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2014年1月

2014年1月12日 (日)

原発事故後の疑問アラカルト(12)

■放影研の出版物  Study protocol for the Fukushima health management surveyとは何?

 放影研のホームページから発表された出版物をクリックすると、2012年福島という横文字が目に入った。こう書いてある。横文字の英文で掲載しておく。

○Study protocol for the Fukushima health management survey
Yasumura S, Hosoya M, Yamashita S, Kamiya K, Abe M, Akashi M, Kodama K, Ozasa K, for the Fukushima Health Management Survey Group
J Epidemiol 2012; 22(5):375-83
  Bib#: 3960 言語: E


  これを約すと「福島健康管理調査の治験実施研究」言語はEと記述されているので英語である。
そして、著者は「福島健康管理調査グループ」とされている。Yasumura S(安村誠司)Hosoya M(細谷光亮)Yamashita S(山下俊一)Kamiya K(広島大学神谷研二)Abe M(阿部正行)Akashi M(放医研明石真言)、Kodama Kは(放影研児玉和紀)Ozasa K(小笹晃太郎放影研疫学部長)と予測される

  ここに掲載されている著者達は、福島県民健康調査の分担疫学研究者である阿部氏はこの疫学研研究の責任者である。
 Ozasa Kは、放影研小笹放影研疫学部長のことだろうと予測される。同氏は、研究員ではないが、福島県立医科大に対して、具体的に試料保存の技術指導をしているような人物である。

 ところで、この英文で書かれた学術誌発表論文は学術誌発表論文、 J Epidemiolとは何か調べてみるとjournal of Epidemilogyの略であることが分かった。
 これは{日本疫学会}の機関紙である。
 これは、オンラインで投稿できるらしい。しかし、英文にしたということは、世界へ向けての発信なのだろう。
 日付は分からない。しかし、2012年にもう論文として発信されている。

■福島県立医科大からも様々な論文が発表されている

 福島県立医医科大からも「県民健康管理調査」の題名の論文が既に出ているようだ。(これは安村誠司氏の研究資料に掲載されていたもので、福島医科大に特別確認したものではないが、自身の論文履歴として掲載されているものなので真実だと思う。)
 以下の論文が、掲載されているので列挙しよう。
(雑誌に寄稿)
福島県における県民健康管理調査の概要
 筆者 安村誠司,
日本公衆衛生学会総会抄録集   71st 72   2012年10月

○放射線災害医療と福島・県民健康調査
 
大津留晶、 安村誠司、 鈴木眞一、 細矢光亮、 藤森敬也、 神谷研二、 神谷研二、 阿部正文、 山下俊一
日本集団災害医学会誌   17(4) 604   2012年12月

○低線量被ばくによる健康リスクを如何に見守るか―福島県県民健康調査について
 
大津留晶、 安村誠司、 鈴木眞一、 細矢光亮、 藤森敬也、 神谷研二、 阿部正文、 山下俊一
 日本臨床細胞学会雑誌   52 93   2013年5月

(論文)
○子どもたちの健康のため何をなすべきか「県民健康調査」について
  
大津留晶、 安村誠司、 鈴木眞一、 細矢光亮、 藤森敬也、 坂井晃 矢部博興、 神谷研二、 山下俊一、 阿部正文
 福島医学雑誌   63(2) 86-92  2013年6月

■原子力規制委員会「疫学研究」住民の理解必要と明示

 2013年2月26日 原子力規制委員会が行なった「東京電力福島第一原子力発電所事故による住民の健康管理のあり方に関する検討チーム」がまとめた文書によると「疫学研究は科学的合理性及び倫理的妥当性を確保したうえで、実施しなければならない。」として、二年近く経って、「県民健康調査」を疫学研究の対象として認めた。
 しかし、「健康管理調査で得られた情報やデータを疫学研究として使用する際には、対象となっている住民からの理解とコンセンサスが必須である。」としている。

 果たして、住民からの理解やコンセンサスを得ているだろうか。
 放射線ヨウ素の初動検査も中止させられ、三ヶ月以上も放置されて、はなから「放射線の影響はない」と断定されている検査や調査に、最初からコンセンサスが取れると思うことが無理だろう。
(それが、23,5%という数値であろう。県民が、精一杯抵抗している数値に見える。)

 原発事故後二年を経て、県民健康管理調査は「疫学研究」として、原子力規制委員会が認めてはいるけれど、とりあえずは、住民の理解とコンセンサスは必要とのコメントは出されてはいるのだ。
 しかし、困ったことに、倫理意識の欠如している「疫学」大好き疫学研究分担員集団は、そんなこと皆目気にしていないようである。
 それとも、福島県民は、「福島県民健康調査」に対し理解とコンセンサスを得ていると福島医科大は、思っているのだろうか。

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2014年1月 8日 (水)

原発事故後の疑問アラカルト(11)

     県と国が自治体の調査を止めたのは事実であった(2)

問題提起は日本疫学会、日本学術会議、精神神経学会
 
 私は、このことを確認しようと厚生労働省大臣官房厚生科学課に電話を入れた。
私は聞いた。「なぜ、こんな通達を出したのか?」と……。
「浪江町津島地区は線量が高かった……住民が不安に思うことは当たり前ではないか。それで自治体が動いたのだろうし、それをなぜ県が止め、国まで止めたのか?」
 厚生労働省大臣官房厚生科学課担当者A氏の回答は「これは一般論ですよ。福島県に特定していない。」と言った。
 私「そうではない。『今般の東日本大震災による被災地域において、被災者に対する様々な健康調査・研究が実施されているが』と書かれているし、『これら健康調査・研究の中には、倫理的配慮を欠き、被災者にとって大きな負担となっているものがある。』とも書いてあるので浪江町の調査のことだろう。」と言った。

 最初から一般論などと言ってくること事態、はなから煙に巻こうとしている意図が見えた。
 私は言った「これは5月に出されている。この時点で、倫理委員会すら開かれていないのに、倫理指針を持ち出すのは変ではないか。放射線ヨウ素の半減期は八日。この調査を中止させたことで、ヨウ素初期被曝の実態が分からなくなってしまった。こんな所で止めに入るならば、県や国でさっさと調査をすればよかったではないか。」
 「それは住民が重複して調査され、苦情が来たと聞いている。」と担当者は回答した。

「しかし、ガバナンス学会というメールマガジンには、『福島県立医大は、学長名で、「被災者を対象とした調査・研究を個別に実施してはならないという文書を各所属長宛てに出した。』と書いてある。署名入りなので嘘とは思えない。また、関係学会からも問題提議がなされていると書かれているが、この関係学会とはどこか。福島医大の県民調査の中心人物は、当時山下俊一氏。彼は日本甲状腺学会の理事長なので、内分泌関係五学会かとも推測するが……。」と聞いた。
 しかし、同課担当者の回答は「日本疫学会日本学術会議、それから精神神経学会とか……」だった。
 この回答は、より重層的に学会の絡みが進化していることを感じさせた。

 因みに、この「日本疫学会」を調べると、ここに福島県民医科大のメンバーがいた。安村誠司氏である。
 同氏は、福島県立医科大学公衆衛生学教授である。
 放射線医学県民健康管理副センター長でもある。
そして、放影研の二年に一回実施している成人健康調査をベースに福島県民健康管理調査票をまとめたのは、この安村誠司氏のようだ。
(出身は山形大学医学研究科 公衆衛生学の出身である。所属学会は、全国公衆衛生関連学協会連絡協議会事務局長 日本公衆衛生学会評議員 日本老年社会科学会理事。これに加え、日本疫学会評議員日本疫学会編集委員等の役員をしている。)

 安村氏は、10回までの県民健康調査検討委員会の委員でもあった。
 予想通り、まさに、関係者そのものだった。
 安村氏は2013年1月から日本疫学会の理事になった。また、同氏は、日本学術会議の連携会員でもある。  
 
 もう一人関係者がいた。春日文子氏である。
 同氏は、小児甲状腺検査検討委員も初回からやっているし、現在も委員のことりである。
 同氏は、日本学術会議副会長である。(肩書きは国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長。同会議の副会長としては、唯一の医師であるという。)
 日本学術会議についても、調べていくと山下氏は第二部において幹事をしている。さらに、山下氏は、2013年同会議「東日本大震災に及ぶ学術調査検討委員会」の副委員長を勤めている。まさに、当該会議の中心的人物だった。
 これで、検討委員会のメンバーに日本学術会議の枠があることも納得できることである。(安村氏も日本学術会議連携会員であることも付記する。)

 精神神経学会についての関与は不明である。
 ただ、福島県立医科大は連携組織として掲載されているし、そこに厚生労働省の名前も挙げられている。
 5月16日の国からの被曝調査中止の通達は、学会への研究費を検討し配布する厚生労働省大臣官房厚生科学課の名前で出されていた。
(余談だが、この学術会議は日本のアカデミズムなのだそうだ。それゆえ、時の政府も彼等の意見に耳を傾ける、政府の原発事故対応は、こうしたアカデミズムからのアドバイスで進められてきた。しかし、この日本アカデミスムである学術会議が、被爆した人々の方を向かず、科学的野心を持ったとしたら? それは、大層危険なことである。)

 ここで考えるべきことは、被曝した人々の緊急の被爆量であったはずだ。
 自治体が功名心で住民の被曝検査などしたい訳もないだろう。
 もとはといえば、SPEESIの公表もせず、余分な被曝をさせてしまった国に責任があり、かつ、そのデーターを片っ端から破棄していた福島県も同罪であろう。しかし、誰も謝罪もせず責任も取らず、かつ裁かれることもなかった。
 
 浪江町は、原発事故当初、何の情報も与えられなかった。
それゆえ、原発から少しでも遠くへと津島地区まで住民を誘導した。結果、その地区に雪となって濃い数値の放射線が降り降りた。
 住民の被曝が懸念された。住民は不安でパニック状態になってた。
 被曝検査も待ちわびていたのに、県からも国からも、一向に検査はしてくれない。町の行政を預かる側が、やむを得ず、責任意識から自分たちの手で何とか検査を外部機関に求めようとする行動を起こすことに何の不思議があるだろう。

 広島原爆事故後、米国のABSSから跡を継いだ放影研は、原発事故三日後に長期疫学調査の準備と検討を始めたと自らのプレスリリースに掲載した。
 となれば、3月15日には、関係者は長期疫学調査に向かって動き始めたということになる。
 そして、3月29日には、放影研大久保理事長から、放射線影響研究機関協議会の加盟機関に対して、長期疫学調査を実施する体制の確立が提案された。(これは、メールで発信したそうである。放影研に確認した。)
 そして、4月2日には、臨時の同協議会が、福島県立医科大で実施された。(山下俊一氏が、長崎大で協議会のメンバーなので現地を知るためにも、そちらで開催したと聞いていると放影研広報出版室N氏が言っていた。)

 前々回に書いが、2011年4月の半ば位から、福島県は副知事を中心に現在の県民健康調査の大枠をまとめていく。
 放医研も三月末に既に首相官邸から被爆調査の指示を受けて、ウエブ上で被曝量を検索するシステムを開発し進んでいた。
 こうして、被曝調査は二本立てで進んでいった。
 しかし、5月13日ふくしま検討調査委員会(仮称)で、国が既に指示した放影研のウエブ上の調査はひっくり返され、ABCCの跡を継ぐ放影研をバックにした福島県が調査の主導権を握ることになった
 県と県医師会の大反対にあったからである。(このあたりの詳細は、原発事故後の疑問アラカルト9に詳述した。) 
 
県民健康管理調査検討委員会の人選は、ほとんど山下氏が選んだようだ。」と前述の毎日新聞日野記者もその本の中で言っている。
 山下氏は、この時は福島県立医科大特認教授という立場だった。
 元々は同氏は長崎大の教授であり、4月6日には、すでに、首相官邸原子力災害専門家チームの一員であり、ここには師である元放影研理事長長瀧重信氏が主査として君臨していた。
 
さらに、放影研児玉主席研究員も名前を連ねている。佐々木康人氏も放影研の評議会の委員をしているし、酒井一夫氏も科学諮問委員をしている。
 無論、山下俊一氏もこの科学諮問委員の一人である。
 このように、原発事故設置された首相官邸の専門家グループは、放影研に何らかの関わりを持っている人物が8人中5人もいる

 しかし、こうしたことは、首相官邸のホームページの公式の肩書きに掲載されていない。佐々木氏などは、元放医研理事長という肩書きを公示しながら、実際には放影研の評議会の委員をしている
 ここの評議会の副議長は、元文部科学省原子力審議委員長羽生太貫氏である。同氏は、ICRPの主委員会の委員でもあり、去年、9月発足した福島県民帰還に向けた検討チームの有識者の一人でもあった。

 この初期首相官邸原子力対策専門家グループの見解は、今だに「県民健康管理調査」に脈々と流れている。
 いずれ、別枠でもっと詳述しようと思うが、この人選は誰がしたのか大変興味深いところである。
 しかし、この専門家グループの面々は、キャリアのある医師でもあろうが、履歴も含めて、よくまあ、ここまでズブズブと節操もなく原子力に依存し、行き当たりバッタの組織渡りを平然としてきたものかと感心する。
 そして、改めて原子力マネーの力の大きさに驚愕し、同時に絶望するのだ。
 ともかく、この八人衆が、福島県民を苦しめる誘引を作ったことは事実であろう。

 放影研は長崎に研究所もあり、山下氏は外部科学諮問委員をしており、放影研と密接な関係があろうと思われる。
 その人が、福島県立医科大の特認教授に任命された。
 同医科大は、今迄放射線とは無縁なローカルの大学だった。
 後ろ盾がなければ、放射線のスキルも経験的にも何も出来ないだろう。その後盾が放影研だった。原発事故後、福島医科大は放影研を4月25日に訪問している。

■谷口プロジェクト安全委員会も日本学術会議が阻止した

 医療という点からスポットを当てれば、三次医療というスキルを持っているドクターは、放医研広島大学病院にしかいないそうだ。
 当初、セシウムを除去する薬も、自己造血細胞増殖技術もあった。

 この関係者たちは、作業員たちや自衛隊等の放射線被爆に助力しようと奔走した。虎ノ門病院血液内科の谷口修一教授が立ち上げたプロジェクトで、谷口プロジェクトと言われた。
 しかし、彼等の動きは、阻止される。(国会議員も動き、国立ガン研究センターも協力して記者会見まで開いてしまったのに、まず、原子力安全委員会が必要ないと言ったといい、事故を矮小化しようとする政府も乗り気でなかった。  日本学術会議も不要と言ったという。
 その根拠も不明なまま、事故を矮小化しようとする勢力が、このプロジェクトを実現させなかった。作業員は興味を持った人は多かったらしい。
 しかし、先の国立ガン研究センターも国の縛りがかかり身動きできなくなったようだ。(この経緯の詳細は、改めて詳述するが、人の命を助けようとする一連の動きは、なぜか頓挫するのである。原発事故は今なお続いているのに、作業員の命は使い捨てられている。)

 原発事故当初、セシウム除去の薬を日本メジッフィクス社が政府に寄付した薬も、使用されなかったようだ。
 これは、点滴でセシウムを吸着させて除去するというラジオガルターゼという薬だが、三次医療のドクターしか使用できないとのことだった。
 日本では放医研広島大学だという。(同社に確認した。政府に寄贈した薬は使用したら、記録が上がってくるはずだが来ていないという。昨年12月に確認したので、もはや期限切れが予測できる。同社も原発事故の作業員やレスキュー隊、自衛隊などの被曝除去に役立ててもらおうと対応した行為だったようだ。しかし、実際は使用されなかった。)

 放医研で、この薬を使用することも可能なはずだった。薬は寄贈された。
 しかし、寄贈分は、誰ひとり使用しなかったのだ。
 このことも不思議だ。もし、苛酷な事故現場に従事する関係者の放射線被曝を軽減する方法があるとしたら、何でも試みようとするのが政府の仕事ではないのか。(ただ、この薬は承認済みだが、健康保険は効かない。)

 少なくとも、医療関係者は、ヒューマニックな視点で出来る限りの対応と助力を惜しまなかった。しかし、体よく断られるのである。
 結果、多くの作業員は、傷ついたり死んだりした。(政府もマスコミも発表しないだけで、関連死は枚挙に暇ない。)
 穿った見方をすれば、これも命の軽視に他ならない。
 すなわち、一億総玉砕の精神と変わらない。この国は利権のために、やるべきことをやらない。命を平然と見殺しにするのである。
 
 本来ならば、こうした治療を含め、放医研が開発したインターネットを利用した被曝調査をした方がよかっただろう。
 なぜなら、放医研は東日本で3次医療ができる唯一の国の機関だし、万一の時でも医療対応できるだろうから……。(放影研は、医療治療等できる機関ではない。ただ、疫学研究に実績が有り、関心もある研究機関だ。ここが関与してくることで、少なくとも、被曝した人々は、山下俊一氏に振り回されることになった。)
 もし、放医研が実施していれば、治療という意味でも、東海村のJOC事故の時のように血液検査も尿検査も国の責任で行なわれたであろう。(郡山市のように3ヶ月20日も二次検査が必要な子供を放置しておくような杜撰な検査はしなかっただろう。

 そもそも、放影研は治療という行為をする所ではなく、疫学研究ということを長年やってきた組織である。
 この視点から、被曝医療という現場的緊急性を考えれば、福島県立医科大という放射線に不慣れな地方大学が実施機関となったことは、住民にとっては適当ではなかったし、実に不運であったとも言えよう。

 こうして、福島県民健康調査は、放影研が治療というより[長期疫学研究」として、その権益を得た。(放影研は、この調査を看板に添えることで、寄付集めの手段に利用しようとすることが垣間見える資料もあった。彼等は長期調査を囲い込み、観察し、これを論拠に論文を書くことを画策していたのである。(現実に2012年には、放影研から日本疫学会の雑誌に、既に英文で論文を発表している。無論、評議員も科学諮問委員も半数は米国人なので、そちらへの報告も抜かりないのであろう。)

■人間性と対極の澱みの廃棄物的論理

 問題提起をして浪江町の調査を中止にさせたのは、前述の学会だけではなく、もっと複合的な意味を持っているようにも見える。
 様々な動きが、時間の流れと伴に同時並行的に進んでいった。
浪江町の調査には福島県だけでなく、様々な政治的背景があり、それで阻止されたのではないか。

 それは偶然の一本のながれでなく、もっと意図的な権力が絡まった流れであるように感じられる。
 まさかは……まさかでなく、事実そのもので、事実が石の塊のような力を持って住民を圧迫させ、平然と圧死までさせようとしている。

 そこには正体が見えないとぐろを巻く命を食う絶望が存在する。
 人間性と反比例するものだ。
 欲を核にしてそれは凄まじく増殖する……もはや、形容すら定かでない淀みの奈落のようなものが、県民健康管理調査、すなわち[長期疫学調査」の論理を貫通している。
 それは、闇などという美しい言葉で形容できないヘドロ状になった人間世界の廃棄物のような世界である。

 国に問題提起をして浪江町の調査を中止に導いたのは、福島県、福島県立医科大は勿論、放影研ならびに 放射線影響研究機関協議会の関係者も関わりを持っているようにも見える。放影研は、自治体がやると精度が悪くなるとまで言っている。(こだわるが、山下氏も放影研の科学諮問委員である。この時は、まだ福島県立医科大特認教授だったが、2011年7月には福島県立医科大副学長になる。)
 「福島県民健康管理調査」を福島県が仕切ることになった経緯は、山下氏を中心に、関係学会・官庁を含め水面下で様々な動きがあったことが推測できる。

 放射線影響研究所は、繰り返しになるが、3月15日には、長期的疫学調査についての検討をしていた。(放影研は、日本の厚生労働省(厚労省)ならびに米国のエネルギー省(DOE)により資金提供を DOE 研究助成金を受けている公益法人である。)
 事故後、たった三日後という早い段階で検討していたのだ。海外からの要請の声もあったと、プレスリリースで言っている。(海外とはアメリカ?放影研は、米国エネルギー省から資金を半分を受けている。日米共同機関である。)
 3月29日には、放射線影響研究機関協議会に加盟している機関に長期疫学調査の実施体制の確立を提案した。
 それは 2013年6月17日「福島第一原発事故に関する放影研の対応状況」というブレスリリースのなかで自ら触れている。これは、メールでの呼びかけだったということは放影研に確認した。)

 「長期疫学調査」の実現を乱すものは、様々な手段を使って排除する……巧みなシナリオにも見えるが、何か尻尾が見えていて、間が抜けている。
 隠蔽するなら、もっと巧みに成し遂げないと白ける。
 こうした手を打つ前に、すでに福島医科大は、学長名で一般調査中止要請を各大学や研究所充てに通達している。
 国に働きかけたのは、福島県や福島県立医科大の関係者の仕業だということは、見透かされてしまっている。(無論、そんな単純なことではなく、もっと重層的に様々な組織の利権がジョイントされて、この長期疫学調査に的を絞っていることだろうが……。)

 ちなみに、厚生労働省大臣官房厚生科学課担当者は、「福島県民健康調査」検討委員会の初代座長をしてきた人物が、甲状腺学会理事長と同一人物であることも知らなかった。(こんな状態だから、官僚を動かすことなんか簡単であろう。赤子の手を捻るようなものだ。 霞ヶ関の役人は狡猾というイメージがあったが、単に優等生で世間知らず、現場知らずの人達なのだなと思った。)
 こういう人達は、何より危機意識が欠如し危機そのものの対応ができず、かえって現場の足を引っ張る人物たちなのだと実感した次第である。
 また、この人達は担当部署をくるくる変えられるため、責任意識もない。
 申し送りもしているはずなのに、実態はそうなっていない気がする。(混乱に巻き込まれるのは、いつでも国民である。)
 たから、彼等の対応は、いつもその場しのぎで……後は野となれ山となれを繰り返し、高い退職金を得て次の天下り先に安泰に着地するのであろう。

 この国の悲劇の大元である。

 

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2014年1月 6日 (月)

原発事故後の疑問文アラカルト(10)

    県が自治体の被曝調査を中止させたのは事実だった

  
「福島県の横暴と福島県立医大の悲劇」という具体的事例を列挙した提言をインターネット上で発見した。(それは、地元事情を論理的に説明してくれていた。)

■ガバナンス学会のメールマガジンから

 それは「医療ガバナンス学会のメールマガジンから」というサイトである。
 こうした背景の謎解きをしてくれるようなので引用させて頂く。
 題は「福島県の横暴と福島県立医大の悲劇」というものだ。
 医療ガバナンス学会のメールマガジンとなっていて、小松秀樹氏が書いている。

 医療サイドから福島県の現状を記載していた。
 それによれば、福島県・福島県立医大は、浜通りの被災者から信頼されていないという。その理由として
①福島県立医大は、原発事故後、浜通りの医療機関から一斉に医師を引き上げた。
②福島県立医大は、被災地で救援活動をしなかった。
福島県は、南相馬市の緊急時避難準備区域に住民が戻った後も、法的権限なしに、入院病床を再開するのを拒否し続けた。
④福島県立医大副学長に就任した山下俊一氏は、原発事故後早い段階で、過度に、安全・安心をふりまいた。
 
子供の被曝を助長した可能性があると親たちから恨まれた。被災地の住民の中でリコール運動が起きている。
⑤福島県・福島県立医大は、放射線被ばくについての被災者の不安が強かったにも関わらず、健康診断や健康相談を実施しようとしなかった。
 
しびれを切らした市町村が、県外の医師たちに依頼して健診を始めたところ、県はやめるよう圧力をかけた。
 急がないといけない場所についても、県は除染を開始しようとしなかった。このため、市町村が外部の専門家と一緒に除染を開始した。
⑥福島県は、健診に一切寄与しなかったにもかかわらず、地元の市町村が独自に行った健診結果を県に報告せよ、ついては、個人情報を出すことについての了解を地元で取れと指示した。
地元の病院には、甲状腺の専門家や甲状腺の超音波検査に習熟した技師がいない。そこで、地元の病院の院長が、他県の専門機関の協力を得て、小児の甲状腺がんの健診体制を整えようとした。
 講演会や人事交流が進められようとしていた矢先、専門機関に対し山下俊一氏と相談するよう圧力がかかり、共同作業が不可能になった。関係者はこれまでの経緯から、福島県が横やりを入れたと推測した。
⑧福島県立医大は、学長名で、被災者を対象とした調査・研究を個別に実施してはならないという文書を各所属長宛てに出した。
 
行政主導で行うからそれに従えとの指示である。
⑨福島県・福島県立医大は、住民の生活上の問題や不安に向き合おうとしてこなかった。福島県の健康調査について、住民は、実験動物として扱われていると感じ始めている。

 ここに、福島県ならびに福島県立医科大の背景が記述されている。それにしても、これが実態なら、県も医大両者とも、正道の反対の極悪人みたいに見える
「福島県・福島医大は、住民の生活上の問題や不安に向き合おうとしてこなかった」
そうである。 すなわち、「倫理指針」に書かれているインフォームドコンセント等何も果たされていなかったことになる。
 また「健診に一切寄与しなかったにもかかわらず、地元の市町村が独自に行った健診結果を県に報告せよ」と指示したとか……。
 地方行政のトップとして、余りに権威を履き違えている。

 さらに「福島県・福島県立医大は、放射線被ばくについての被災者の不安が強かったにも関わらず、健康診断や健康相談を実施しようとしなかった。しびれを切らした市町村が、県外の医師たちに依頼して健診を始めたところ、県はやめるよう圧力をかけた」そうである。
 極めつけが、「福島県立医大は、学長名で、被災者を対象とした調査・研究を個別に実施してはならないという文書を各所属長宛てに出した。」という事実である。

 やはり、市町村が県外の医師達に依頼して行った健診を、福島県及び福島県立医大がやめるように圧力をかけたのは事実だったようだ。

■国から調査中止命令発布

 2011年5月16日付けで国から止めを刺すように、各大学宛に通達が届いた。
 文部科学省研究振興局ライフサイエンス課厚生労働省大臣官房厚生科学課両者名の通達である。
 この文書には興味深い理由が述べられている。

 彼らに言わせると「これらの健康調査は倫理的配慮を欠き、被災者にとって大きな負担となっているものがある。関係学会等からも問題提議がなされているところである。」となっている。
 しかし、この時点で、まだ公的に倫理委員会などは立ち上がっていない。
 にもかかわらず、何故この関係学会は、問題提起をするのか。

 放射線ヨウ素の半減期は八日である。
 本来ならば、早く検査しなければ、甲状腺被曝はできなくなる。(それゆえに、自治体も被曝者も不安を募らせたのだろう。早くしなければ、初期データーは分からなくなる。にもかかわらず、県も国も「調査を止めろ」というのだ。)
 
  両省庁の言う関係学会等とはどこなのか……関係学会等の問題提起とは何なのか……5月時点でまだ、倫理委員会も開催されていないにもかかわらずである。(もし、倫理という言葉を使用するならば、5月時点で、まだ福島県民に対して何の検査も実施していないことの方が、余程、倫理的に外れた行為のように思えるのだが……不思議な発言である。)

 浪江町毎時270~330μ㏜という数値は、それだけで脅威的数値であろう。浪江町の住民が不安になるのは当たり前であろう。
 それにしても、この関係学会とはどこなのか……彼らは、なぜ問題提起をするのか……。
 
 この間、県や国は自治体に変わって検査をしたかと言えば、何もしなかった。
 それどころか、子供たちの放射線ヨウ素初期被曝に関わる重要な検査を中止させようとした。
 被曝したかもしれないと不安にかられた浪江町の住民のために、また、住民に被曝させてしまったかもかもしれないという危惧と責任を感じて自治体が動き、弘前大学に検査依頼したであろう、その検査事態を中止させたのである。

 まず、県が止めた……続いて、福島県立医科大が止め最後には、国まで止めた?
(調査をすることを避けたかったのではないか……真実の数値を測定されては困るという論理はなかったか……何故なら、真実の数値を知ったら治療を受けてしまうか、福島県から即刻避難してしまうからである。山下俊一氏、及び関係学会が知りたい精度の高い長期疫学研究ができなくなるからではないのか。実態と数値の意味を知っている科学者や医師は、真実を知っているはずである。そして、彼らの倫理観こそが、問われることになる。)
 

 5月16日 文部科学省ライフサイエンス課厚生労働省大臣官房厚生科学課から通達まで出された。
 その内容は左記の通りである。
………………………………………………………………………………………………………………
事務連絡
平成23年5月16日
関係試験研究機関
大学等
関係学協会
御中
                       文部科学省研究振興局ライフサイエンス課
                            厚生労働省大臣官房厚生科学課

(被災地で実施される調査・研究について)

今般の東日本大震災による被災地域において、被災者に対する様々な健康調査・研究が実施されているが、これらの健康調査・研究の中には、倫理的配慮を欠き、被災者にとって大きな負担となっているものがある

自治体との調整が十分図られていないもの等が見受けられ、関係学会等からも問題提起がなされているところである。

ついては、被災地における被災者を対象とした健康調査・研究を実施する場合には、下記について遵守されるよう留意されたい。

1 「疫学研究に関する倫理指針(以下、疫学指針)」が適用される疫学研究を実施する場合等においては、疫学指針等にのっとり、当該研究計画について、倫理審査委員会の審査を受け、研究機関の長による許可を得るなど、適切な対応を行うこと。

2 被災者を対象とする調査・研究は、当該被災地の自治体と十分調整した上で実施すること。また、調査・研究の結果、必要と考えられる被災者には、適切な保健医療福祉サービスが提供される体制を整備する等配慮すること。

3 対象となる被災者に過度な負担とならないよう、対象地域において行われている調査・研究の状況を十分に把握した上で、重複を避け、必要以上に詳細な調査・研究が行われることのないように配慮すること。
………………………………………………………………………………………………………………

 県が、最初に圧力をかけてきた。
 そして福島県立医大からも、学長名で、被災者を対象とした調査・研究を個別に実施してはならないという文書を各所属長宛てに出した。
 そして、県は止めを刺すように国を動かし、国の威信でこの事務連絡が出された。日付は2011年5月16日である。

 県が中止をかけた調査というのは、先の浪江町津島地区での弘前大被爆医療総合研究所が、昨年4月12~18日住民ら62人を対象にした放射線ヨウ素の被爆調査のことも指すのだろうか。

 この調査では、47人から放射線ヨウ素131が検出された
 ほぼ70パーセントである。
 このうち、甲状腺に与えた放射線の等価線量で一番高かったのは、成人33㎜㏜であった。これを乳幼児に換算すると最大値63㎜㏜になると床次教授は数値をはじき出した。

 この浪江町津島地区というのは、文部科学省のSPEEDIのデーターの公表が遅れたため、大量の放射線を住民が浴びてしまったという地区でもある。
 そうした背景を抱えての自治体の独自の調査であった。
 それを県が止め、福島医科大が学長名で止め、最後は国が止めた。

 しかも、この通達を出したのは文部科学省研究振興局ライフサイエンス課厚生労働省大臣官房厚生科学課である。

■両課とも学会と縁がありそう……

 もとより文部科学省研究振興局厚生科学課ライフサイエンス課事態、研究事業を助成する課のようである。
 生命プログラム現科学技術、革命的がん治療等に関する研究などの助成をしている課なのである
 なにしろ研究振興局なのであるから……(文部科学省は、学会を認可する省庁でもある。日本甲状腺学会は、同省から認可されていない。)
 この課が、通達を出す意味は「世界的規模の長期疫学調査に素人が手を出すな!」という警告をこめているのかもしれない。

 一方、厚生労働省大臣官房厚生科学課とは、元はここには危機管理室があった。原発事故当初は、ここに「放射線健康管理担当参事官室」という課があって、健康相談等にも当たっていたという。
 しかし、今は原発事故は公害と捉え、環境省に移管されたそうだ。(どうやら、この環境省移転の動きは、当時細野氏が環境大臣になったことと関係があるらしい。同氏は、自身のブログで、このあたりの事情についても書いている。現在の原子力規制庁を作ったのも、その人事を設定したのも同氏。その経緯についての詳細は、同氏のブログに記述してある。)
 では、今は何をしているかというと、危機管理室はテロのみ。そして、厚生科学課は研究に対する助成等をしているとのこと。(これは、同課に確認したことだ。)
 両省とも、学会との関係がタイトな条件にあると予測できる。

 話はそれるが、確か厚生労働省は、元厚生省の時、戦犯を秘密裏に靖国神社に祭っていた省庁でもあった。(なぜ、戦犯を靖国神社に奉納してしまうという仕事を同省がするのか分からないのだが、要は命に関することは、みんなこの省が執り行うということか? とりあえず、現在のややこしい事態を招いた原因作りを、この省庁が過去に行っているのである。)

 しかし、同省庁が、第二次大戦に人体実験に深く係わった機関であったことも事実らしい。
 ここでは長くなるので深くは触れないが、広島原爆投下後ABCCと共同で調査をしていたのは国立予防衛生研究所であり、ここは、いわく因縁つきの731に関与した医学者を幹部にした元厚生省直轄の政府機関であった。(どうやら、この辺りが元厚生省と戦犯の合祀という行為と関係があれそうである。)
 そして、この跡を引き継いだのが、放射線影響研究所であり、その所管も厚生労働省である。

 国立成育医療センター厚生労働省の所管である。
 この病院は、かつて陸軍病院であった。(小児内分泌学会理事長横谷進氏は、国立成育医療センター生体防御系内科部の部長であすか製薬の供給窓口になったT4委員会委員長でもあった。同学会には、文部科学省厚生労働省から「福島県健康調査」に協力し、リンクを貼ってくれるよう依頼された旨メールニュースで伝えている。)
 T4委員会の事務所も同医療センターに設置されたので、この委員会が、あたかも厚生省が旗振りして設置した委員会のように見えてしまった。(本当は、任意団体の日本甲状腺学会山下俊一氏がプロジュースした委員会に過ぎなかったのだが……。この詳細は、甲状腺患者から見えた原発事故というブログに詳述した。)

 福島県福島県立医科大から調査のストップがかかったのはいつだか不明である。
 多分、弘前大被爆医療総合研究所床次眞司氏のスクリーニング検査が行われた4月12~18日前後であろうと推測できる。
 ともあれ、こうした行為をしたことは、ガバナンス学会のブログ、また毎日新聞の報道で事実であろう。

■国の通達と「県民健康管理調査」とはリンクしている

 一方、2011年5月13日ふくしま健康調査検討委員会(仮称)準備会が福島県立医大で開催された。(これは前述もしたが、非公開の会議で、プレ秘密会議である。)
 2013年6月17日放影研が、プレスリリースにおいて報告しているし、毎日新聞日野記者の本の中でも触れられているが、この会議で様々な混乱があったらしい。それは水面下で行なわれており、表面的には見えない。情報開示でもしない限り分からない。
 しかし、日野記者が情報開示をして分かったことは、国からの指示で行われていた放医研のインターネットを活用して被曝調査をするシステムは、県と県医師会の猛反対によって座礁に乗り上げてしまうということである。そして、開発費1000万円は無駄になった。この会議を分岐点にして、福島県が県民健康管理調査の実施機関となることが決まったようである。)
 そして、国の関係官庁からの通達は5月16日であった……すなわち、この非公開の準備会以降ということになる。)
 同年5月27日、第1回「県民健康管理調査」検討委員会が福島県自治会館で開催され、県民健康調査を行うことを福島県・県立医科大学が公式に発表したわけである。

 国の通達は5月16日である。そして、この通達を出すのは厚生労働省と文部科学省である。(両省庁とも福島県民調査のオブザーバーとして関与している。この間、両省は、この県民調査の協力のために、あちこちの学会にリンクを貼ってくれるよう要請している。)

 とすれば、この国の通達の裏側には、福島県ならびに福島県立医科大の関与があったと見ることの方が自然だろう。
 すなわち、先のガバナンス学会で紹介したように、行政がやるから手をだすな!という警告である。

 では、では、国にまで働きかけたのは誰で、どこの学会か……私は、今迄の経緯から山下俊一率いる日本甲状腺学会および内分泌関係学会ではないかと予測した。
 この国の通達の文言が気になった。何故、わざわざ関係学会が問題提議している等と言い出すか……何の問題提議か? 私には、その学会がどこか知りたかった。

 しかし、予想とは異なり、問題提起をしたのは日本疫学会、日本学術会議、精神神経学会であったということが分かった。
 そして、この学会には、福島県立医科大と深く係わっていた関係者がいたことが分かった。

つづく

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2014年1月 4日 (土)

原発事故後の疑問アラカルト(9)

                  
                                   閑話休題


 甲状腺からリンパに転移して、それが肺まで転移することがある。
  すると、どうなるのか……血を吐く……

  NPO法人「チェルノブイリのかけはし」の野呂氏が、ベラルーシを訪ねた折、 チェルノブイリの医師は言った。
「ベラルーシでも初期は甲状腺の全摘出をしなかったので15名の子どもが亡くなっている。自死した子どもたちもいる。」

「肺に転移はあるのですか? 肺に転移したらどうなりますか?」
  野呂氏は重ねて聞いた。
「血を吐き、助からないこともある。」
 肺に転移したら……助からないこともある。
 現に、ベラルーシで15名の子供が亡くなっている。

  ハイパーレスキュー隊の一人も血を吐いて死んだそうだ。
 Uチューブで、山本太郎氏の講演会に参加していた女性が語っていた。
 大阪の友人だった。
 7月に内部被曝が分かって何度も血を吐き、最後は腎不全で死んだという。
 レスキュー隊員の内部被曝は決して低線量被曝ではなかったろう。
 たった、三ヶ月で逝ってしまったのだ。

  小児甲状腺癌は乳頭癌というものは放射線誘発癌だといわれる。
 大人の乳頭癌と違い、子供の癌は進行が早く、肺やリンパ節に転移がある。
 肺に転移したら、血を吐き、助からないこともある。
 ハイパーレスキュー隊員の死因は、甲状腺癌の転移だったのだろうか。
 血を吐き、最後は腎不全で死んだ。
 短期間のうちに……亡くなった。

  その女性は、レスキュー全隊員が内部被曝したと言う。
 公開の場で発言しているのだから、嘘は言わないだろう。
 その女性も怒っているのだ。
 福島第一原子力発電所の水素爆発時には、高線量だった
 そして、 分かっていることは、彼等が内部被曝したということだ。
 それでも、誰も被曝で死んでないと政府の幹部は言い
 現政権は「原発は基盤となるベース電源」と位置づけてしまった。

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年の始めの怒りの詩

          プリテンダー

血を吐いたら助からないこともある
呼吸して喉を通過した放射線ヨウ素は
甲状腺を破壊し
リンパに転移肺へ到達
肺まで攻撃される
そして
血を吐いたら……いずれ死ぬ

美しいスーパーレスキュー隊はどこへ行った?
血を吐いて死んだって本当?
放射能に殺されたって本当?
あの美しいヒーローの一人が…
死んだ?
誰も語られないまま…
私達のために戦ってきてくれたのに…

指示した者は
また新しいレスキュー隊を再編し
高線量の最中、緊急対応時をさせるのか
駒のように捨て……
また 血を吐かせて死なすのか

指示した者は
ただ、後退して生きている
その時は多少の涙と
若干の良心も疼いたけれど
都合よく忘れる
幸か不幸か
加齢が記憶を遠ざける

命令するものは
自らを幻想の額縁に閉じ込めて
たらふく食べて命を殺す
歴史を捏造していく
かく 伝説は流れ
かく 捨て駒たちは忘れ去られる

こうして歴史は同じことを繰り返す
汚染水は放置されたまま
海を汚し 地下水まで汚す
31の核種の放射能は
果てなく漂いながら
自然を変え汚染を広げる
毒だらけの地球にすること…
それが支配者たちの必然だったのか

「麗しき自然」
「美しい国」と舌で転がしつつ
虫を殺し 小鳥を殺し
DNAを破壊する
自分だけ生き延びようとして
結局 命を破壊する
人間も自然の一部であろうに

かく伝説は流れ
支配のシステムは
歪んだまま
伝統というお仕着せの人形を躍らせる
時間稼ぎのために
時間稼ぎに結論を逃がす
いつものこの国の儀式
かく 会議は踊り
私達は被曝し血を吐く
危機の只中にいるというのに
誰も責任を取らない

にもかかわらず
指示した者は何をしたのか
指示したプリテンダーは太って生きている
ある者はラドン療法で幻想の只中
ある者は金塊につまづき
ある者は腎臓移植をし
ある者は心臓手術で復活した
本当は みすぼらしい支配者

どんなに立派な背広を着て
どんなに高価な時計をはめ
どんなに高級タイを絞めても
いかがわしい肢体は丸見え
虚勢を張っても
中身は空洞
張子の虎
本当はみすぼらしい指導者たち

美しい人々
あなた方は殺された
無責任な金の亡者に
清らかな子供達
あなた方も遺棄されている
この麗しいはずのこの国で
この海に浮かぶ小さな島国で
虐げられている
みすぼらしい指導者によって…

社に眠る玉砕された命たちも
正義感顔した時のプリテンダーに殺された
欺瞞の過去がまた現代に蘇る
同じことの繰り返し
聖戦の名の下に 命が生贄に捧げられる
そして
怨念の亡霊
がモーニング姿の男たちに憑依する
一刻も早く黄泉の国へ立ち去るがいい

この国の曖昧さを拒絶せよ
この国の怨念を搾り出せ
秩序と平和の嘘
ささやかな幸せの曖昧さ
その裏で
金の亡者が子供の命を食らい
子供の生き血を吸っている
跋扈するモーニング姿の黒い男たち
眼を開き見なくてはいけない
この現実を
もし目があると言うのなら

血税は秘密法により秘密のマントに隠される
黒いモーニング姿の男たちの支配に使われる
己の権益を保持するために
喪服を民に着させるために
紳士顔したモーニング姿のプリテンダーは
自国の羊たちを柵の中に閉じ込める

モーニング姿の黒い男たちは
亡霊に取り付かれている
人間でないから心の涙は見えない
苦しみに身を置いたことなどないから
苦しみの悲鳴などは聞こえない
かくて 人々の涙の跡は消えない
この島国は 人々の涙で溢れる

世界は結託してホロコーストの網を広げた
食料と空気の奪い合いは始まった
一部の人間の利益のために
麗しい自然までも囲われた
ケムトレイル…
空からジェット機で毒をまく
ワクチンの中に毒を潜ませる
なぜ?
病人を作り出すため…
なぜ?
人口を減らすため…
あるいは 薬で一儲けするため…
メディスン狂詩曲が始まっている

かつて 薬は人の命を救った
今は人を殺すために使われようとしている
命を抹殺するために利用されようとしている
戦いはすでに始まっている
プリテンダーたちは人間性などは
とうの昔に失っていた
大儀の意味すら喪失している
亡霊に憑依されているから

赤子は足手まとい
雑多な命は余分なもの
虫も小鳥もみな殺し
人間すら平然と殺す
庭の片隅から
バッタもトンボもカマキリも消えた
人間も自然の一部なのに
黒いプリテンダーたちは
その意味すら分かっていない
静寂の静かな死が始まる

未来の友よ
もしあなたに目があるならば
事実の姿を見つけだせ
黒いモーニング姿のマインドコントロールから逃れよ
すべてのジュネーブから
平和と調和を口にする偽善から
科学の巨大な高層ビルから
迷路の絡まる高速道路から
逃れよ
それらは すべての罠

科学は支配者に都合よく変質されて
ロボトミーを受諾した者だけが生き残る
隷属した者だけに生存のパスポートが渡される
陽は差さない
陽は西に傾いたまま
世界の国々に苦難を託す
愚かな人類は自ら災害を引き寄せた
科学振興によって
自然を凌駕しようとして
詰まらぬ欲望に隷属された

陽は差さない
陽は西に沈んだまま
汚染水にまみれたままこの国は漂う
答えも出せないまま
世界も また迷宮の迷路に突入してしまった
名誉や金銭や支配等のあらゆる欲のために
自らの科学信仰のために
自らの未来を囲んでしまった
囚われた未来の子供達

何度も箴言が発せられていたのに
欲呆けしたモーニング姿の男たちは
感性と知性を失っていた
その狭間に悪霊が忍び込んだ
そして
プリテンダーたちは平然と生贄を捧げた
陽は差さない
亡霊を黄泉の国に閉じ込めないかぎり

幹も根もないまま
体制そのものに不可解さのネットが張られる
この島国は アクロバットなまま虐げられてきた
怪しいモーニング姿の紳士面した輩に
そのプリテンダーたちの作り出した模造品に
決別する時が来た

もう 隷属する民になってはいられない
モーニング姿のプリテンダーの亡霊は不要だ
真実の目を引き寄せ
現実を冷徹に見つめよ
もし 眼があるのなら…
嘘だらけの情報網の網目を断ち切ろう

未来の友よ
あなたは生きよ
曖昧さをクリアさに変えて
怒りの松明に火をつけよ
奈落の闇の底から這い上がり
虐げられてきた真実の木の実を拾ってほしい

ピラミッド社会
それが、プリテンダーの望み
けれど命がなければ支配者も取り付けない
息すらできない空気のなかで
命はどのように生きるのか
母なる大地を毒の凶器で汚して
どのように草木が゛育つのか

もはや
金塊はただの土塊
お金もただの紙切れ
ダイヤモンドが永遠?
永遠のものなど何もない
もしあるとするなら
崇高な魂
透き通ったまま転生するもの
普遍の真実
予言は成就された

現実は儚い幻想
すべて 歴史の中に閉ざされる
美しき人たちよ
だから絶望などすることはない
清き子供たちよ
あなたの涙は救われる
だから 惑うこともない
もう哀しみの裳すそを引きづることもない
こんな現実は いつでも砕かれる
誰も永遠という存在に勝てはしない
時間は続き 
偽造された人の歴史だけが手元に残る

しかし
未来の友よ
歪んだ現実を継承するあなたは
きっと 人類の愚かしさを体現してくれるだろう
絶望の奈落に存在しているだろうから…
真実の姿が見つけやすいだろうから…
最大のマイノリティになるかもしれないあなたなら
真実の木の実を
立派な大樹に育ててくれるだろう
暗闇の奈落の糸を
たとえ微かでも
希望の糸に紡ぎ変えてくれるかもしれない

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2014年1月 3日 (金)

原発事故後の疑問アラカルト(8)

      「東日本大震災空白の初期被爆消えたヨウ素131を追う」

■浪江町セシウムとヨウ素の比率から放射線推測

 2013年1月12日 NHK特集「シリーズ東日本大震災空白の初期被爆消えたヨウ素131を追う」において、浪江町が独自に購入設置したホールボディカウンターで受診した県民5489人の検査記録から、初期被曝の放射線5489人中ヨウ素の値を割り出せないか、弘前大被曝医療総合研究所 床次真司教授に依頼した。
 セシウムとヨウ素の比率から先に測った62人のデーターを参考に、住民の放射線ヨウ素を割り出そうというのである。
映像は、そのプロセスを追いかけていた。

 床次氏は、2011年計測した62人のデーターを元に、セシウムの対比で甲状腺被曝の数値が測れないか試算した。手がかりは比率だった。
 「ヨウ素セシウム比でやるしかない。」ということになった。
5489人中125人からセシウムが検出された。うち、18歳が一人いた。
甲状腺等価線量を割り出した。

 12月試算結果が出た。最大値は70代女性で33ミリ。18歳で4ミリ㏜だった。幼児はいなかったが、子供の甲状腺等価線量は、50ミリを超える可能性を床次氏は示唆していた。
(しかし、同氏は同月1月12日記者会見を行い、その数値を変え、そして「安全上問題ない」とした。NHK特集が放映されたのが2013年1月12日、しかし、同日記者会見で数値を変えた。その理由は、よく分からない。)

(共同通信)が、2012年7月12日この辺りの事情を書いている。
 「弘前大被ばく医療総合研究所(青森県弘前市)床次真司教授のグループは12日、福島県の62人を対象に、東京電力福島第1原発事故で放出された放射性ヨウ素による内部被ばく状況を調査したところ、最大で甲状腺に33ミリシーベルトの被曝をした人がいた。」と発表した。
 62人のうち46人の甲状腺から放射性ヨウ素を検出したが、国際原子力機関が甲状腺被ばくを防ぐため安定ヨウ素剤を飲む目安としている50ミリシーベルトを超えた人はいなかった。

 床次教授3月62人2011年3月12日に被ばくしたと仮定し、最大で87ミリシーベルトの被曝があったと公表していたが、福島県飯舘村のモニタリングデータに基づき、同月15日の午後1時~同5時の間に被ばくしたと条件を修正、再解析した。(後略)」

(どういう訳か、床次真司氏は、今年11回から「福島県民健康調査」の検討委員会の正式メンバーになった。ちなみに、福島県立医科大教授安村誠司氏の出身大学は、弘前大学である。自分の調査を中断した福島県立医科大の[長期疫学調査」に参画したのは、研究者としての性癖なのだろうか。真偽程は分からない。)
 
 この安村誠司氏は2013年より日本疫学会の理事になった
 原発事故直後の4月浪江町の調査を止めるよう国に働きかけた学会に、この日本疫学会の名前が挙げられていたのも妙な因縁ではないか。(この学会は、現在でも福島県立医科大の教員の募集をしている。なぜ、同学会が、何のいわれで、福島県立医科大の募集をするのか……安村氏が理事故ではないのか。)


■原発事故後の浪江町放射線ヨウ素の調査

  線量の高かった浪江町津島地区では、住民の深刻な危惧もあり自治体独自で、弘前大被爆医療総合研究所 床次眞司氏に依頼し、原発事故後2011年4月12~18日住民を対象にヨウ素による被爆量を測定した。

 
この調査が、ある意味、精度がある機器(ガンマ線スペクトロサーベイメーター)によって唯一測定された甲状腺検査だったとも言える。
 
しかし、これは、62人で終わってしまった。
(それでも、46名から放射線プルームα線が検出された。七割の人々が、放射線を体内に取り込んでいた。そのうち、一番高かったのは40才成人男性で33ミリ㏜だった。)
 
しかし、検査は5日間で終了してしまった。終了させられたとも言える。
 
  県がストップをかけてきたのだ。その理由を、県は「不安をあおる」と回答した
 県地域医療課の担当者は、「やりとりの詳細は記憶にない。 弘前大以外にも、県の災害対策本部として『住民の心情を察してほしい』とお願いしてきた。」と、毎日新聞の取材には答えている。
 さらに、こうも要請したとか……「環境の数値を測るのはいいが、人を測るのは不安をかき立てるからやめてほしい」と。

 この記事を書いた毎日新聞日野行介記者が、9月「県民健康管理調査の闇」という本を出版した。
 ここで日野氏は、この辺りの事情を詳述してくれている。
すなわち、先の浪江町の甲状腺検査を、県と福島県立医科大がストップをかけたのも、県が県民調査を県側で実施しようと準備を始めていたからのようだ。(日野氏によれば、右上に「部外秘」と書いてあるという。同医科大は、秘密が好きらしい。)
 
 
それによれば、2011年5月13日ふくしま「健康調査検討委員会準備会」というものが開かれ、ここで福島県立医科大がまとめた県民健康調査の原案が示された。
 同県民健康管理調査は、福島県・及び福島県立医科大が実施機関に傾いていくもターニングポイントになった会議だったようだ。

 しかし、経緯をもう少し詳細に辿れば、放射線影響研究所では原発事故直後3日後3月15日には「住民の長期疫学調査が行われる場合は、調査の有りかたについて検討を開始していた。」と同研究所の2013年6月18日の「プレスリリース長期疫学調査への協力」という項目で報告している。
 県立医科大では、原爆放射線の研究をしている日米共同機関放影研が施している成人健康調査をベースに、同医科大の安村誠司氏がまとめたようだ。
 

■放医研は3月末よりウェブベースのシステムを開発していた


  実は、原発事故直後3月末、首相官邸の指示により、かつてJCOの臨界事故で住民の被曝線量測定した放射線医療研究所(放医研)が中心となって、具体的な方法の検討を始めたという。
 放医研は事故後の行動を打ち込むだけで、どれだけの外部被ばくをしたか推計できるシステムを開発していた

 まず、文部科学省に被曝の評価をするよう指示があった。
 放医研明石真言理事、4月26日福山元官房副長官にウェブベースのシステムを制作する方針について説明しても、特に異論は出ず開発は進められていったという。

 しかし、放医研は前述の2011年5月13日福島健康調査検討委員会準備会で、この説明をしたところ「住民の不安をあおる」と反対意見が出され、結果、放医研のシステムの公開が延期になったという。
 この時、「住民の不安をあおる。」として、反対したのは、県と地元医師会だったという。浪江町での検査に介入した県の言い分と同じ発言をしたのだ。
  
 放医研
は袋叩きに合う程非難されたようだ。
 その人物が地元医師会理事でもあり、11回から小児甲状腺検討委員会の新座長になった星北斗氏であったとか…。(これも、毎日新聞の日野氏に書かれていた。)
  県民に寄り添うようなスタンスで座長になったかに見える同氏だが、氏は山下氏が座長を務めていた時からの検討委員の一員であり、先行調査の担当研究員の一人でもある。開かれた新検討委員会を演出しながら、スピーディに県民の不安に答えられそうなシステム導入を潰した一人でもあったようだ。

 放医研の所管は文部科学省であり、税金で賄われているという。
 このシステムの開発に1000万位の開発費が投じられていた。(しかし、5月13日の福島県立医科大で非公開に行なわれた会議で、福島県側からの「不安をあおる」という反対でお蔵入りになった。)

 地元の強烈な反対で、県民の便宜を図ろうと開発した国のウエブ上の被爆システムは、こうして頓挫した。
 放医研は、このシステムの実施し予告を5月13日福島健康調査検討委員会準備会と同日に、ホームページに掲載したと日野氏の本には書いてある。(福島県立医科大で準備会が行なわれた同日に、放医研は、わざわざホームページに掲載し、全国に周知してしまっているのだ。これは、放医研も後へは引かないという意味が込められているのだろうか。この経緯は、実に謎に包まれている。どうやら、放医研の所管の文部科学省が、福島県と同医師会の反対にあい、同県の協力がないといずれにしても難しいと、それ以上踏み込まなかったようだ。)

 税金の投与までしたシステムを中止した経緯について、放医研5月20日ホームページに「システムの問題を理由に延期」を掲載した。
 その後コメントもなく、12月になって、「福島県民健康管理調査で使用することをホームページに掲載した。」と放医研は発表した。
 この間の経緯についての公的コメントはない。
 開発費という税金を1000万円も使っているにもかかわらずである。

 この経緯について、電話確認すると、法医研は、開発費の1000万の件は認めた。さらに、日野記者からの取材は受けたこと、本の内容について私が説明すると、その内容についても概ね認めた。
 同ウェブ上の被爆調査がお蔵入りになったことも、一応は認めた。
 ただ、私の「開発費として多額の税金を使いながら、なぜ一本化がもっと早期にできなかったのか」との問いに、放医研企画部研究倫理企画支援室の担当者K氏は、こう弁明した。

 現在でも「県民健康管理調査の一員として調査に係わっている。また、開発費1000万円については無駄にした部分もあるが、それは他で活用していると思う。」と答えた。
 私は「結果、税金が無駄になったではないか。」と反論し、経緯について尋ねた。すなわち、「放影研は原発事故後三日で長期疫学調査に対応できるよう準備を始め、3月29日には大久保理事長から放射線影響研究機関協議会の加盟機関に、長期疫学調査を実施する体制の確立を呼びかけたと2013年のプレスリリースに書いてある。御放医研も、この加盟機関だと思うが?」と確認すると「そうだ。」と回答。
 「ここには、4月2日に「福島県立医科大で同協議会が開かれた。」と書いてあるが、御放医研も参加したのか?」と聞くと、そう書いてあるなら、参加はしたと思う。」との回答だった。

 放医研は、私が何に基づいて言っているのかと、そのニュースソースを聞きたがった。電話で対応しながら、K氏はパソコンで放影研の画面を捜しているようだったが、なかなかソースに辿り着けず、長電話になった。
 ともかく、放影研のこのプレスリリースについては初耳だったようで、私に指摘されるまで、こんなリリースが出ていたことすら知らなかった。

 私がこだわったのは、内閣官房から被爆調査が放医研に指示されたという事実を4月2日福島県立医科大における協議会において、広島大、長崎大、放影研、放医研で構成する同協議会が共有していなかったのかということだ。
 常識的に考えて、そうした情報が協議会内で共有されていなかったという方がおかしい。内閣官房から文部科学省を中心に、住民の被爆線量と健康調査を始め、放医研に要請していた調査だ。言わば、公的な意味を持つものだ。
(私は、放医研に、「このウエブ調査の立ち上がりは3月下旬と日野記者は書いているが、正式にはいつだったのか調べてもらいたい。」と要請した。)

 放医研の調査は文部科学省が関与し、公的な意味合いが強いものだった。 
 にも拘わらず、福島県は、4月中旬位から福島県地域医療課を中心に内堀副知事の指示で健康調査の検討をし、4月下旬には、その枠組み案を作成したという。これは、毎日新聞日野記者の本に書かれていることだ。
 
 国が健康調査を主導しようとしたのに、その事実を知りながら、福島県は、健康調査の検討をしている。
 福島県立医科大は、放射線に関しての経験もスキルもないにもかかわらずだ。ただ、分かっていることは、3月18日から県のアドバイザーとして同協議会所属の長崎大山下俊一氏が、福島県知事から任命され、4月1日付けで福島県立医科大副学長として任命されている。

 山下氏は放影研の科学諮問委員会の委員であり、放影研に助言できる影響力を持っている。
 同氏は、4月7日には首相官邸原子力専門家の一人でもある。この間、4月25日には、福島県立医科大の視察団が放影研を視察している。この視察によって、今までの放影研のスキルを学んできたに違いない。
 (先述したが、「県民健康管理調査」は、原爆放射線の研究をしている日米共同機関放影研が二年に一回実施している成人健康調査をベースに、福島県立医科大の安村誠司氏がまとめたという。ここに、放影研と福島県立医科大の強力なジョイント体制が出来ている。というよりは、放影研は、同医科大の後ろ盾のようにも見える。見方を変えれば、これは放影研の放医研に対する挑戦であるかのようにも見える。)

 国は、放医研を通じて、ウェブ上で被曝測定を出来るシステムを準備していた。しかし、福島県や同医師会は「不安をあおる。」と猛反対をしたという。
 住民を放置し、何の手立ても講じないまま福島県民を被曝させたのは、当の県ではないか。
 SPEEDIの件然り……放射線検査を医療機関からシャットアウトし、近隣の隣接県ですら、福島県知事の命令があるから検査できないという報道もあった。(事実、現在でも県民は、県内病院で甲状腺検査も血液検査も受けにくい状況にある。それは、福島復興再生特別措置法の第26条で、福島県が「健康管理調査」を行なえるということが認められているからだ。2012年3月に発布されている。この縛りのために、福島県民の自由は、蹂躪されている。)

 住民は、すでに不安であった。
 にもかかわらず、なかなか検査体制が整えなかったのは、他でもない福島県と福島県立医科であろう。
 それゆえ、やむを得ず自治体が立ち上がった。それが、山形大学に依頼して実施した、浪江町の放射線ヨウ素の検査であった。
 それを県と福島医科大が阻止したのだった。(住民の不安をあおっているのは、むしろ福島県ではないか……その言葉を県に返したい。)
 地元医師会と県と放影研は一致協力して、福島県民を囲いこみ長期疫学調査の土台作りをしたのではなかったか…。
   
 放射線影響研究所では、原発事故直後3月15日に「住民の長期疫学調査が行われる場合は、調査の有りかたについて検討を開始した。」と言っていた。原発事故後、たった三日後である。 放影研でのターゲットは「住民の長期疫学調査」である。最初からその目的は決まっている。
 そして、この放影研の科学部門委員の一人に山下俊一氏の名前がある。(同氏は内閣府の八名の専門委員の一人でもある。)
 
 重ねて言うが、放射線に関して、福島医科大に実績もスキルも経験もなかった。放影研の指導とノウハウがなければ何もできなかったはずである。従って、放影研の指導を受けながら、実施機関になった。
 これも放影研の資料では、5月25日以降、何度も福島医科大および県関係者は放影研詣でをしている。
 ここまで、同医科大を後ろ盾になって取り込もうとした放影研の意図は何かと言えば、既得権益であろうと想像がつく。そして、それは日が経つにつれ明確になってくる。

 放医研は文部科学省の所管…一方、放影研は厚生労働省の所館…この対立もなかったとは言えない。(この調査が、県民のための公的な調査であるにもかかわらず、何か経緯が透明ではないことも気にかかる。)

 ともかく、こうした背景経緯のなかで、浪江町の放射線ヨウ素の初期被曝を測定する貴重な機会は、永遠に失われた。
 このことだけは、事実である。
 そして、こうした経緯が作為的であったらしいという疑問は、様々なところに、その綻びを見出せるのである。

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2014年1月 2日 (木)

原発事故後の疑問アラカルト(7)

       
    10,000cpmを超えた件数は1193件報告されている

  
  原発事故直後三月末、国はいわき市川俣町、飯館村に住む0~15歳を対象に甲状腺被爆の簡易調査を実施した。
 
 毎日新聞の昨年二月の報道によれば、いわき市の子供が最高甲状腺被爆35㎜㏜という数値が出されたが、基準を超えるケースではなかったとされた。
 しかし、使用された測定機にヨウ素の量を特定する機能はなかった。

 原子力委員会は政府の原子力災害対策本部に、甲状腺モニターを使った追跡調査を提案したが、実現しなかった。
 その理由は「モニターは重く運搬が困難」「本人や家族、地域に不安を与える」というものだった。(これも、その経緯について国会で追及されたが、原子力安全委員会は何度も要請したようだったが、追加調査は必要なしと原子力災害対策本部は決定した。)

 この結果、事故当初の簡易検査では、子供たちがどれ位のヨウ素を体内にとりこんでしまったのか精度の高い検査はできなくなった。
 ヨード剤を取り込んでおけば、甲状腺被曝は回避できる。しかし、このヨード剤を巡る国の対応も混乱した。

  災害前に作成された公式の防災マニュアルによると、1万3000cpm(一分当たりの放射線計測回数:カウント・パー・ミニット)の水準が示された場合には、シャ ワーや衣服の着替えなどの除染および安定ヨウ素剤の配布が必要とされていた。

  公式の防災マニアルでは、そうなっているにもかかわらず、福島県は3月14日には、この基準値を10万cpmに引き上げた。
 結果、住民には衣服の表面を拭うためにウェットティッシュが配られたが、錠剤は与えられなかったという。(このマニアルの変更も佐藤知事の指示だったとも言われる。)

 3月1万3000cpm以上を記録した住民は約1000人となり、10万cpmを上回ったのは102人だったという。
(一分間に10万という放射能が人体から放出されているのである。その人が、102人もいた。衝撃的数値であろう。そして、シャワーや衣類の着替えなどの除染もされないままティシュが配られただけだった。)
 この間、汚染された衣類を着用したまま、放射線の付着した衣類から内部被曝はなかったのか危惧される。


■事故後5月16日予算委員会で明らかにされた被爆数値


 2011年5月16日柿沢未途衆議院議員衆議院予算委員会で、福島県内に立ち寄っただけの人が、国内に設置されたホールボディカウンターを受けた数値結果を公表するよう追求した。
 原子力安全保安院寺坂氏が、その実態について回答した。

 それによれば、1500cpmを上回った人は4766件10,000cpmを超えた件数は1193件報告されていると回答した。
 同議員は、この件を明らかにすることで、住民の内部被曝検査の必要性を要請した訳だが、これに対し、当時の細川厚生労働大臣は「子供たちの甲状腺検査は3月末に実施した。問題なかったので、住民の検査はする予定はない」とこの時点では言っていた。
(その後、同年6月になって「福島県民健康調査」の先行調査が実施される。)

 それにしても、この10,000cpmを超えた件数が1193件もあったという事実、および、その数値、件数についても衝撃的である。
(cpmはカウント・パー・ミニットの略で、一分間に計測される放射線の数を意味する。つまり、一分間に放射能が一万回もカウントしている状況とは想像を絶するというしかない。しかも、この原子力安全保安院の答弁は、国会での答弁なので虚偽ではない。)
 すなわち、福島県に立ち寄っただけの人々から、10000cpmの放射線がカウントされたということである。
 
 週間現代5月10日号が、この柿沢未途議員のこの国会質問に沿って記事を書いている。
 この10,000cpmを超えた件数が1193件もあったということについて、衝撃的な数値とし、内部被曝が想像を超えた規模で発生している可能性を示唆している。

■「10,000cpmなどという数値は深刻な値」


  専門家の意見として、名古屋大学名誉教授沢田昭二氏に聞いている。
 同氏は「10,000cpmなどという数値は、深刻な値だ。計測されたのは、おそらく体内に取り込まれたセシウムによるγ線だろう。セシウムは、ホールボディカウンターで測れない。β線は透過力が弱いので体内に留まりやすく、電離密度が高いため、体内でDNAなどの細胞を切断する確率が大きくなる。」と言っている。
 
 長崎大学の教授で事故後、福島県でアドバイザーを務めた松田尚樹氏は、この時の様子について大学のウェブサイトでコメントをしている。
 原発事故直後、「3月14日浜通りから帰着したスクリーニング部隊から、サーベイメーターの針が振り切れた。」との報告を受けたとし「避難所の住民の不安を煽らないために、アラーム音は消すこと、タイベックスーツやマスクもなるべく着用しないことなどが申し合わされた」と述懐している。

 同氏の発言から推察しても、多くの浜通りの住民は、3月14日サーベイメーターの針が振り切れほどの被曝をしたことにはなる。

■放出された放射線核種は31種

 一分間に100,00cpmを超えて、検査機器の針が振り切れるような被曝をしていても、放射線被曝はなかったというのか……。福島第一原発の線量が、本当にはどれ位の被曝を人々にさせたのかは定かではない。

 2011年6月6日原子力安全・保安院は、どれだけの放射性物質が大気中に放出されたかの試案が発表した。
 それによると、福島第一原発事故直後から3号機が爆発した後の3月16日までに放出された放射性物質の核種は、全部で31種類あるという。

 セシウム137は1,5京、セシウム134は1,8京。
 甲状腺に影響を与えるヨウ素131は16兆という数値
 膨大な量が放出された。

 そのリストでは、プルトニウム239は190億、半減期50年のストロンチウム90は140兆も大気に放出された。
 プルトニウムの場合、微粒子を体内に取り込むと、外部被曝に比べて数百倍の危険性があると言われている。
 内部被曝すると骨に沈着するといわれるストロンチウムは、半減期も気が遠くなるように長い。また白血病を誘引する。
 しかし、このニュースは当初報道されなかった。(私自身、ネット上のUチューブか何かで見た記憶があったが、余りにも他で報道されていなかったので、そのビデオ自体、誤報かとさえ思っていた。)


■2号機の放射線漏れ…水素爆発の10倍から20倍

 しかし、31種の高い数値の放射線が、福島第一原発事故によって放出され、近隣各県を汚染したことは今や周知された情報となっている。
 特に、福島第一原発2号機から漏れたと見られる放射性物質は、水素爆発の10倍から20倍とかの放射線が出たようだ。

 そう解析したのは日本原子力研究開発機構 茅野政道部門長である。
「継続的に高い放出率が続いているから放出量は「水素爆発の10倍から20倍とかそれくらいは出ていると思う。」と同氏は語っている。

 この背景を振り返れば、地震津波の後、圧力抑制室は電源を喪失し、冷却機能を失っていたため、原子炉から流れ込む大量の蒸気によって一気に沸騰。放射性物質を吸着する能力が大幅に低下し、残った放射性物質は格納容器に充満。高い圧力に晒されていた格納容器の上部の隙間などから漏えいしたと見られている。
 そして、三回のベント……結果、こうした原子炉を守るための作業が、放射能の放出につながった可能性があるというのだ。

 この放射線プルームが、南福島、茨城、栃木、群馬へと流れ、夕刻風向きは北西に流れ、雪となって飯館、浪江町津島地区を襲った。
 そして、このプルームが福島県民、ないし、近隣地方の人々を被曝させた。

 被曝した被災者にとり、それは可抗力で実に不本意な事故であったろう。
 もとより、子供は年齢が低いほど感受性が高いと言われる。
 特に今回の被爆では放射線ヨウ素による甲状腺ガンが心配されてきた。
 現実に、福島の小児甲状腺検査では、すでに、甲状腺癌と診断されている子供は59人と発表されている。(昨年9月30日までの集計なので、もっと多いのではないかと懸念されている。)

 殆どの子供は乳頭癌とされるが、放射線由来の癌はその進行が早く、リンパや肺に転移する可能性もあると言われる。
 誰が考えても検査のスピードアップをはかり、子供たちに医学的治療を施さなければならないことは予測できるであろう。

 しかし、福島県小児甲状腺検討委員会は 甲状腺癌と原発事故の被曝の因果関係を認めない。
 そして「子供の甲状腺癌は、放射線の影響ではない。」と言い続けている。

 一分間に放射線が10万回放出されたということは、想像を絶する高い値である。針も振り切れたという人が続出した状態で、それでも「原発事故の影響ではない」と言い続けるつもりだろうか。

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2014年1月 1日 (水)

原発事故後の疑問アラカルト(6)

     郡山市濃かった放射線…ウェブ上に載った被曝症状

■郡山市で人々が体験した初期症状は?

 2011年6月1日 郡山市で開催した無料問診会について東京新聞が書いている。
 その記事を見ていくと「NPO法人チェルノブイリへのかけはしが、福島県郡山市で開いた医師による無料問診会。放射線被害を心配する親子連れ計50組が参加した。同市は福島第一原発から約50㎞。」というリードから始まり、一組の親子を取材している。
 原発事故から二ヶ月余のことだ。

 こう記事は伝える。もうこの頃から、初期症状は出てきたのだろうか。
「この親子の場合、震災後、いったん埼玉県内に避難したが、3月下旬に郡山市に戻った。すると小学校一年の長女(6つ)が、4月上旬から三週間、鼻血が出続けた。このうち1週間は両方の鼻から大量に出血。耳鼻科で診察を受けたが、「花粉症では」と言われた。長男(2つ)も4月下旬から5月に鼻血を出し続けた。」と……。

 東京新聞の記事は「問診会場近くの植え込みで、放射線測定器をかざすと、毎時2.33μ㏜の値を示した。地面から離すと一帯酎台に下がる。郡山市内の12の最大値は1.38μ㏜。東京都内で計測された同日の最大値が0.0635μ㏜。約22倍だ。市内の最大値は3月15日8.26μ㏜で、5月中旬からは1.3μ㏜前後で推移している。」と伝え、「この線量で一年間過ごせば、屋外活動を制限しても年間の積算線量20m㏜すらも十分に到達してしまう値である。」と提示している。

○2011年6月17日(郡山在住)
 周りに、鼻血が出てる子がちらほら出てきている。
 大量ではないが、血が止まらず、耳鼻科受診した子も数名いる。不安だ。

○2011年9月20日(郡山から大阪堺市に避難した女性)
 小学生長男に体には異変が起こりじめた。
 口内炎、湿疹、発熱、鼻血などの症状が出てきた。
 健康被害の初期症状そのものだった。
 例年とは違うこどもの体調変化に ターネットで調べて確信を深め、様々なもの失いながらも避難決意をした。

○2011年9月4日
 郡山市在住の38歳男性。
 震災以降の5月頃から4ヵ月間ずっと下痢している
 今まで下痢とは無縁な人生だったのでビックリしている。
 これだけ長期な体調不良だと放射能汚染を疑うべきだろう。
 内部被曝だと思う。 

○2013年9月 (国連科学委員会と人権委員会に提出された郡山市出身の女性の意見書 後に東京へ避難)
 東日本大震災が発生した2011年3月11日 福島県郡山市に住んでいた。   福島第一原発が次々と爆発していた間、それを知らずに公園で給水車の列に並び、食料を求めて街を歩きまわっていた。
 事故当時、一家3人に体調不調が始まった。
 喉の腫れ、喉の痛み、強烈な偏頭痛、目の充血、下痢、鼻血、筋肉の引きつり、痙攣をともなった心臓の強烈な痛み、同時に起きる全身症状だった。

 3月26日頃、原子力保安院の健康相談に電話はした。
 「喉が痛いのは感染症です。一家そろってであれば、感染症に間違いありません。早く病院に行って、お医者さんから感染症の診断をもらってきなさい」の答えだった。
 ろくに話も聞かずに、感染症、感染症と繰り返した。
 質問を続けると「放射能の健康への影響は、5年後に始まる子どもの 甲状腺がんだけです。」との答えだった。

 事故後は、倦怠感、血圧の上昇、飛蚊症、爪の変形、頭痛、疲労、鼻血、下痢、手の震え、足や腕に水泡のようなもの、だるさ、倦怠感、極端な物忘れ、血圧が非常に高くなる、左足大腿部の激痛、筋肉の硬直や引きつり、胸の痛み、頭髪の脱毛、切りキズで大量に出血、爪の変形、心臓の痛み、筋肉痛、手足のつりなど、中枢神経症状、病気と呼ぶには小さいが、同時に体験する症状だった。
 昨年末、ホールボディカウンターで一家3人の内部被ばく量を測ったところ、キログラムあたり、50㏃に近い数値だった。
 私たちは事故から1か月半後に東京に避難したものの、郡山と東京を行き来していた。
 子どもは、郡山に帰るたびに、鼻血を出した。

「100m㏜以下では癌のリスクは科学的に確認されていない」

 これだけの人々が、今迄かつて体験したことのない様々な健康不安を訴えているのに、福島県の対応は、一貫して同じである。
何が起ころうと、もはや結論が決まっているレースの様である。
  
 こうした不安にQ&Aという形で、福島県が答えている。
「一度に大量の被ばくをすることによって発生する急性放射線障害においては、被ばくと鼻血との関連性は確認されていません。また、放射線被ばくによって発生する確率が高まるとされる白血病の場合、貧血症状、顔面蒼白、全身倦怠感、動いたときの動悸・息切れ等、感染症状、発熱、咽頭痛、せき、下痢等、出血症状、紫斑、鼻出血、歯肉出血等とされています(出典 独国立がん研究センターがん対策情報センター)。
 しかし、積算線量100ミリシーベルト以下の被ばくでは、がんや白血病の発生率が増加するリスクは科学的には確認されていません。
 今回の事故によって、これまで一般の方が急性放射線障害を発症するレベルの被ばく線量にまで達してはいませんし、避難区域に長期に立ち入らない限り、今回の事故によって100ミリシーベルトを超える線量の被ばくをすることはないと考えられます。」

 誰かの言葉そっくりである。
 Mr.100m㏜の山下俊一氏、そしてその師である長瀧重信氏の言葉である。
 長瀧氏長崎大学名誉教授、そして元放射線影響研究所理事長でもあった。(放射線影響研究所略して放影研の前身は、広島の原爆被曝者を治療もしないまま人体実験にしてきたABCCの跡を継いで出来た組織である。)

 繰り返しになるが、長瀧氏は、その放影研の理事長をしていた。
 そして、長瀧氏は山下氏の師である。
 二人は、原発事故後、4月7日から首相官邸原子力災害専門家グループ八人の一人で、原子力専門家として政府の初期対応から原子力政策をリードしてきた。そして、山下氏も放影研科学諮問委員10名のうちの一人でもある。

 二人とも十分に放影研の関係者である。(この放影研は、原発事故から三日後に、すでに福島県の長期疫学調査が行なれる場合に備え、調査の在り方について検討を開始していた。)
 そして、現理事長は、3月29日には放射線影響研究機関協議会の加盟機関に対し、長期疫学調査を実施する体制の確立を提案している。
 「福島県県民健康管理調査」は、実施機関は福島県立医科大だが、現実的には、広島原爆投下以来調査実績のある放影研が、技術指導してきた。

 放影研は、原発事故が起こった時から、福島の被曝者を「被験者」にして「低線量被曝」の長期疫学調査実験を実施するべく協議を重ねていた。
 従って、福島県民の健康に留意する調査等というのは建前でしかなく、その目的は「長期疫学調査」であった。
 その長期調査を自らの指揮下に入れるべく、便宜上福島県を窓口にしただけのように見える。(その方が、長期疫学研究をコントロールしやすいからだろう。)

 背後から糸を引いているのは放影研関係者…すなわち、現放影研理事長大久保利晃氏、児玉主席研究員(同氏も官邸原子力専門家グループの一員でもあり、現県民健康管理調査の分担研究員でもあり、かつ検討委員の一員でもあるキーパースンでもある。)そして、無論、放影研科学諮問委員山下俊一氏、元放影研理事長・長瀧重信氏等の動きがあったと予測される。

 国が指揮権を取ると、自らの指揮権が減速する。コントロールしにくくなる。
 第一、国に任せておいたら、福島県民が福島から逃出す……そうなると、母体が減って、長期疫学調査の精度も落ちる。 
 従って、まず、住民を囲わなければならない。
 この調査は、福島県を窓口に据えた方が、都合がいい。
 国からは補助金を出させ、放射線影響研究機関協議会関係者が分担研究員になり、その論文も書く。データーも隔離して独占するという筋書きである。(現実に、2012年には、共同名で日本疫学会の雑誌に英文で論文を発表している。この内容について、電話で問い合わせたが、放影研の担当部署でも内容については把握していなかった。)

 そもそも、官邸から指示を受けて、3月末より放射線医療総合研究所は、ウェブ上で事故直後の自らの行動を打ち込むだけで、どれだけ外部被曝をしたか推定できるシステムを開発していた。
 開発費用も1000万円位の開発費も投じられていた
 しかし、このシステムは、福島県と福島医師会等の猛烈な反対によって頓挫し、お蔵入りするのである
(このあたりの詳細は、毎日新聞日野行介記者の「福島県民健康管理調査の闇」という本に紹介されている。そのあたりの経緯については、改めて詳述しようと思う。ただ、最初は、放医研主体の調査福島県主体の調査の二本立てから始まったという経緯があったということだけ、ここでは記載しておきたい。) 

 ここで分かっていることは、1000万円という税金が無駄になったこと。
 
そして、その経緯の詳細は、誰にも公的には知らされていないという事実だ。

 ともあれ、復興の目玉とすることで、福島県佐藤知事とも利益が一致した。
 巨額な賠償金を出せない政府とも、利益が一致した。

 こうして、福島県民の囲い込みと遺棄が始まった。

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