その時は救急車使っても市民病院へ行くように。ここでは手術はできないから……。」と言った。
まだまだ、安心は先らしい。私は安心したような、安心はまだ先のような複雑な思いのまま医院を出た。

 痺れについては原因は分からないままだったが、原発事故直後から、横になったり炬燵に入ったりした時、私は左半身と左腕が縛られているような、あるいは痺れるような感覚を覚えていた。
何だろうと気にはなっていた。(食材の放射線値を極端に気にするようになっていたので、内科の医師からは、心療内科に行くよう既に勧められていたが、何か気が進まなかった。)
すでに、原因の予測が付くことを<自分の精神の在りかを紐解いてもらわなくてもいい>と思い、私は心療内科に行くことを躊躇していた。
物理的には、脳神経外科において、MRIで脳内を看てもらって異常は認められないと言われているのだから……。

 

整形外科、神経内科の検査も受ける 

 
 6月15日パソコンを見ていた時、突然、気分が悪くなり、それと共に私は左頬に痺れを意識した。
顔に痺れ? これは何だろう……さすがに、私は衝撃を覚え、<これは放置しておけない>と思い、神経に問題があるのか、あるいは。精神的問題なのか原因を突き止めなければならないと決心した。
まず、肉体的な精密検査をすべてしようと思い、市民病院の整形外科の門を叩いた。(当病院は内科で罹っていたので、情報が相互に共有出来るので選んだ。)

 市民病院の若い医師は「痺れは、原則的に整形外科ではないと思う…。」と見立てたが、「脳神経外科でも異常ないと言われた。が、現実に痺れるので、徹底的に原因究明をしたい」という私の意向でレントゲンを撮ってもらった。結果を見てもらったが、特別異常は発見されなかった。
「首を少し伸ばしてもらうと楽になるだろう。紹介状を書く。」というその医師の意向に沿って、近くの整形外科の医院を紹介してもらった。

 8月19日 その紹介状を持参して、近隣の整形外科医院を訪ねた。
そこの医師も痺れは整形外科ではないと思うとして、大まかに検査をしてみてくれた。(首をそらしてみたり、足や腕を叩いてみたりした。)が、やはり大きな異常は見られないという見解だった。しかし、せっかく来院したのだから(肩凝りも若干あったため)首を引っ張ってもらい、肩付近に超音波を当ててもらった。確かに楽にはなったが、肩凝りも深刻でもなく、特に問題の痺れの方は目立った効果も感じられなかった。
連日暑く、熱中症の方が心配で、涼しくなったらと思っているうちに、肩凝りも深刻でもなく通わなくなってしまった。

 それより、痺れの原因究明が先決だった。その究明を急ごうと思い、予約して神経内科にも罹ってみることにした。
市民病院の神経内科は専門病院から招聘しているので、その医師に先の脳神経外科のMRIのCDRを見てもらい痺れの原因を探るべく持参した。
脳神経外科の検査と同じような検査をし、CDRを丁寧にみてもらった結果、「特に問題ないと思う。きれいな脳だと思う。」と言われた。
私は「昨年頸動脈エコーで見てもらったら、左に動脈分岐点に石灰化が見られると言われた。動脈硬化もあるのかもしれない。漢方なんかどうか?」と相談した。「いいのではないか」との回答。また、痺れがひどくなったら来院するよう言われた。

 結局、痺れの原因は分からずじまいだった。

つづく

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2013年4月25日 (木)

甲状腺患者から見えた原発事故--患者としての体験(7) 

     日本甲状腺学会とあすか製薬の関係は?

日本甲状腺学会の理事長は山下俊一氏だった

  日本甲状腺学会という学会は京都に本部がある。甲状腺の専門医が所属する学会である。日本内分泌学会の分科会として発足したと聞く。

  その日本甲状腺学会が、TS委員会を設置して原発事故後の甲状腺ホルモン補填剤の長期保有の自粛を促し情報発信をした。そして、その供給を不公平なく円滑に行うために、情報提供を担当するという体制を、大震災後比較的早い時期に作り、対応を進めた。
T4委員会の設立は原発事故後3月18日であるが、日本医師会の通達も、全く同日の3月18日に出ている。これは(保242)Fといい、日本医師会副会長名都道府県医師会社会保険担当理事宛に出され、主にチラージンS錠、チラージンS散、チラージン末等の長期処方の自粛の協力をの呼びかけた。そして、この日本医師会の通達によって、全国に周知されたように見える。同会は、日本薬剤師会にも協力を呼びかけていることを付記している。では、同日出された同医師会の通達のニュースソースは、どこからか……それを、今年4月22日日本医師会の医療保険課に経緯を述べて、御会のニュースソースはどこからな確認したいのだが……。」と尋ねるとも調べておいてくれることになった。
連休明けの5月8日電話をすると、「厚生労働省から長期処方の自粛についての依頼があった。その後、4月4日と6日二回通達は出しているが、それについてはT4委員会の情報は参考にしている。しかし、これは、緊急輸入にまつわる事務的通達」だ。とのことだった。それでも、T4委員会の情報は参考にしていることになる。しかし、この供給委員会は、公的なものではなく、山下日本甲状腺学会理事長がプロジュースした機関にすぎない。あすか製薬との情報共有の窓口であるその機関が、多くの医師関係者が、この学会の一機関に過ぎない情報を参考にしている。一部の医療関係者は、この委員会が公的なものであると思い違いをしている向きもある。)  

 私も原発事故直後の混乱状況において、その役割は認める。原発事故当初の供給不足は、確かに深刻であった。その行動に異議をはさむ気はない。
供給が不足すれば、即、命に拘わる人も出てくるだろう。
甲状腺に問題を抱えながら、医師の誤診で一年半位甲状腺ホルモン補填剤を経口していなかった時期の苦しみを知っている。(先にも述べたが、わざわざ検査をしたのにもかかわらず、当時のクリニックの内科医が数値について異常なしとした。そのため、爪は紫色に変色し、鼻の頭に出来た吹き出物は潰瘍状に腫れ上がり、皮膚科でも原因不明で首を傾げられた。その後も、甲状腺ホルモン補填剤が多すぎたり少なすぎたりの試行錯誤を繰り返し、適量をみつけるまで散々な目に遭い、ドクターショッピングを繰り返さざるを得なかった。)

  最後には電話での医療相談をし「ホルモン剤のさじ加減は難しい。専門医を探すことを勧める。」と言われ、ようやく適任の医師を訪ねあてた。(それだけ、甲状腺疾患は、個々人によって違うので一般内科では無理なのである。)
 
そうした経験を通じて、供給が必要事項であることは認める。では、供給が一番かというと疑問がある。供給は大切だ。しかし、そのプロセスも大事だし、安全性はそれ以上に大切であろう。なぜなら、それが薬だからである。
事故直後は混乱している訳だからやむを得まい。そのために、関係官庁も動いていた。
 
  

 私も若干の時間は待った。しかし、いつまで経っても、安全性については当該企業も日本甲状腺学会も触れない。関係官庁も、ガイガーカウンターが不足しているとのことで、なかなか動いてくれようとしなかった。(この辺りのことは、既に時系列のところで詳細を語ったが、原発事故当初、私は、四月に四回も厚生労働省監・麻課に電話を入れて、安全性を確認し「薬の放射線基準」を要請してきた。しかし、最終的には監・麻課の担当者は、「その権限は自分にはない」と回答した。)
 
  

 日本甲状腺学会も、何故、安全性に舵をきらないのだろう。いわき市のデーターを知らないのか? (文部科学省から発表されているいわき市の雑草のデーターは驚愕に値するデーターだった。何度も繰り返すが、放射線ヨウ素は3月18日690000ベクレル/kgセシウムは最高で30.300ベクレル/kg雑草に出ていた。) 
知らないなど゛ということもなかろう。ならば、あすか製薬が、薬の安全性に触れないのはどういうことなのだろう。関係官庁もはっきりした返答はない。
 

 私は、痺れをきらし日本甲状腺学会に相談してみることにした。原発事故直後の4月19日 日本甲状腺学会へ手紙を投函した。
その内容は「自分は甲状腺患者だが、被災したあすか製薬の製造する薬の安全性について不安である。あすか製薬の立地するいわき市には、3月18日放射線ヨウ素は690000ベクレル、セシウムは最高で30.300ベクレルが雑草から検出されている。安全性はどうなのだろうか? あすか製造もニュースリリースでも供給のことばかりで、安全性については、何も触れていない。また、「薬の放射線基準」は設定されていない。関係官庁に依頼しても、なかなか動かない。薬を飲むのは、我々患者であり不安で経口できない。御学会としても働きかけてほしい。」というのが趣旨だった。(雑草のデーターも、資料として添付した)
しかし、五月末になっても返事はなかった。

 この手紙の投函後、2、3日経って4月22日突然あすか製薬から「安全性」に関してニュースリリースがホームぺージに掲載された。そして、日本甲状腺学会のホームページには「あすか製薬は放射線の影響はない。」と言っていると掲載されていた。(あすか製薬のニュースリリースの内容といえば、自社工場の放射線数値も何も触れないまま、他工場も学校も開いているし、放射線については、いわき市が合同庁舎で測定し公開しているというおざなりの安全宣言だった。既に、出荷した製品から放射線が検出されたと薬相談室の担当者が言っているのに、何も具体的数値には触れていないままのニュースリリースだった。)
 

 雑草にヨウ素が690000ベクレルも検出されていて、どこが安全なのか? これでは、、まるで、日本甲状腺学会は、あすか製薬の旗振りをしているようなものではないか。
私は、こうした日本甲状腺学会の対応に不満を抱いた。そして、この不満の感情は、当を得たものであることを後に知る。(この学会の理事長が山下俊一氏であることを、それから数ヶ月以上経って知るのである。日本甲状腺学会こそが、あすか製薬の「供給窓口」の最前線であった。
山下氏は、一任意学会の理事長でしかないにもかかわらず、その窓口のプロデュースを誘導するのである。(その詳細な経緯は、小児内分泌学会のメールニュースに掲載されている。)少なくとも山下氏、T4委員会の設立の鍵を握っていたのである。

 そのキッカケは、どうやら、ドイツボランティアからの製剤提供にあるようであった。(そのことは、「2011年3月17日には、ドイツのボランティア団体からT4製剤提供という申し入れもあった」ことを、3月18日日本小児内分泌学会のニュースリリースは綴っている。その内容の文書の詳細は、後に別枠で詳述する。)
そして、「この件を日本甲状腺学会が検討したが」との記述があったので、なぜ、ドイツからのボランティア製剤提供について、任意団体の同学会が検討するのか疑問だった。その経緯が分からないので、小児内分泌学会へ電話で問い合せた。(しかし、文書にしてほしいとのことだったので、それらを文書にまとめファックスで送った。この件については、今年3月12日厚生労働省経済課の情報開示サービスは「その件は知らないし、分からない。」と既に回答を受けていた。)
だとしたら、ドイツのT4製剤提供という貴重な善意は、その後どういう経緯をたどったのか……。それは、どれくらいの量があり、それを誰が受けたのだろうか……。私は、この疑問を文書に綴った。

 その回答は今年3月28日付で受領したが、これについては極めて個人的レベルの次元の問題だったようだ。文面を要約すると、この件に関しては、「直接の窓口になったのは、日本小児内分泌学会評議員でもあり、日本甲状腺学会小児担当理事でもあった原田正平氏の知人を介してのものであった。」ということだった。
「原田氏が、この事実を日本甲状腺学会理事長に伝えたところ、山下俊一理事長より、東京にその受け皿を関連団体で作ったらどうかという助言があり、日本小児内分泌学会の横谷進理事長が中心となった動きが始まり、最終的にはT4委員会結成とつながった」と記述されている。

  (ドイツ国内の詳細な動きは分からないものの、数千錠集められるという情報もあったという。実際に海外からの薬剤提供の申し出については公式に受け入れを行う場合、薬剤の品質管理、国内での供給経路の確保等多くの解決しなければならない問題があり、学会のような任意団体において可否を判断できるような事案でないため、またサンド社3月19日にはドイツよりの緊急輸入のめどがたったため、ボランティアベースでの支援は必要ないことをドイツの知人に伝え、そちらも了解したとのことであった。)

 この件の詳述はT4委員会についての項目で詳述しようと思うが、この一連の流れが、どうやら、T4設立の動きに結集していったようである。こうして、T4委員会は、供給の窓口に特化して、「あすか製薬との共有窓口」となっていく。(皮肉な言い方をすれば、98%シェアなので、あすか製薬以外に情報共有は無理なのであろうが、しかし、ここで問題がある。そのあすか製薬の製剤の安全性である。何度も繰り返すが、あすか製薬の立地しているいわき市に濃い放射線プルームが流れた。これはSPEEDIの情報からも明らかであり、現実にNHK特集でも報道された。私は、この件についても、原発事故当初、文部科学省から出ていた雑草のデーターを資料として2011年T4委員会宛に送付している旨も暗示し、あすか製薬から放射線が若干であれ検出されたニュースリリースについても触れコメントを求めたが、小児内分泌学会から、その件の正式な回答はなかった。)
 

 今年なって、どうしても、あすか製薬の緊急輸入への取り組み方、動き方が余り変なので、様々なところに問い合わせた結果分かってきたことがあった。
というのも、日本甲状腺学会に並んで、T4委員会もサンド社の緊急輸入への要請に相当関わっていたということだ。
もとより、あすか製薬がサンド社を訪問し、緊急輸入を依頼したということが、発端のようであるがサンド社が、実際その行動のモチベーションを上げたのは、日本国内の切迫した供給不足であり、五学会並びにT4委員会の熱心な働きかけに起因したようである。
サンド社は、いわき市の放射線リスクについては、終始知らなかったようで、そのことにコメントする立場ではないことに言及していた。
五学会
ならびにT4委員会が、供給の逼迫性を訴えるゆえ、その労を取ったようだ。(製剤の成分調整等等に、かなりの準備を要したようであった。)

 そういう意味から考えても、レボチロキシンナトリウム供給窓口であるT4委員会が、緊急輸入に助力した役割は大きかったろう。
しかし、この緊急輸入は、患者のための輸入でなく、あすか製薬があくまでもイニシャティブを握った既得権維持のための透明感のない輸入だったと私は、認識している。(この辺の経緯の詳細も、後に別な項目で詳述したい。)
緊急輸入において、厚生労働省がイニシャティブを取った気配はなさそうなのである。(同省庁の役割については、本当の意味でその立ち位置は、よく分からない。前任者は異動になってしまった。前任者N氏への直接の問い合わせは組織的には無理なようで、間接的にしか前後事情は分からない。T4委員会が日本医師会までニュースソースにしているのだから、前任者が知らないとは思えない。しかし、T4委員会が、日本甲状腺学会の山下氏よってプロジュースされた組織であることを知っていたのかどうかは、興味深いところである。)

 結果的に、五学会及びT4委員会の援護射撃によって、あすか製薬は緊急輸入のイニシャティブを握ることに成功した。そして、今も90%のシェアを確保できている。
問題は、T4委員会が、あすか製薬の安全性について、どこまで事実を掌握していたかということである。
私は、小児内分泌学会理事長でもあり、当時T4委員会委員長であった横谷 進氏に回答を依頼したが、私が受け取った回答は、氏からの回答ではなく学会からの回答でしかなかった。
 


 倉庫が損傷していたにもかかわらず、自然放射線内であれ、放射線が検出された在庫品を出荷してしまったあすか製薬……そうした製薬会社の緊急輸入に、少なからず助力したという意味において、T4委員会は、責任は感じないのだろうか。
たとえ、当初より、あすか製薬の立地しているいわき市の放射線リスクについて知らなかったために、緊急輸入の要請に尽力したとしても、それはそれで責任というものはあるだろう。
そして、このT4委員会をプロジュースしたのが、山下俊一氏なのである。患者の安全性を棚に上げたまま経済に加担するやり口――それは、私と対峙する存在そのものだった。(山下俊一氏が、こうしたやり方を患者だけではなく、被爆者に対しても行使するとは、この時の私に知るよしもなかった。)

日本甲状腺学会に二度目の手紙を出す

 
 話は戻るが、2011年五月末、私は薬をサンド社に変更できたことをキッカケに日本甲状腺学会に電話をし、事情を話し、返事は未だにないが、私個人としては、もう返事は不要であることを伝えた。しかし、事務の担当者は「先生方は返答を用意したかもしれないので、意向を何か文書にしてほしい。」と言うので、日本甲状腺学会経由でTS委員会宛に文書をしたためた。
簡単にFAXで済まそうと思っていたが、対応に不信感を抱いていたので、それはかなり皮肉な書き方にもなり、かつ長くなった。大まかな趣旨は「安全性の数値もあきらかにもしないまま企業情報を鵜呑みにし、御学会は患者の側に立つのか企業側に立つのか……残念だ。」という趣旨のことを書き、その文書を6月17日投函した。(心の中には緊急輸入製剤だって、汚染地区に持ち込むことを患者のために阻止もしなかったくせに……という反発もあった。)
 

 緊急輸入製剤に関しては、武田製薬サンド社に掛け合い、厚生労働省にも働きかけ(後に、監・麻課はそんな権限は自分にないと言っていたので、厚生労働省が汚染地区を回避させた訳ではないらしいが……。)
何とか汚染地区でなく、川崎事業所に持ち込ませることができたのは、少しは私の努力に負うところはなかったか……少なくとも、私は努力をした。
安全な製剤をわざわざ汚染リスクがある場所に持ち込む理由が、分からなかったから、そう言い訴え続けた。(もっとも、そのことが私の訴えで実現したかどうかは定かでない。他にも、そう訴えた患者が多数いたのかもしれない。それに、私は甲状腺疾患の患者という立場なのだから、自分のために働きかけたのは、別に褒められることでもないかもしれない。リスクマネージメントという観点から見ても、極当たり前の行為だったろう。)
 
患者者の方を向かず、むしろ製薬会社に旗振りするような日本甲状腺学会のホームページは、それ以来開いてみる気もしなかった。そして、一昨年12月半ば、突然パソコンが壊れてからは、見ることも叶わなくなった。(しかし、この時のこの学会に対する妙な違和感が、時間が経つにつれ具体像を形成し、やがて、この学会の存在自体こそが、私と対立点を極めてくることになるのだが、当初は、単に失望した程度の感覚だった。)
 

 とりあえず、私個人の問題は解決した。私は摂取すべき薬の安全性を確保し、自分の中で何とか峠を越えた安堵感を持った。しかし、まだ一つ問題が残っていた。あすか製薬の最終回答だ。
 
私は、むあすか製薬に電話を入れた。概ね予測どおりの回答だった。薬相談室の責任者は次のように言った。
「いろいろデーターも調べた。しかし、工場は前から申し上げたように安全性を確保した設備でやっている。そこを理解していただきたい。データーを出すことは、周辺の風評被害のこともあり慎重にならざるを得ない。また、漁業協会等とのからみもあり、めったなことは言えない。 出さないという訳ではないが、薬の放射線基準も設定されていないし、一度出してしまうと、いろいろな所への影響が大きいので……。」

日本医師会に手紙を送る

 おおよそ、予測した回答だった。この予想をしたゆえ、薬の切り換えに血を吐くような努力をしたのだ。
ともかく、私自身は薬を切り換えた。緊急輸入製剤も汚染地区には持ち込まれず、川崎事業所に運ばれた。私も、若干の安堵感を持っていた。
何とか危機をやり過ごしたいと方策を立てるのは、企業の常態であろう。しかし、対象が間違っている。製剤は命に直結するからだ。98%シェアを支えてきてくれた患者を裏切ってはいけないだろう。製剤を経済に売ることは許されない。製剤は、患者との信頼関係の上にしか成立しないからだ。たとえ、今、危機を乗り越え得たとしても、患者の信頼がない製薬会社は、続かないだろう私は思う。
薬は本来、人の不幸を救うツールだったはずだった。人の不幸の上に乗って金儲けをしようとする輩には、無縁の対象のはずだ。 本来、薬は経済市場に安易に載せるべき商品ではなかろう。もっと地味な存在のものだと個人的には考える。(多くの企業は、国際的安全基準に則り自己規制をしているではあろう。)しかし、あすか製薬は、患者より経済を選んだ。

 
 ともかく、私個人のことは解決がついた。あとは「薬の放射線基準」を働きかけることだ。私は先に郵送していた文書と資料が届いたか、日本医師会に確認しようと思った。
5月31日 日本医師会地域医療課のA氏に連絡した。そして、しかるべき窓口に提 出してくれたか確認した。いろいろ窓口を捜しているとのことだった。既に資料を読んでくれていると思うので、多くは触れず「関係官庁は甲状腺補填剤の供給ばかりが急がれ、安全性が二の次になっている日本甲状腺学会にも資料を添付して手紙を書いたが、あすか製薬の放射線に関してのニュースリリースをそっくり掲載して安全だと言っている。数値は何も記載されていないものなのに……。甲状腺患者は甲状腺学会を頼っている訳だから、当該学会がそう言えば信じるだろう。安全性がドミノ式に信じられていくチラージンSは98%シェアで、甲状腺学会とあすか製薬とは長年の付き合いだろう。しかし、患者は、甲状腺学会から正式にそんな安全宣言をされたら信じるだろうし、安心してしまうだろう。日本医師会も人の命に拘わる組織なのだから、是非とも薬の安全性について助力してもらいたい。」と伝えた。

 私自身は市民病院の院長のお陰で、サンド社のレボチロキシンナトウムに変更できたことを報告した。
「もしかしたら、御医師会の方で、何らかの対応をしてくれたか?」と問いかけたが、日本医師会からは「特に、対応を取っていない。」とのことだった。
すなわち、すべて、市民病院の現場の院長の決断であることが明らかになった。



つづく

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2013年4月23日 (火)

甲状腺患者から見えた原発事故--患者としての体験(6) 

                      市民病院院長に手紙を書く

疎外感と孤立感と闘う

 あすか製薬のこの回答から、私は、たぶん、この会社は駄目だろう。
一患者でしかない私が収集したデーターすら掌握もできなかった会社に対し不安感は拭えず<製薬会社として、こういう危機意識の低い対応では不安だな>という意識が、私の心を占めていった。多分、情報公開等はしないだろうというよりできないだろうと予測し、薬は、どうしても変えざるを得ないと決意した。
 

 それを裏付けた私の論拠は、私達患者にだって、薬の選択権というものが絶対あるはずというものだった。この論理が私を誘導していた。あとは、何が何でも、そのことを実現するのみだった。
とはいえ、前途は多難で先すら見えなかったし、自分自身の精神状況も苛立って荒れていた。その理由は、やはり孤立感だった。というのも、放射能に晒されているかもしれない薬を口に入れなければならない患者の気持ちなど、誰にも理解されていないという感覚だった。「安全性」を言葉にしながらも、医者だって薬剤師だって関係官庁だって自分が飲む訳ではないので、本質的には他人事だった。その温度差に傷つき、疎外感を感じた。
  

 例えば、私が必死で情報収集した結果、あすか製薬から若干であれ放射線が検出されたという情報を得たが、その事態は大変な衝撃であった。なぜなら、私たち甲状腺患者は、薬を毎日飲まなければならないからである。普通の製剤とは異なり、恒常的に飲まなければならないからだ。(もとより、健康な人に比べれば、免疫力が低く甲状腺機能を失っているから、ホルモン製剤を使用しなければならないのである。それゆえに、患者なのである。)

 例えば、一昨年4月14日市民病院に診察日の折り、あすか製薬チラージンSから放射線値が検出されたという情報を、一昨年4月14日診察日の折り、何げなく現在の担当医に伝えても一笑され、「そんなことないですよ!」と反応された。また、病院近くの処方箋薬局に立ち寄った時、いわき市の雑草の目眩のするような数値を口にしても、その数値の情報など、無論知らなかった。さらに、処方選薬局とはいえ、数ある製薬会社や薬の中で、チラージンS工場が福島県内で製造されていることすら把握していない様子だった。
無論、「我々患者の立場を理解しろ!」という方が無理なのかもしれない。温度差はあるかもしれない。 しかし、惨めでやるせない気持ちだった。
何か自分だけが周辺から囲われて孤立したような孤絶感というか、追い詰められたような感覚があった。

 雑草の放射線ヨウ素690.000ベクレルセシウム30.300ベクレルという数値が脳裏に焼き付いたまま離れなかった。そんな処に立地する薬を飲まなければならないのだ。98%シェアの壁が、自分に向かって立ちはだかっていた。にもかかわらず、そんな環境下の薬を避ける自由すら与えられていない今の自分の立場の不条理――そのことに、多くの人は関心を抱いてくれず、心も寄せてくれないという孤立感というか、疎外感はどうしようもないものであった。

 

医療体制の歪み

 98%シェアなどという薬事政策の無策を放置してきたこの国の不文律があるにもかかわらず、こんな原発事故という緊急時に、厚生労働省は薬の放射線検査もしてくれず、あすか製薬のチラージン供給シェアを、暗黙裡に(あるいは意図的?)に見過ごしている状況があった。
この国の歪な医療行政――そうした体制下に、強引にねじ伏せられている日本の甲状腺患者の置かれている位置が、不当で哀れであった。
本来、こんな状況下に置かれた薬を飲む等ということは、パニック状態になると予測されるのにもかかわらず、インターネット検索をしても、当の甲状腺患者からの不安の声は、余り上がってきているようには思えなかった。
そもそも、こうした気力の欠如、怒りの欠如、状況受容のゆるさが、五学会ら舐められる要因にもなってしまわないとも限らない。

 私としては個々人の患者の主張を期待したいが、やはり、患者たちは発言する機会も奪われているし、横に繋がる手段も余り持たず、おそらく、声を上げても無駄だと思っているのではなかろうか。
現状のように、何でも既得権維持を、ごく上層部の製薬会社、関係学会、関係官庁で決定してしまうとすれば、もはや、何を言っても無駄という雰囲気に包まれ、自ずと気力も喪失してしまうだろう。
 

 
たぶん、この気持ちは、被曝者にも共通するものかもしれないと思った。(原発事故後のこの年、年末私自身、かなりの医療被爆をする未来が待っていたが、その時は自分の未来を予知できていなかった。)
 
それでも、<私は、闘う。私は、決してこんな状況にねじ伏されるものか……そこしか出口がないではないか。>と何度も自分を奮い立たせたものの、出口は見えなかった。
そして、その先には、何を語っても空しいという虚無感があった

 政府の薬事政策により98%シェアという現実に阻まれ、しかも、雑草に放射線ヨウ素690.000ベクレルも降り注いだ土地に立地している工場の製剤を経口しなければならないという不本意さ――その驚くべく数値を、関係ない多数の人は知らないというのも私の苛立ちを深くした。(現実に放射線は出ていると言いながら、当該企業は、その数値は教えないのである。)

 こんな現実がありながら、その状況に誰も手を差し伸べようとしない不合理さ――しかも、その不合理が、周辺から崩されて正当化されていく焦燥感もあった。
もしかしたら、この孤立感と無力感いうのは、沖縄の基地問題に苦悩している人々、そして今回の福島の被災者、及び被曝者たちが抱いた感情なのかもしれないと思った。差別されているというか、虐げられているというか、自分の生きている場所が狭くなっているというか、自分だけが放置され周囲から浮くような感覚というか、一種諦めに似た感情……すなわち孤立感、疎外感が、心の底深く沈潜していくのである。やがて、その重さに耐えられなくなり、追い詰められていくのだろうかと思ったりした。

 この時、私は自分が追い詰められていることを感じたし、かく追い詰められていく時間が長ければ、その先に自死もあるのかなという感覚を意識した。
その不本意さは、すなわち、解決出来ることを誰も解決しようとしないという苛立ちというか、怒りに似た感情だった。
 
考えてみれば、98%シェアなどという体制をつくったのは私ではない。
もし、私が日本に居住していなければ、こんな不本意な体制にはなっていないだろうから、緊急時にすら安全性を入手できない等という事態に遭遇はしていないだろう。ゆえに、こんな状況下で苦しんだりしないで済んだであろう。
もし、安全性という視点に立てば、政府が即緊急輸入をし、その間安全性を確保できない薬は出荷できなくすればいいではないか。

 確かに緊急輸入は4月7日に実現した。
しかし、このプロセスも不自然であった。にもかかわらず厚生労働省は、放射線が若干であれ検出されたあすか製薬の薬の出荷について止めなかったし、注視すらしなかった。その数値も同社任せにして、確認すらしようとしなかった。厚生労働省は「放射線の薬の安全基準」もないというのに、どんな根拠で放射線が、自然放射線の範囲だったとして検出された製剤の出荷を放置したのか。

 この件は何度も厚生労働省監・麻課に訴えたが、「権限がない」と暗に断られてきたし、食品の安全ダイヤルにも電話を入れ相談したが「薬のことは分からない」と繰り返すばかりだった。
ある大手の製薬会社に一般論で聞くと「それは国際的基準に則って製薬会社は作られているので、つくる必要がないと思う。」と言っていた。「でも、その工場や倉庫が損傷していたとしたら?」と問うと「そうしたものは、うちだったら出荷しないと思う。」との回答だった。
震災・原発事故により製薬工場の絶対的安全基準が崩れた場合は、その例外が適応されなければならないはずではないか。
(なぜ、こんな前代未聞の緊急時に、少なからず放射線が検出された製剤について、厚生労働省は何らかの対応をうたなかったのか、私には、未だに分からない。)

 この頃、食物のすべてにセシウムが付着しているような気がして普通の食事はできなくなっていたし、食事事態楽しいものでなくなった。
そのことを話すと、担当医師から心療内科を勧められた。しかし、この頃、心療内科も予約が取れない程混んでいた。
結局、痺れは心療内科ではないだろうと自己判断し(自分の心が分析されるのが何より嫌だった。なぜなら、雑草に690.000ベクレルも降り注いだ放射能のものを経口する立場にされた私の立場は、相談したって軽減しないだろうし、第一自分には責任がないことなのに、何故私が診療内科の助け等を借りなければならないのかと、不当に感じたからだった。)
精神的なことから起因しているかもしれなかったが、今回のことは私の責任はなく、社会的な問題であることを自分に言い聞かせたかったのだと思う。
とにかく、事態を嘆いている余裕は私にはなかった。動かないものを、何が合っても動かさなければならない。なぜなら、それが道理であり筋だった。
<私は間違っていない!> 私は自分を励まし続けた。

 日本甲状腺学会日本医師会も当てにならない。関係官庁も無論駄目。
こうなったら、病院の院長に直訴するしかない! <失敗したら失望感はもっと大きいだろうな>と思いつつ、しかし、進んでみるしかなかった。
見渡したところ、道はどこにもない。ならば、創るしかない。第一、私の言うことは筋が通っている。私たちは患者だが、消費者でもあるのだ。私たちは消費者としての権利だってあるはずだ。
もし、それが阻害されているのならば、闘って自分の手で勝ち取るしかないではないか。
駄目で元々だ。まず、現状を訴えるべく、手紙を書いてみようと思った。
困難は分かっていた。なにせ、当市すべてがこの2%シェアのジェネリックの製品名も、その存在すらも知らないのだから……。
それゆえに、裁量権がある人でなければサンド社のルートを敷設すること等できないだろうと思えた。
やはり、担当医でなく、病院長に手紙を書こう……私は決心した。

 5月19日 今までの事情と経緯を病院長へ向かって手紙を書いた。
すなわち、「いわき市はかなり放射能汚染があることいわき市事態、すべてのデーターを公開しているわけではないこと、その地に立地する製薬会社の安全性に不安があること、薬の放射線の基準もないこと、この会社のシェアは98%で切り換えは困難を極めていること、政府はジェネリックを推奨しながら、そうなっていない現状は変ではないかということ、通常の時ならいざしらず、今は非常時であること、また、私たち患者は消費者でもあり薬を選択する自由もあるのではないかということ、甲状腺患者はそれでなくともホルモン補填剤として毎日薬を経口しなければならないこと、しかも、放射線には気を付けなければならない疾患であること」などを訴えた。

 そして要請した。「市民病院は我が市の拠点病院であること、それゆえ、2%であれ何とか院外にサンド社のレボチロキシンナトウムを扱ってくれる処方箋薬局の設置してもらえないものだろうか。サンド社はオーダーがあれば可能だと言っている。何とか御英断をお願いしたい。」という旨の文書を作成し、投函した。
それから一週間位して病院から連絡を受けた。それは、暖かい内容のものだった。私の提案に添って「院外処方箋が可能なように、病院に隣接する処方箋薬局でサンド社のレボチロキシンナトウムを扱ってもらえるよう依頼したので、治療に専念なさるように……。」との趣旨が書かれていた。
次の来院時に担当医師にその意向を伝えるようにとのことだった。

 原発事故以来、あっちこっちに電話をし、手紙を書き自分なりに苦闘し現実の壁にぶつかり悩み苦しんだ問題は、あっけなく解決した。が、私の気持ちは複雑だった。
サンド社の窓口が、奇跡的に開設された事に感謝し安堵したはしたものの、こんな風に解決できるなら、私が直訴する前に、何故患者のためにこうしたルートを作っておいてくれなかったのだろうという若干の疑問である。
何故なら、患者以外の人だって、690000ベクレルの放射線ヨウ素が雑草に降り注いだ地に立地する工場が作った製剤を、喜んで飲むものだろうか?ということである。
やはり、できれば避けたいと思うはずである。(それが本当に安全か、その安全性を当の製薬会社はもちろん、関係官庁政府などで、きちんと監視してくれた上の話ならば別だが……。)
現実は、当該製薬会社は、すべての真実のデーターを掌握しないまま安全宣言をしていて、それを日本甲状腺学会までも、同調して「あすか製薬に放射能の影響はない。」等と言っている。
架空の安全神話が、ここでもドミノ式に一人歩きしていた。

 それでも、病院の長として今回の原発事故の影響を考慮し、私の訴えに耳を傾け、現場改革を実現して下さったことには、敬意を表するばかりだった。
官僚国家――日本において、現行と異なることを実行することが、かなりの勇気が必要であることは予測できた。市民病院も、とりあえず市立である。そして、この市は、かなり封建的である。

 (坂の町当市におけるゴミ問題は山積しているし、車道整備も40年も放置したまま、平然と都市計画税を取る。長年、一度も調査さえしていない土地の固定資産税を他区域と同率で徴収する。四年位前、県のモニターをした時、その事実を県に提言し、県から市へアドバイスを入れてもらったにもかかわらず、回答すらなかった市である。そして、未だに回答もなく無視されている。そんな市行政に、転居以来絶望していた。)
にもかかわらず、市民病院では、かく緊急事態に現場対応でサンド社のルートを開発し、かつ隣接する処方箋薬局に協力要請もしてくれた。おそらく院長の依頼を受けて処方箋薬局も、私一人のために初めてレボチロキシンナトウムをサンド社へ発注してくれるのであろう。ある意味、多くの人に負担を掛けることになった。

 (去年の秋、レボチロキシンナトリウムの一日の個数が違わないかと担当医に相談すると、医師は25mmgに処方箋を変えた。この処方箋を薬局へ持参すると、50mmgしかないという。どうやら、口に出してはっきりと言わないが、処方箋薬局は、私一人のために薬を仕入れてくれている様だと推測できた。
そのことを担当医に報告し、「どうやら、私のために、レボチロキシンナトリウムを用意してくださっている様ですけれど……。」と言うと、担当医は「そうですよ。」と半分からかう様に言った。(やはり、私一人のためにサンド社の薬は仕入れられているのは、事実だと判明した。)

 それでも、緊急時における市民病院の院長の勇気ある判断に素直に感謝し、私は、急ぎ礼状をしたため院長宛に送付した。
一昨年6月3日のことである。

 しかし、冷静に考えれば、私は消費者としての選択できる権利を行使しただけなのである。
この国では、皆が正当な権利を主張し行動してくれれば、少しは社会が変わるはずなのに、この国の多くの人は我慢強く、長いものに巻かれていく方式というか、波風立てない空気を読む方式というかが蔓延していて、私一人が目立ってしまう。
こんな緊急事態にもかかわらず「なぜ98%を強要されなければならないのか! 医療体制の歪みではないのか?」と問題提示をしないのだろう。
 
なぜ、甲状腺患者は「己の既得権益維持のため、緊急輸入するような企業の薬等飲みたくない!」と言ってくれないのか
「690000ベクレルも放射線ヨウ素が雑草に降ったリスキーな土地に立地する製薬会社の薬が、本当に安全なのか?」
となぜ厚生労働省に詰め寄ってくれなかったのか。
みんなでそう叫べば、私たちは、もっとフェアなシェアを手に入れられた良い機会だったかもしれないのに……残念ながら、権利を主張しなかった甲状腺患者たちは、そのチャンスを逃した。
そんなことで本当にいいのか……権利を屈服させられたままで……。
 
(私は2011年四月、四回厚生労働省監・麻課という部署に電話をしたが、当該製薬会社の安全性は、論議の対象にすらならなかなかった。「そんなことをしていたら、流通が止まってしまう。」というのが、その論拠だった。)

 しかし、それは口実である。(なぜなら、緊急輸入は、あすか製薬がイニシャティブを取るということは決まっていたようであるからだ。)
重ねて言うが、緊急輸入は、本来は患者のための輸入であるはずなのに、一部の既得権者のために実現されたようなのである。(経緯の詳細は、後の項目にて詳述する。)
レボチロキシンナトリウム製剤の緊急輸入は、原発事故後、一週間位の間に当該企業、学会、T4委員会のサンド社への要請で決定してしまった。
それは、患者の供給のための輸入ではなく、単に、当該会社の既得権益維持のための行為であった。

 当該企業あすか製薬が放射線検査をしたのは、原発事故当初3月26日である。(しかも、微量であれ放射線は、検出されていた。4月11日、私は、同社から、その情報を確認していた。)
当該企業は震災後、損傷した。そして、工場も倉庫も立ち入り禁止になった。(そう「薬の相談室」の責任者は言ったし、当該企業の三月ニュースリリースでも言っている。東洋経済でも、立体倉庫が損壊したことは報道されていた。)
すなわち、破損し誰も現場に近づけず、3月26日まで放射線検査等できなかったわけである
にもかかわらず、いわき市に立地する当該製薬会社は、放射線検査も済んでいないうちに、緊急輸入を自社の既得権維持のために動いた。
日本甲状腺学会を始め他4学会も切迫した供給不足を理由に、当該企業の後押しをして、サンド社に文書電話等で要請したそうである。(この経緯の詳細も後の項目で詳述する。)

 しかし、問題は、当該企業の工場が立地する場所は、福島県いわき市にあり、一万ベクレル/平方メートルもの放射線プルームが通過した場所なのである。昨年3月11日のNHK特集で報道された。今となっては絶対的事実なのである。(原発事故当初ですら、何度も言うが、3月18日文部科学省の雑草のデーターでも既にヨウ素690000ベクレル最高で検出されていた。セシウムも最高30300ベクレル検出されていた。そして、この濃いデーターを、いわき市すらホームページに掲載していなかった。)
こうした放射線リスクのある土地に立地する当該企業の安全性等に問題があったかにもかかわらず、誰もこの件を黙殺したまま、不透明な緊急輸入は一週間で取りまとめてしまったらしいことである。
(この経緯の詳細も、別の項目で述べる。)

  
患者と医師の温度差

 だが、つらつら考えるに、このことは、私個人の我儘という次元の話ではなかろうと思うのだ。本当は、甲状腺患者皆が自分の薬を選択する権利として自分の権利を行使してくれれば力になるはずなのである。こうしたことを当たり前にしてくれないようなので、どうやら、私一人が騒いでいるように見え、私一人目立ついう構図になる。
それにしても、こんなに様々に虐げられているのに、何故、この国の患者も国民も、声を挙げて自分の権利を行使しないのだろう。
確かに、患者たちは孤立していて、なかなか横に繋がれない。インターネットで検索しても、甲状腺患者としてのホームページはあったものの、自分が飲む薬がリスクに晒されているにもかかわらず、その危惧を記述しているブログは見つけにくかった。患者は体力に欠けるという点で、既に闘うという社会的気力を失っているのだろうか。
 

 本来、患者の尊厳は医師が代弁してくれそうだが、医師も直接薬を飲む訳でもなく、意地悪い言い方をすれば、そこまで精神的に患者に寄り添ってくれる医者も少ない。たとえ、そういう仁に厚い医師が存在したとしても、経済的利益団体である製薬会社のパワーに押され気味であろう。
なにせ、現実は、経済を握っている者にアドバンテージがある。それに、医師とて患者の肉体的苦痛や社会的苦悩など本質的意味で実感しようもないのだ。医者は患者ではないのだから……。

医師と患者――そこには微妙であれ、それなりの亀裂は避けられないのだと思う。もっと言えば、患者より製薬会社に距離の近い医者もいないとも限らないということだ。(日時が経って、信じがたい資料が、多々出てきた。)

つづく

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2013年4月22日 (月)

甲状腺患者から見えた原爆事故--患者としての体験(5) 

4月22日あすか製薬のニュースリリース

 以下は、あすか製薬2011年4月22日出したニュースリリースである。
________________________________

 2011年4月22日
 

各 位

       福島県いわき工場の放射線の影響に関するお知らせ

       
                                  あすか製薬株式会社
                             

 弊社製品は主に福島県いわき工場*で生産されておりますが、今般の福島第一原子力発電所の事故による放射線の弊社製品への影響につきまして、弊社の対応および見解をお知らせいたします。

1.いわき工場は、福島県南端のいわき市泉町にあり、福島第一原子力発 電所から直線距離で58kmに位置し、避難勧告の対象外の地域にあります。現在、いわき市泉地区周辺では、種々の産業の工場も徐々に生産を開始し、小中学校も4月6日から授業を再開しており、地域の復旧が進んでいます。

2.いわき市水道局では、水道水の放射線測定を毎日実施し、問題がないことをホームページ上で公表しています。弊社では、製剤製造工程で使用している製造用水として「日本薬局方精製水」を購入して生産しており、今後も同様に製造用水として「日本薬局方精製水」を用いて生産いたします。

3.福島県災害対策本部では、県内の大気の放射線測定結果**を毎日ホームページ上に掲載し、人体への影響がないことを公表しています。弊社も、いわき工場において、工場の内外で放射線量を測定し、さらに製品についても測定を行っており、大気中で問題がないとされるレベルであることを確認しています。

 以上のことから、いわき工場から出荷した弊社製品につきましては、放射線の影響について問題はないと考えております。

 弊社は、従来より品質および安全管理に万全を期すよう努めており、放射線量につきましては、今後も引き続き管理を徹底し、監視して参りますので、ご理解をいただければ幸いに存じます。

                                          以 上

 *:福島県いわき市泉町下川字大剣1番
 **:いわき市はいわき合同庁舎駐車場で測定

________________________________

  4月22日付けのあすか製薬「福島県いわき工場の放射線に関するお知らせ方」のニュースリリースをホームページ上でみた。そこには

 いわき工場は58キロに位置し避難勧告の対象外の地域にあること。種々 の産業の工場も徐々に生産を開始し、小中学校も4月6日から授業を再開していること。

 いわき市の水道局では水道水の放射線測定を毎日実施し、問題がないことをホームページで公開していること。いわき工場では、製造用水として「日本薬局方精製水」を購入して生産していること。

 福島県災害対策本部では、県内の大気の放射線測定結果を毎日ホームページ上に掲載し、人体に影響がないことを公表していること。いわき工場において工場内外で放射線量を測定し、製品についても測定を行っており、大気中で問題ないとされるレベルであることを確認していること。

  以上のことから、いわき工場から出荷した製品については、放射線の影響について門題ないと考えると総括している。
しかし、その具体的数値についてのコメントは何もなかった。いつから測定したかの日時すら定かでない。
 

  原発事故直後、3月18日雑草に最高690000ベクレル/kgの放射線ヨウ素が検出され、セシウムも3月28日最高30300ベクレル/kg検出された。
しかし、いわき市のホームページには、このデーターは掲載されていない。 どこが安全なのか……4月6日から小中学校も授業を再開している? 
しかも、4月4日の時点で雑草のヨウ素は110000ベクレル/kg残留している。セシウムは13300ベクレル……4月6日ヨウ素は37500ベクレル/kg、セシウムは5150ベクレルにはなってはいるが、残存している。子供達が、その空気を吸うかもしれないのに……何が安心なのか。

  その不信感は、ずっと私の内部でくすぶり続けた。ともかく、私自身も、そうした環境下に立地している製薬会社の薬を毎日飲まなければならない立場なのである。どうしても、その数値を明らかにさせたい、させなければならないという私の決死の追跡調査は続いた。

4月28日 厚生労働省監・麻課へ電話を入れた。
私は「福島県薬務課にも電話してみたが、薬務課の担当者は工場は「単に許可しただけで、データー管理の責任はあすか本社にあり最終責任は厚生労働省にある。」と言っていた。ただ、あすか製薬の工場へは電話を入れてくれたそうだ。工場は、「情報は共有するので本社には伝えてくれる」と回答したしのことだった。」と言った。監・麻課の監視官は「あすか製薬のホームページを見たか」と聞くので「見たが納得していない。薬の放射線の基準もない折、安全と一方的に言っても数値の具体がない。少なくとも、データーは厚生労働省に報告するか公開すべき。」と私は答えた。
「データーの公表させる等は、こちらの権限ではできない。申請とか手続きもあるし……。」と監視官は言うので、私は「放射線が出たと言いながら、一企業が安全を言い切るのはおかしい。ここが無理ならば、今回の経緯を然るべきところへ働きかける。」と答えた。監視官は、「然るべき所はどこか?」と気にしているようだが、私は「この件をもう少し進めてくれそうな所だ。」と事務的に答え電話を切った。放射線が出ているという製薬会社がありながら、何の手も打たない厚生労働省には、失望感しかなかった。

 私は、然るべき関係官庁に連絡を取り、何とか「薬の放射線の安全基準」を設定してもらうべく働きかけてきた。しかし、この時点での私の訴えや働きかけなど何の意味もなかったことが後に分かった。
厚生労働省は、経済課監・麻課で輸出用の添付文書を作成していたこの輸出添付文書は原発事故後、たった40日で発布された。発布日は4月22日だが、原文には日付がない。日付のない発布文書が、輸出添付文書として発行されたという。(これは、昨年五月情報開示をして、その文面の正確な内容を知った。日付がなかったので、その後、発布日を厚生労働省経済課総務に問い合わた。その折、この添付文書が、日本製薬工業協会に渡されたことを聞いた。)

 
   この事実を知ったのは、実は2011年8月22日のあすか製薬のニュースリリースだったというのは皮肉なことなのだが……。(この経緯の詳細は別枠で取り上げたいと思う。ただ、この文書は、海外の危惧に対する対応策として、外務省からの要請によって厚生労働省経済課と監・麻課が作成したと、一昨年2011年12月21日監麻課の監視官に確認をとったものだということだけは、ここで触れておく。)

 輸出製薬団体の意向を反映して政府見解は急遽作成された模様で、すべての日本の製剤、化粧品、医療輸出品は、安全確認も十分に取られ気配もないまま、たった40日で発布された。そして、輸出製薬会社は、密かに、この政府見解のお墨付きをもらい輸出してしまった。(2011年12月になるまで、私もこのことを全く知らなかった。)
この件で問題なのは、当時厚生労働省のホームページにも、マスコミもこの件を報じていなかったということだ。 (私の勘違いかと思い、この事実を知った後、念のため図書館まで出向き、朝日新聞と毎日新聞の縮刷版をチェックしたが、これに触れた記事を見つけることはできなかった。)
 
 

 重ねて言うが、この添付文書は厚生労働省からも報道発表もされず、ホームページにも掲載されなかった。また、国内製薬会社へ通知もされなかったという。 (2011年12月21日厚生労省監麻課に確認を取った折、監視官は言った。「それは欧州委員会から日本の製薬に対して問い合わせがあったので、外務省要請でEU向けに輸出する企業に向けて付けた文書である。ゆえに公開はしていないし、製薬会社へ通達もしていない。」と。

  その後、10月漢方の生薬から放射線物質が検出され、12月21日には、厚生労働省は、フィルターを二重にするようにとか通達を出したとを付記した。
昨年12月21日日本医師会の医療安全課の担当者に確認しても、この文書については知らなかった。また、日本薬剤師会総務部の担当者にも確認を取ったが全く知らなかった。
薬事新報という専門紙とカイセイ薬局グループのくすり「ホットニュース」にも電話をして確認は取った。しかし、くすり「ホットニュース」は「そういうニュースは知らないし、報道として上がってこないものは掲載しようがない。」と言っていた。
薬事新報は、過去の記事を検索してくれたが「掲載していなかった」とのことだった。「昨年、四月には海外からの危惧があった旨、日本製薬団体連合会からの通達があったと記憶している。」とのコメントがあったが、「そんな文書の件は知らないし、掲載していない。」とのことだった。
 

 命に関与する薬にもかかわらず、医師会関係にも情報が上がらない、薬剤師会も知らない、薬事関係の専門紙も知らない文書――そんな文書が存在すること等、一番末端にいてそれらの薬を飲まなければならない患者たちが、知り得る訳もなかった。(輸出となれば、海外の向こうに数知れない患者がいると予測される。)
本当に全国全ての日本の製薬会社の製剤の安全性に自信があるものならば、厚生労働省は、少なくとも情報発表があって然るべきではなかったか。
原発事故直後から、SPEEDIから始まり、放射線数値の隠蔽が国内に蔓延していたことは知っていたが、海外へ向かっても、政府は綿密な安全確認ができない段階で、日本国中の製剤が安全だとする見解を出してしまった。

 この後、漢方の生薬から放射線が検出されて、厚生労働省はあわてて通達を出すのである。こうして、まだ福島第一原発事故の汚染地域が拡散されているにも拘らず、海外へ向かって、日本の製剤のすべては安全とされる政府見解が、たった40日発布されてしまった。
私は原発事故直後、何度も「薬の放射線の安全基準」を作成してくれるよう要請しても、それが叶わなかったのは、官僚の次元では無理なのかもしれなかったという感想はある。当初、このことを厚生労働省監・麻課にいくら迫っても、「その権限はない」と答えていた。そのことは無理からぬことだったかもしれなかったと、今となれば思う。
 
しかし、限りなく濃い放射能が雑草から検出されていて、文部科学省からそのデーターがインターネット上に流されているにもかかわらず、それを放置し安全性等全く無視したまま、流通最優先で当該製薬会社に緊急輸入のイニシャティブを取らせた厚生労働省の対応は、本当に分からない。
シェアの問題も含め、放射線原発事故から二年も経ちながら、ねじくれた医療制度の矛盾には何も手が着けられていない現状がある。
 

 私にはこの40日で発行されてしまった輸出向け添付文書の構図は、今回の原発事故における当時の政府の被曝者への対応と相似形にも見える。
政府は行き当たりばったの不透明な対応で国民を欺いた。
事故後二年余、被曝者は完全に「被験者」として厚い壁に囲われている。
全国に散らばった被曝者も環境省管轄の機関によってデーター収集網が構築された様子である。あたかも原発事故等なかったかのように、人々はこうした話題さえ避け、世論も話題を他に転嫁させようとしている。
 

 振り返えれば、私は2011年原発事故当初4月6日から四回厚生労働省監麻課に電話していた。(この件に関しては2011年三月に問い合わせをしたが、あっちこっちたらい回しにされ、やっと窓口にたどり着いたのは四月に入ってからだった。4月6日、4月12日、4月21日と、4月28日と四回電話している。前日4月21日輸出向けに添えた添付文書が発行されたもしている。しかし、担当者は、そんな気配はおくびにも出さなかった。)
 
 

 いわき市に立地するあすか製薬に関しては、雑草のデーターが脅威的に高かったし、現に、出荷時に放射線は検出されたと聞いていたので、検査データーを掌握をしてほしい旨何度も依頼した。
、厚生労働省は、あすか製薬のみならず、福島県に立地している他製薬会社の放射線検査のデーターを把握していたように私には見えなかった。
結局、あすか製薬に関しては、おおむね「薬の供給量が不足している、ガイガーカウンターが足らない。」そんな内容に収斂していたと思う。

 私はこの煮え切らない回答に見切りを付け、詳細な経緯を記した手紙を医師会に郵送することにしたのだった。

日本医師会へ手紙を書く

 私が初めて日本医師会に相談の電話をしたのは2011年5月2日だった。この時期、すでに厚生労働省が輸出添付文書が発行されてしまっていた等とは露知らず、ただ「薬の放射線の安全基準」についての要請依頼と、私の居住地におけるジェネリック製薬への対応の矛盾等を相談しようと思っていた。

 5月2日
 医師会地域医療第一課の担当者と話した。
自分が患者であること、福島県いわき市にある製薬会社の薬を経口していること、そこの雑草の放射線データーが目眩がするほど高いこと、そして現実に、製薬会社は放射線が検出されたが出荷してしまったと言っていること等を伝えた。  しかし、厚生労働省に何回か電話をしたが、供給優先で安全性について取り合ってもらえないこと、様々なことを考慮すると、現在の薬は怖くて飲めないこと、しかし、薬を変更したくて98%シェアの歪みで不可能なこと、開業医はジェネリックの処方箋を書きたがらず、処方箋薬局もジェネリックの製剤名も会社名も全く知らない現状であり、政府の政策と現実に齟齬があること等を話した。
 
そして、詳述した手紙を送付したいが、送付先を教えてほしい旨尋ねた。担当者は「自分がしかるべき窓口に渡す。」と言ってくれた。

 この後、5月17日詳細な時系列な資料を添付し手紙を送付した。
内容としては、今まで私が体験した情報をまとめたものだったが、かなりボリュームがあるものとなった。

5月8日、福島県内7方部の空間線量を発見する


 
この間、すでに原発はメルトダウンしていたことも報道され、4月19日以降、いわき市沖一キロのコウナゴから暫定基準値の29倍に当たる1万4400ベクレルの放射線セシウムが検出された。
4月3日 いわき市路地もの椎茸からヨウ素3100ベクレル、セシウムは4504ベクレルもの放射線が出てきた旨の報道もあった。

 それにもまして、驚いたのは5月3日福島県県中浄化センター(郡山市)から、下水汚泥から1キロあたり2万6400ベクレルの高濃度のセシウムが検出された。汚泥を減量化処理した「熔融スラグ」から1キロあたり33万4000ベクレルのセシウムが検出されたという報道があった。(事故前の300倍)
この下水汚泥の数値から推測すると、いわき市の雑草の放射線データーは決して幻の数値ではなく現実なのだということを了解した。

 おそらく、放射線は雨で雑草から流れ土に染み込み、土から移動して下水に流れていき、汚泥となって見たこともないほどのセシウムが検出されたのだという推論が成立する。
私は、この時点で私は文部科学省の雑草のデーターを事実として認識し、患者として、いわき市における放射線データーを明快にすべく闘わなければならないことを決意した。

あすか製薬に正式に抗議を入れる

5月6日 健康相談ホットラインに電話を入れた。
福島県のこの下水汚泥事件の数値を背景に、いわき市の雑草のデー ターにつき経緯を話し、私は患者であってこの市にある製薬会社の薬を飲まなければならないので、その安全性の不安を相談した。
「いわき市にある製薬会社が、放射線は検出されたと言っているが、データーは公表してくれない。」と訴えた。また「原発事故から50日位経って、こんなに驚異的な数値が下水処理場から出ているのにも関わらず、最初の政府見解通り、放射線はまだ大丈夫と言うのか。」と私は正した。健康ホットラインの担当者は「数値は流動的になっている。だが統一見解として、セシウムは大丈夫としか言えない。そういう事情があれば、不安は理解出来る。放射線データについては、その製薬会社に再度確認したらどうか。」とアドバイスを受けた。

 (「熔融スラグ」から1キロあたり33万4000ベクレルのセシウムが検出されたという報道があっても、なお統一見解として放射線は大丈夫と繰り返しているというのは、統一マニアルが存在していることをほのめかしている。)
 これだけ大きなデーターが出ているのだから、もう少し突っ込んだ相談も可能かもしれないと、再度、あすか製薬に電話を入れることにした。
5月6日 再度あすか製薬に電話を掛けた。
私が放射線データーに拘っているため、対応は責任者に変わった。
責任者は「GNPというルールに則り製造している。製造に必要な水は購入している。いわき市の飲料水は、放射線は不検出であったことで安全であることを理解していただきたい。」と回答した。
しかし、私は「御社のニュースリリースの3の条項だが、福島県は放射線測定結果をホームページ上に掲載し体に影響がないことを公表しているが、下水処理場からも2万6400ベクレルの数値が出たことは報道された。いわき市には、3月18日雑草の放射線濃度はヨウ素690.000ベクレル 、セシウム17.400ベクレル、3月23日ヨウ素451.000、セシウム30.300ベクレルという驚くべき数値が検出されている。
このデーターは文部科学省のホームページから発見したが、いわき市災害対策本部もこの情報は知らなかったし、福島県の薬務課も知らなかった。
御社は知っていたか」と問うと、「知らなかった。」と回答した。
「それで、安全だと言うのか。少なくとも安全性を言うのならば、すべての情報を掌握した上で言ってもらいたい。工場内外で放射線量を測定し大気中に問題がないのなら、その数値はいくらなのか、具体的数値を出してもらいたい。患者は御社の薬を毎日飲まなければならないのだし、自分の命に拘わることなのだから……。御社が被災者であることも理解している。しかし、98%シェアとなれば、ほとんどの人は御社の薬を飲まなければならない。それゆえ、御社の薬の安全性が重要になるのだ。今回の原発事故は未曾有のことで、慎重に慎重を重ねてしかるべきではないのか。」と提言した。
責任者は「上にあげて検討したい。後日連絡する。」と回答した。

5月8日 見たこともない聞いたこともない下水汚泥の驚異的数値も気になったが、すでにセメントに製造されて出荷済みといかいう報道をみると、汚染はもっと拡散したのかもという危惧もあり、いろいろなサイトを検索した。
この日、初めて既に3月25日 美浜会というNGOが作成した福島県内7方部の空間線量率の変化というグラフをたまたま発見した。このグラフによれば、3月15日いわき市が他市に抜きん出て高く目算では24μ㏜/h位はありそうだった。(正確な数値は23.72μ㏜だった。)
この数値によって、私が見た雑草の目眩がするような放射線数値の背景を理解した。空間線量も確かに高かったのだ。

しかしながら、どうしてこのデーターに気づかなかったのだろうと私は思った。
確か、いわき市の放射線数値の最高値は3月21日11:00am6㏜である。 再度いわき市のホームページに掲載されている放射線測定のデーターの一覧表を再チェックしてみた。すると、奇妙なことに、いわき市のデーターに3月15日のデーターはなかった。3月16日から始まっている。しかも、12:00pm3,37㏜から始まり、3月17日以降は下がっているこんな重大な事実をいわき市は、何故ホームページに掲載しないのだろうか。

 いわき市が、何故3月15日を掲載していないのか……謎だった。
(この時はまだ、福島県内7方部放射能環境モニタリングデーターの一覧表を見つけだしていなかった。いわき市のデーターと福島県内7方部のデーターは別なものだと勘違いをしていた。)
何故だろう? 私は謎解きのように考えた。
 
水素爆発はいつだったか…3月14日11:01amだった。

 様々な検索を試行錯誤し、ようやく文部科学省のホームページから福島県内7方部放射能環境測定結果なるものを発見した。
そこで、その頃には公開されていたSPEEDIを検索してみることにした。
それを一時間ごとに追いかけみると、3月15日3:00am~4:00am空間吸収線量率は、3号炉から怖くなるほどの放射線がいわき市へ向かって流れていく予測をしている。4:00amになると2号炉からの放射線に変わっている。この4:00amの数値は、福島県内7方部の空気線量のデーターでも、いわき市は最も高く23.72㏜/hとなっていて、ほぼ一致している。
3月15日の数値をいわき市が知らない訳がないだろう。ならば、何故掲載しないのか。


原発事故後いわき市に電話を入れる


5月10日 いわき市災害対策課へ確認した。
私はいわき市の雑草の目眩がするような数値を伝え、「いわき市に掲載しているデーターと私が見た文部科学省のデーター福島県内7方部の空気線量の数値が違う。それによれば3月15日2:00amに18.04μ㏜ 4:00amに23.72μ㏜/hとなっている。しかし、いわき市のデーターは翌日から始まり、しかも3月16日も放射線が下がった12:30Pm3,37μ㏜から始まっている。これはどういうことか。」と聞いた。災害対策課の担当者は「データーのすべては福島県対策本部が測定している。あれは、1時間おきに測定しているので、種類が違っているので載せていない。雑草のデーターも知っているが、健康に害がないと聞いている。」と回答した。
私は「測定の時間が異なるとはいえ、いわき市の一番高いレベルの数値を掲載せず市民に告知しない等ということは理解できない。もっと困るのは御市対策本部のデーターを根拠に安全宣言をしている製薬会社がある。文部科学省から出された3月18日ヨウ素690000ベクレルの雑草のデーターについても掌握していなかった。この平(たいら)字梅本という住所は御市の合同庁舎と同じ地点であることは確認済みだ。こうしたデーターの出し方をすると、市民も他の機関も大きな影響がある。十全な情報開示を要望する。」と電話を切った。     

 しかし、もっと驚くことがあったこの雑草のデーターは、いわき市のホームページに一年以上経っても掲載されていないままになっていたということだ。というのも、2012年3月18日政経営部災害対策課に電話した折、同窓口の後任の担当者に、その件を尋ねると、福島県7方部放射能環境モニタリング資料のデーターは知っていたが、文部科学省の驚異的数値の雑草のデーター自体を知らなかった。ということは、一年以上も経って、申し送りもしなかったということだろうか
しかし、こんな濃い数値のものを一度として掲載もせずにいたなんて……。私は呆れた。

 2012年3月20日去年掛けた電話番号が残っていたので、そこにかけると、そこは罹災証明の課になっていて、私が去年話した男性の名前を知らなかった。結論的に言えば、当時危機管理課は、現在の罹災証明の課に臨時的に机を設置していたとの事情が判明し、若干時間が掛かりつつ、その男性は臨時職員ですでに退職しているとのことだった。
すると、緊急事態に電話窓口で対応していた人が臨時職員で、その場対応の返答をしていたとも予測される。あるいは、いわき市のマニアルが存在していて、そのとおり繰り返した可能性もある。その方が高い。
すなわち、いわき市では、そんなデーター事態存在しなかったことになっていたのではないか……。私の頭は、益々混乱した。

5月10日 あすか製薬薬相談室の責任者から電話があった。
もとより、連休明けに中間報告をしてもらえることになっていた。
「いろいろインターネットでデーター等を調べたが、放射線の空間線量はそう多くないので安全かと……。」と担当者。
私は「いわき市のデーターでは、肝心なデーターが欠落していることが分かった。一昨日、美浜会というNPOが作成したグラフを発見したが、それによると、3月15日にいわき市に23,72μシーベルトという数値が出ている。
多分水素爆発があった翌日のためだと思うが、いわき市の対策本部は3月16日以前のデーターは掲載していなかった。驚いて調べてみたが、福島県内7方部放射能環境測定というらしいのだが知っていたか?」と問うと「知らなかった。」と回答した。
いわき市のデーターには、こんな数値が掲載されていない。その事情をいわき市の災害対策本部に聞くと、「そのデーターは一時間おきに測定しているので載せなかった。雑草のデーターも知っているが安全だと聞いている。」と言われたと私は伝えた。「停電やガソリン不足などで市民は大変だったらしい。ホームページに高い数値が掲載されていなければ、市民は安心して外に出歩いたりするだろう。知り得た情報はすべて掲載しないと余計な被爆をする可能性もある。」と窓口の責任者に伝えた。「つまり、いわき市のホームページに掲載されているデーターは、、3月16日には3,37μシーベルトから始まっていて、3月23日最高で6μシーベルトが一番高い。何故いわき市が、掲載しないのかの理由も定かでないが、御社が根拠とするこのいわき市のデーターは、必ずしも正確とは限らない以上、御社の安全性の論拠も希薄になってくるだろう
既に先回伝えた3月18日雑草の放射線濃度はヨウ素690.000ベクレル 、セシウム17.400ベクレル検出されたモニタリングデーターについても御存じなかったし、安全を語り全国の甲状腺患者にそれを告知する以上、すべての情報を掌握してから告知してもらわないと、不安を払拭できない。患者は恒常的に365日御社の薬を飲むのだから……。そういう薬を御社は作っている当事者ではないか。毎日、放射線を測っているということならば、一日何回測定しているのか、出荷製品から放射能が検出されたというのなら、ではどれ位の数値なのか、患者に安心感を与えるためにも、是非公開してもらいたい。」と再度依頼したことを繰り返した。

 責任者は「今検討しているが、なかなか進捗しない。連休に入るので一週間位かかる。」と言った。

つづく

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甲状腺患者から見えた原発事故--患者としての体験(4) 

あすか製薬のニュースリリース

 あすか製薬2011年3月18日からインターネット上にプレスリリースを次々に掲載していた。
 3月18日 第一報として供給困難のお詫びと供給再開へ全力で取り組んでいる。その方法として①製造委託会社による生産②海外製品の緊急輸入③いわき工場の操業再開としている。

 3月19日 いわき工場の操業再開について進展があった。
チラージンを製造していた第1製剤棟は、被害状況が軽微であることが判明。工場内のチラージンの原料は確保できた。製造に不可欠な物資(重油の必要量200ℓ/日、水の必要量2000ℓ/日)について調達の見込みがついた。

 3月25日今回の震災に伴い、いわき工場の製造設備および立体倉庫が損傷したが、復旧に向けて全力で取り組み、本日より「チラージンS」の生産、出荷を開始したことをお知らせするが、生産体制は充分ではないので、ご理解ご支援お願いしたい。(ここで、立体倉庫が損傷したことは、認めているのだ。)

 4月1日サンド社の協力を得て、ドイツから輸入された「レボチロキシンナトリウム製剤」を販売することをお知らせする。「チラージンS」の生産、出荷を開始したものの、いまだ通常の生産体制には至っていない。鋭意努力して参るが、ご支援ご理解お願いしたい。(こう当初、あすか製薬は言っているものの、今年になって分かったことは、緊急輸入について、輸入者も販売者もサンド社、あすか製薬は発売者なのである。そして、この緊急輸入は、原発事故後、一週間以内位に、あすか製薬がサンド社本社に依頼したところから始まっていた。しかも、この件に内分泌関係五学会が、強力なバックアップをしたことも分かった。私達患者も医療関係者も、厚生労働省が指導した公的な輸入なのだと、根拠もなく信じていた。このことは、後に詳述する。)

 4月7日「サンド社から第一便(86万8百錠)が入荷した。今後、五週間をかけて緊急輸入品として5000万錠が順次入荷する予定4月8日から緊急輸入品の出荷を開始し供給を図っていく。いわき工場では「チラージS錠」の生産を再開し、四月下旬には通常の生産体制に復帰できるよう計画を進めているので、引き続き支援をお願い申し上げる。」

 以上の趣旨掲載していたことをまとめてみたが、3月18日あすか製薬のプレスリリースを見て、まず、私が思ったことは
○製造委託工場とはどこにあるのかということ
○なぜ、あすか製薬はわざわざ安全な海外製品を汚染リスクがある場所に持ち込むのか。
○いわき工場を再開するって言っても、いわき市の雑草から690000ベクレルのヨウ素 が検出されているし、セシウムは多いときで30100ベクレル検出されている。いわき工場が安全と言いきれるのか。という疑問だった。

 こうした疑問を貯めて、あすか製薬の薬相談室に電話を入れたのは3月28日だった。(次の診察日までは1ヶ月あったので、対応を考えれる時間的余裕はあった。)
3月28日 薬の製造年月日についての見方から聞いた。原発以前のものか原発後のものか判断するためだ。それと、新しい製品となるのは四月の下旬からという情報も得た。放射線の危惧に関しては、「ここは58キロ離れているので大丈夫。」との回答。放射線検査もしているし、何か問題があればその都度対応する。委託会社はどこに立地するのかは企業秘密であるとのこと。福島県ではないことだけは、確認した。

 
 
武田薬品に緊急輸入製剤の汚染地区への搬入回避を要望

 
  輸入品については、あすか製薬に要望しても無理だろうと推察したので、同日販売を担当すると聞く武田薬品工場に電話を入れた。
3月28日 武田製薬に輸入製剤の安全性について「いわき市の雑草の放射線値が目眩が出そうな値になっている。あすか製薬は58キロ離れているから安全だと言っているが、放射能事故があったのだから、軽々に安全と言い切れない。甲状腺患者は、毎日恒常的に薬を飲まなければならない。第一、なぜ、緊急輸入品を汚染リスクのある場所に運ぶのか。販売は御社がしているというのでたずねている。」と聞いた。
「製造はあすか製薬、販売は武田が責任を持っている。緊急輸入製剤の件は何とも答えられない。ただ、安全性については、弊社も責任は共有するので、一応意見として上部組織にあげておく。」との回答だった。
武田製薬への電話で、緊急輸入品は、あすか製薬に原則的には運び込むという情報を得た。

 ここから、輸入製剤を一過的には使用しても、緊急だから一過性のものだろう。これから将来放射線の内部被曝のことを考えた時、恒常的に毎日製剤を飲まなければならない。やはり、薬を2%のシェアの会社に変更しなければならない、あるいはしたいと私は決意した。

サンド社へ問い合わせる

  私はインターネット検索をし、2%のシェアのサンド社の名前を見つけた。国際展開しているジェネリックの会社だった。そこで同社のレボチロキシンナトリウムという薬名も知った。
それにしても、この2%のシェアのルートに何とか切り替えようとする作業の困難さは予測され、これが私のストレスを上げた。
この甲状腺ホルモン補填剤を製造しているあすか製薬が98%のシェアを占めるという動かしようもない現実があったからだった。

3月31日 とりあえず、2%シェアサンド社に、一般の患者がレボチロキシンナトリウムを入手するにはどうしたらいいのか、また放射線の影響はどうかと尋ねると、まず、「サンド社の工場は山形県上山(かみのやま)市にあり、距離があるので問題ないと思うが、一応放射線検査はしている。入手するには薬局がオーダーすれば可能だと思う。」とのことだった。

3月31日 私はサンド社の回答を受けて、現在通っている市民病院にチラージンSの在庫についての詳細についてと、サンド社のレボチロキシンナトリウムに切り替えることができるかどうか尋ねた。チラージンSの在庫は少ないということ、「その薬の切り替えは院外処方では可能だ。」との回答だった。

  この時点では、市民病院ではジェネリックを扱っていなかったが、院外処方で可能ということならば、なんとかサンド社の薬は扱ってもらえかもしれないと希望的観測を抱いた。しかし、その甘い観測は、すぐ裏切られた。
なぜなら、院外処方箋がたとえ市民病院から処方されたとしても、それを受ける薬局がなければどうにもならないことだったのだ。
 次の日、4月1日 私は受け入れ先となるべき処方箋薬局に、片っ端から電話を入れてみた。(11件掛けてみた。)しかし、チラージンの在庫がある薬局がやっとで、レボチロキシンナトリウムの名前を知っている薬局は皆無だった。

 国はジェネリックを推奨しながら、現実にその制度を利用しようとしても何の対応すら果たし得ない。ましてや、薬局はその薬の名前さえ知らないなんて、何ていうことだ。怒りにかられた私は、同日市役所国民年金課に電話を掛けた。
4月1日 事情を話すと市役所国民年金課の担当者は「大きな病院の先生はジェネリックを処方する。しかし、一般の医師はジェネリックを処方しようとしない。」と回答があったので、私は「しかし、実際は、市民病院のレベルでも処方箋が院外で出たとしても、受け入れ先の処方箋薬局がその薬の名前すら知らないレベルであったら、どうしようもないではないか。たとえ、国がジェネリックを推奨しようとしても、その実態は全く実現出来ていないというのでは、その意味がないだろう。 市民病院は市の病院であり、しかも地域の拠点病院ではないか。少なくとも、こんな非常事態なのだし、ここだけでもそのルートを作ってほしい。」と反論した。しかし「医療行為は医師のすることなので、役所から医師に強要はできない。市役所レベルでは何ともしようがない。」と、こんな緊急時でも役所の紋切り型の回答は変わらなかった。

4月4日 サンド社に掛けた。「薬局がオーダーしてくれれば入手できると聞いて、あっちこっちの薬局に聞いたが、ここ尾道市の処方選薬局では、御社の薬の名前すら知らなかった。個人ではオーダーは無理なのか」と聞くと、「個人では無理」とのこと。事情を話し本当に困っていると訴えると、責任者の男性に変わってくれた。
そこで、今までの事情を話し、「ともかく、大きな病院はジェネリックの処方箋を書いてくれるが、開業医はジェネリックに賛成していないと市役所が言っていた。よって、薬局は需要を期待できないので置かないという構図になる。たとえ、大きな病院では医師が処方箋を書いてくれても、それを受け入れる薬局がない次元では、どうしようもない。政府がジェネリックを推奨しても、現実にはその受け皿がない。現実と政府の政策が、全く齟齬感を呈している。」と伝えた。
サンド社の責任者は、「本来ならば薬局がオーダーしてくれれば、注文は可能なはずだが……」と繰り返すので、「でも、それは都会の話で、私は11件の処方箋薬局に電話をしたが、一件も御社の名前も薬名も知らないというのが、我市の現実だ。なにせ、98%シェアの壁は想像以上で困惑している。平時ならこんなしつこく言わないが、今は非常時だ。何とかならないものか。」と私は言った。
「弊社もあっちこっち営業はしているが、そちらの方まで周知が及んでいないのだろうと思う。営業努力はする。」との回答だった。ついでながら、「あすか製薬のニュースリリースでサンド社の協力を得て、緊急輸入製剤が入荷することに決まったと書いてあったが、なぜ、それをあすか製薬が出荷するのか?」と尋ねると「販売網をあすか製薬が持っているからだ。」と答えた。
 しかし、私は、「御社が手助けしているなら、患者の立場では放射線汚染がない緊急輸入品製剤を、わざわざ汚染リスクがある地区に運ばない工夫というのか対応をしてもらえないか。」と依頼した。担当者は「ご意見として承っておく。」と答えるに留まった。
 

 いくら販売の都合だからといって、患者の立場は何故考慮されないのか、汚染されていない緊急輸入製剤を、わざわざ汚染リスクのある所に持ち込むなどという行為に納得がいかない私は、厚生労働省に電話を入れた。

厚生労働省医療食品局監視指導・麻薬対策課へ電話する

4月6日 あっちこっちたらい回しにされた後、厚生労働省医療食品監視指導麻薬対策課に行き着いた。
「緊急輸入品をなぜ、汚染リスクのある会社が輸入し、それを汚染リスクのある地域にまで持ち込むのか。」と聞くと、担当官は「輸入してきたものでは若干安定性その他で異なるらしい。原料を製剤化するので、あすか製薬に持ってこなければならないと聞いている。」との回答した。
私は、あすか製薬の周辺の放射線値にも触れ、「雑草から驚くべき数値が出ている。いわき市が安全とは言えない。」と言った。担当官は「薬の放射線値の基準はないので、もし高ければ連絡が来るはず」と言うので、「そんな相手任せではなく、きちんと情報収集をして事実関係を掌握して欲しい。薬の基準がないから、是非とも薬の放射線値を設定して欲しい。」と要請した。

 緊急事態にもかかわらず、こんな緩い関係官庁の対応に四苦八苦しているうちに、緊急輸入製剤は4月8日第一便が到着。
 供給開始の旨あすか製薬のニュースリリースに掲載された。
4月11日 サンド社に連絡して緊急輸入製剤はどこに配送されたのか患者の立場で心配である旨尋ねると、あすか製薬の川崎事業所という場所だと教えてくれた。それがどこにあるかは不明ということだった。

あすか製薬在庫品から放射線値検出という情報について

4月11日 同日あすか製薬に川崎事業所はどこにあるのか尋ねると、それは神奈川県の川崎である旨確認した。緊急輸入品にからめて、「では国内品はどういう状態なのか」尋ねると、すでに在庫品を出荷済みとのことだった。(この時点では、倉庫が損傷していたことには気付かなかった。)
放射線検査はしたとのこと。「それで放射線はどうだったのか?」尋ねると、検出されたと言う。しかし、その数値は公表できないとのこと。しかし、基準以下だったので出荷したと言う。
私は放射線が検出されたことに驚いて感情的になり、「御社のホームページのニュースリリースは学会や関係官庁への通達ばかりで、患者の側に立った情報が掲載されていない。薬を飲むのは患者なのだし、今放射線について一番関心を持っているのも患者だ。ホームページ等を使って患者へ向かって情報を公開してほしい。」と言うと、窓口の担当者は「上に伝えます。」と回答した。

4月12日 厚生労働省監・麻課の監査官へ電話を入れる。「あすか製薬から放射線が検出されたという情報を得た。数値は教えてもらえなかった。製剤についてサンプル調査とかできないものか、安全性を是非とも把握しておいてもらいたい。」と伝えた。

4月21日 厚生労働省監・麻課の監査官へ電話。すると、その回答は、「あすか製薬を許可した福島県に問い合わせた。○水の段階でも問題ない○空調も担保できていると言っているので大丈夫かなと……。」と回答。
「放射線が検出されたとあすか製薬自身が、言っているのに放置していていいのか。」と私。「しかし、検査器が不足しているし、そんなことをしていると流通が止まってしまう。」と監査官。「流通のために患者の安全性が脅かされていいのか?」と畳み掛ける。すると、その経緯について尋ねるので、先日あすか製薬から聞いた経緯の詳細を話した。「第一、ホームページに放射線について何ひとつ掲載されていない。不満だ。」と伝える。

4月25日 福島県薬務課に電話を入れる。この担当官に事情を説明すると、「確かに福島県は製造業の許可は与えている。しかし、医療品の承認は国が出している。薬の細かい点については福島県外の問題。県では積極的に情報を取っているが、一つひとつチェックしているわけではない。品質管理の最終責任は本社が取るべき。」
私は言った。「水は大丈夫。空気も大丈夫とのことは厚生労働省から聞いた。しかし、文部科学省のデーターで、いわき市の雑草から、3月18日雑草の放射線濃度はヨウ素690.000ベクレル/kg 、セシウム17.400ベクレル/kg、3月23日ヨウ素451.000/kg、セシウム30.300ベクレル/kgという目眩がする程の数値が検出されている。こんな数値が出ていて安全か?」と。すると、担当者は「それは何のデーターか。」と逆に尋ねられた。(この時点で、福島県薬務課の担当者も、このデーターを知らなかったということは、福島県でもこの文部科学省のデーターは掲載されていなかったのかもしれない。)
「製造を許可しているということは安全性も許可しているということではないのか? 現に、あすか製薬は「放射線を検出した」と言っているのだし、しかも原発事故という未曾有の緊急事態なのだから、安全対応の確認を取ってほしい。あすか製薬はホームページには放射線のことは何も掲載していない。あすか製薬のシェアは98%というので、薬を切り換えたくとも切り換えられない。役人も医者も薬を飲む訳ではないので、積極的に動いてくれない。疎外感を感じる。」と私が言うと「あすか製薬は4月22日ホームページに放射線のことを掲載している。」と教えてくれ、「この件は、あすか製薬に連絡をとってみる。」と約束はしてくれた。

4月27日 福島県薬事課の回答を聞くため電話を入れた。あすか製薬の工場へ電話を入れてみたが、工場の担当者は私からの苦情内容については掌握していないようだった「苦情の件は共有しているので、本社に伝えておく」と言っていた。しかし 福島県薬事課の担当者は「工場の放射線の数値については自分の立場では聞かなかったし、聞く気もない。」との回答だった。責任官庁は福島県ではなく厚生労働省の管轄だし、放射線データーについては、あすか製薬の本社の責任というスタンスを繰り返すだけだった。

4月28日 少しも先に進まないので、あすか製薬があるいわき市災害対策本部に掛けてみたが、文部科学省の雑草のデーターを説明し安全性をと問いかけても「それは知らない」と言うし、罹災証明の担当だということで言うので掛け違いかと思い、首を傾げつつ電話を切った。(2012年3月21日いわき市原子力対策課という電話番号を見つけだしかけると、原発事故当初危機管理課は現在の罹災証明課に、臨時的に机を設置していたとの事情が判明した。要するに、併用している臨時窓口に罹災証明の人が出たので要領を得ない対応があったようだった。)

つづく

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2013年4月18日 (木)

福島第一原子力事故と私の接点--患者としての体験(3)

■福島第一原発事故当初の経緯

 2011年3月12日福島第一原発事故が起きた。
たまたま、3月17日が病院の受診日に当たっていた私は受診し、甲状腺ホルモン補填剤の供給が大量に不足していて今まで二ヶ月分貰っていたのが、二週間分しか渡せない旨担当医師から聞いた。
この時点で、私は自分が原発と具体的に原発事故と接点を持つに至ったと先に記述した。(しかし、50mgが二ヶセットになっているので、私の摂取量は一個だったので、結局は一ヶ月分となった。)

 原発から距離的には離れた場所にいた私は、直接的にはこの原発事故に無関係に見えたものの、私はこの甲状腺ホルモン補填剤を通じて、この原発事故と拘わりを持っていった。この甲状腺ホルモン補填財はチラージンSという名前だった。

 私は、この名前を頼りにインターネット検索で製造している会社名を捜し出した。その会社はあすか製薬といい、いわき市に立地することが判明した。ともかく、橋本病である私は、甲状腺ホルモン補填剤を常用しなければならず、こうして薬を通じて、私は原発事故と向き合わざるを得なくなっていった。

 原発事故後、私が初めてしたことは情報収集だった。
あすか製薬から上がってくるインターネットのニュースリリース、日本甲状腺学会のT4委員会から刻々上がってくるニュースリリース、文部課科学省から流される様々なデーター収集に追われた。
 こうした検索を通じて、あすか製薬がいわき市小名浜港の近くに立地し、福島第一原発からは58キロ離れていることを知った。原発の知識など全くなかった私は、この距離が安全なのか、心配なのかどうかすら分からなかった。

 しかし、時系列で振り返ってみても、福島第一原発から放出された放射線値は聞いたこともない量だったし、訳が分からなかった。文部科学省から出たいわき市、平字梅本という場所の雑草のデーターのヨウ素はゼロが四桁並んでいた。それをどう考えたらいいのかそれも分からないままだった。そのデーターを初めて測定した日は、3月18日となっている。

 その因果関係は、原発の水素爆発と深く関係があるらしい。それを少し整理すると、

 3月12日 福島第一原発一号機で水素爆発
 3月13日 3号機の燃料棒が露出
 3月14日 福島第一原発3号機で水素爆発
 3月15日 2号機で爆発音。4号機で爆発、火災発生

 この3月15日いわき市の空間線量は一番高く、福島県内7方部放射能測定モニタリングデーターによれば、2:00amには、18.04㏜、4:00amに23.72㏜との数値が観測されている。

いわき市雑草の放射線ヨウ素690.000ベクレル/kg

 SPEEDIのデーターが公開されたのは四月になってからだが、改めて振り返ってみても、この3月15日は、確かに2号機と4号機の放射線が、いわき市の方向へ向かって大量に放散している様子を予測している。
そして文部科学省3月18日雑草から観測された放射線はヨウ素690.000ベクレル/kg 、セシウム17.400ベクレル/kgという数値だった。セシウムは3月23日が一番高く30.300ベクレル/kgという数値だった。

 しかし、このSPEEDIのデーターの公開が遅かったため、当初は何故こんなにも雑草の値が高かったのか分からなかった。私は、この雑草のデーターの一覧は早期に発見したものの、福島県内7方部の環境放射能測定モニタリングデーターには気が付かなかった。
雑草に目眩がするような放射能が検出されているのに、それにしてはいわき市の合同庁舎で測定した放射線空間線量の値は低く、このことが、当初私にとって、謎だった。

 私の内心は、できれば、この数値が誤測であることを願っていた。(しかし、この頃のメモを引っ繰り返してみると、2011年3月26日千葉県のホウレン草4300ベクレル、茨城県のホウレン草からも4100ベクレル検出されている。同年3月30日のニュースの発表では福島県のホウレン草は、通常の37倍34000ベクレル/kgになっている。)
このびっくりするようなホウレン草の数値は、一連の文部科学省の雑草の測定データーを参考にすると納得できた。

 この雑草のデーターについては川俣町3月25日から測定されているが、放射線ヨウ素も663000ベクレル/kgであるが、セシウムも驚く程高く497000ベクレル/kgと始まっており、4月1日には最高966000ベクレル/kgとなっている二本松市2011年3月25日から測定が始まっている。ヨウ素はいわき市に比べ低く、73400ベクレル/kgから始まっているが、セシウムは235000ベクレル/kgといわき市に比べると10倍以上高くなっている。

 南相馬市原町区で測定されているが、3月18日放射線ヨウ素88600/kg、セシウム17800ベクレル/kgから始まっているが、翌日は、放射線ヨウ素は突然数値が跳ね上がり455000ベクレル/kg、その翌日は497000ベクレル/kgで最高である。その後は下がっていく。セシウム17800ベクレル/kgから始まり、3月27日39900べクレル/kgとなっている。
飯館村のデーターは当初より測定されていないので掲載されていない。
改めて比べてみれば、いわき市と川俣町の放射線ヨウ素の値が突出していることが分かる。
途方もない放射線が放出されたことは事実のようであった。

 ともあれ、原発事故後五日目の3月17日、病院で受け取った甲状腺ホルモン補填剤を通じて原発との接点と遭遇してからは、ともかく情報を集めることだった。それに焦点をあわせ、私のストレス全開の闘いが始まった。

つづく。

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2013年4月16日 (火)

甲状腺患者から見えた原発事故--患者としての体験(2) 

■私の病名は橋本病

  私は甲状腺疾患を2005年位から患っている。病名は橋本病という。
最初は甲状腺機能低下症という病気かと思っていて、いつか完治するものだと思っていた。 昆布を食べ過ぎても甲状腺機能が低下することもあるとものの本にも記述されていたため、そうした病気とは認識していなかった。
しかし、後に、生涯甲状腺ホルモン補填剤を常用しなければならない橋本病と病名が診断された。

 橋本病とは慢性甲状腺炎症というのが別名で、何らかの理由で自分の抗体が自分の甲状腺を攻撃してその機能にダメージを与える病気のようだった。
攻撃された甲状腺は機能が壊れ甲状腺ホルモンを出せなくなって、様々なところに支障が出てくるようだ。私の場合は、まず鼻の頭にニキビ様の出来物ができた。顔の真ん中なので面疔かと思い、皮膚科に行った。医師の見立てはニキビとのこと。ニキビ用軟膏をくれただけだった。
が、直後から、かえってひどくなった。血行も悪くなり、足の爪などが変色していった。

 やむを得ず、クリニックの内科を尋ね血液検査をした結果、コレステロールが高いことが判明した。中性脂肪もLDLコレステロールもすべて高いことが分かり、早速食事療法をさせられたが、この原因が甲状腺疾患によるものだと判明するのに、一年半程掛かった。

 念のため、セカンドオニオンとして、電話での医療相談をしてみた。
症状を話すと「それは甲状腺疾患の可能性もある。血液検査で分かるからチェックしてもらうとよい。」と指導され、そのクリニックの医師に、コレステロール検査の折に、甲状腺の血液検査も追加し実施した。しかし、クリニックの医師はTSHが高かったにもかかわらず「異状なし」とし検査結果を誤診はした。(この頃は、TSHが何かという知識もなかったので、医師の診断結果を疑うこともなかった。)

 血行は益々悪くなり、その年の冬、また鼻の頭に出来た出来物は潰瘍状態に腫れ上がり悲惨なものだった。いくら食事療法をしてもコレステロール値はさしたる変化もなく、私は体重を減らし、一年位後には40キロを割った。(この間、呆れるほど虫歯になり、多くの歯を犠牲にした。それでも、医者を変えなかったのは、その医師が漢方医でもあり、人柄の良い医師だったからである。しかし、甲状腺のことには詳しくなかったのだった。)
しかし、一年半も経て食事療法の指導ばかりで体重が36kg近くにもなり、症状も好転せず、さすがおかしいと私は医者を変えてみた。

 そこでの検査で初めて甲状腺に問題があることを知り、甲状腺ホルモン補填剤を恒常的に経口することになることになった。(先のクリニックの医師の誤診のおかげで、一年半もの間、ホルモン補填剤を飲む機会を失し、様々な症状に苦しんだ。)しかし、この甲状腺ホルモン補填財は、その処方さじ加減が専門家でないと難しいらしく、その後も多すぎたり少なすぎたりで、そのたびにコレステロールが跳ね上がった。

 その後三回も医師を変えて、やっと市民病院に紹介状を持参し、甲状腺専門の医師の受診が叶った。ここで、甲状腺エコーも受け、正式に橋本病と診断されたのだった。
私が甲状腺疾患を持った患者であることは先にも言ったが、それゆえ、甲状腺ホルモン補填薬を毎日一錠、7年余永続して使っている。

 そして、2011年3月12日福島第一原発事故が起こった。この原発事故と私の接点は、この薬レボチロキシンナトリウムすなわちT4製剤であった。
生涯服用していかなければならないこの薬を通じて、私は原発事故後、製薬会社、関係官庁、学会等の矛盾や隠された事実を知ることになる。

 そもそも、その薬というのが福島県いわき市に立地する某製薬会社で作られ、そのシェアが98%を占めていて、その薬が供給の危機に陥っていると後に知った。(この薬の供給不足については、ロイター読売新聞でも社会問題化していた。)

 その薬の商品名はチラージンSといい、製薬会社の名前はあすか製薬といった。(その情報を知ったのも、原発事故後五日経ち、市民病院に定期診察に行った折、チラージンSの供給不足について医師から伝えられたことで始めて知った。それまでは愚かなことに、製薬会社名すら知らないまま一日一錠を7年近く服用してきた。ましてや、その会社が福島県に立地していることなど知る由もなかった。)
 

 そして、この日から、色々な意味での私の闘いが始まった。

 そうした闘いのプロセスにおいて、私は驚愕に値する製薬会社、関係官庁、関係学会等の影とその舞台裏を知っていくことになる。
最初は半信半疑だったが、事故後二年余経って、少しずつその意味するものの正体が分かってきた。

 そして、その正体に付随する影の正当性を問うようになった。

つづく。

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2013年4月15日 (月)

甲状腺患者から見えた原発事故(1)

  
  第一章

            
        
             患者としての体験<1>

             
           
■はじめに……

 一昨年、水戸で福島第一原発の事故で精神的に不安定になった六十代の妻を七十代の夫が殺したという事件が報道された。妻が殺してくれと夫に依頼したという。

 情報公開されたSPEEDIを追ってみても、2011年3月15日放射線は福島県富岡町から、いわき市を通り抜け茨城県まで届こうとしている。
 

 また、昨年三月NKKのETV特集で「ネットワークでつくる放射線汚染地図5「埋もれた初期被爆を追え」という番組で、放射線ヨウ素131の拡散状況が公開された。その図を確認すると、3月15日、一万ベクレルという放射線プルームは真夜中頃から南に流れ、福島県南部から茨城、栃木、群馬へと流れていった。おそらく、水戸にも大量の放射線が達したことだろう。その放射能は午前中に関東地方全てに届いたという専門家の見解も出されている。

 2012年5月9日川俣町の五十代女性の遺族が、東京電力を提訴したというニュースも報道された。女性は七月の一時帰宅の折り、自宅の庭で焼身自殺をしたとのこと。原発事故という余りに苛酷な運命に晒され、慣れない避難生活に鬱状態になり死を選択したのだろうか。平穏な日常生活を一瞬にして奪われ、おそらく、女性は倒れていったのだろう。 どちらの女性も、見えない放射線と対峙しなくてはならず、そのストレスはいかばかりかと想像するしかない。そして、私にも、共感できる心情があった。

 私も甲状腺疾患があり、福島第一原発の事故に対し薬という媒体で接点を持っていた。 この接点を知ってから私は年中苛立っていた。なぜなら、この製薬会社が福島県いわき市に立地し、しかも98%シェアを占めていて、変更したくともそのルートが見いだせない困難の上に立っていたからだった。

 この精神状態がストレスの引き金になっていたのか、2011年、私は三度頭を打った。こんなことは初めての体験だった。ともかく、始終、苛立ち集中力を欠いていた。(これも原発事故によるストレスらしいと実感したのは、後になってからである。)

 一度目は六月ベッドの宮の角に後頭部をぶつけ、二度目は8月か9月(この時は軽く打っただけだったので、さすが、自己嫌悪で医者へは行けなかった。)三度目は11月末のことだった。(出窓の下の枯れ草を整理し、立ち上がったとき軽率にも右頭部を打った。)

 6月の時は、翌日脳神経外科に行きMRAを受けた結果、とりあえず異常はみられなかった。まさか、11月に、また頭を打付けるとは思わなかったので、7月に、整形外科でレントゲン撮影をした。というのも、震災後、左半身手足に痺れたような不快な感覚があり、左頬まで痺れるような症状が出てきたので、検査を急いだのだった。

 しかし、11月末にまた頭をぶつけCTを受けるはめになった。この年だけで合算すると、2.819mシーベルト位の放射線を浴びることになってしまった。(この間、歯科治療で3回位レントゲンを浴びているので、数値はもっと上がっているだろう。)
 食生活までも、セシーム過敏症になり、魚や海産物など食べられなくなってしまった。
いちいち生産地を細かく吟味するのも負担がかかり、食べるという行為にすら苛立った。結果、食生活が荒れた。年中、常態的に苛立っているため血圧まで上がってしまった。

 整形外科、神経内科、脳神経外科の精密検査結果は問題なかったので、多分に心理的なことだったのだろう。しかし、結果的に、合算して2.819mシーベルトの医療被曝をしてしまった。

 考えれば、今回の福島第一原発事故ゆえに精神状態が不安定になり、余計な被爆をしたのである。原発事故がなければ、頭をぶつけることもなかったろうから、レントゲンやCT等受けることもなかったろう。
とりあえず、私の2.819mシーベルトの医療被曝は、今回の福島第一原発事故により、製薬会社が福島県に立地し、その製剤を飲まなければならないという精神的に追い詰められた因果関係による医療被曝だと思っている。

 要するには、私も原発事故の影響を少なからず受けたという感覚がある。
少なくとも、そうした割り切れない怒りは事実だったし、多くの人々も、様々な影響を被ってきたことだと思う。

つづく。

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