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2014年8月

2014年8月16日 (土)

原発事故後の疑問アラカルト(32)閑話休題・詩

  福島ミイステリアスゾーン物語(12) 

 Image67

 お盆休み閑話休題


エボラ出血熱がはやり始めた

握手もできない
戦争と同じ
もう一つの福島

それでも
この国は高校野球
毎度お馴染みの光景
エボラ出血熱の黒い嵐が
災いの予兆のように
アフリカ大陸をなめる
放射能の霧がこの国を覆うように

流れる音は高校野球放送
いつもの通り夏休み
首相も同じ
いつものとおり夏休み

放射能が再臨界を起こそうとも
高校野球 そして夏休み
いつもの通り
危機が起こっても
ひとが毎日死んでも
世界が半分になってしまっても
地球が爆発してしまっても
「死ぬのは寿命さ  仕方ない」
それがエリートのやり方

そうして 首相は夏休み
この国は 高校野球
そうやってきたからさ
伝統どおり
悪魔がこの国吸い尽くす

それでもどこでも 夏休み
あなたの側にエボラ出血発熱
あなたの側に放射能
それでもこの国は 高校野球
それでも この国は夏休み

なぜ?
答えは解決されたことがない
なぜを問いかけてもムダなこと
なぜ?は問いかけられたことがない
この国は なぜ?は
いつでも風に巻き込まれ
ただ消耗の沈黙に吸い込まれてしまうだけ

それはそう …だって この国はいつも夏休み

首相も大臣も みんなみな
夏が来たから夏休み
そうやって
危機は水増しされて
美しく変装させられていく

エボラ出血熱で死んでいく人たちの
福島で死んでいく人のたちの
なぜ?を あなたは飲めるというの?
その血を あなたはあがなえるというの?

プリテンダーたちの夏休み
暑い夏
戦争で散っていった命
夏が来れば思い出す
はるかな島々
海の果て

遺骨は誰も収拾しない
あえぐ夏
遺骨の夏
それでも プリテンダーたちは夏休み
この世の珍味をたらふく食べて
パラダイス気分の夏休み

飢えて死んだ英霊に コメントすら残さない
今をあえぐ人々に 眼すら注がない
なぜ? を邪険に切り捨てて
原爆に蹂躙された69年もの夏すら
おいてきぼりにしたまま
終戦記念日は空疎に終わった

高校野球は
立ち止まることもなく放送中
だって夏だから
夏には高校野球
これこの国の常識
世界には非常識

再臨界している炉は
野ざらしのまま放置されているのに
原発を復活させるべく
プリテンダーたちのマーチは進む
毒を垂れ流し
瀕死の星の手当てをすることもなく
この青い星の息の根を止めている

エボラ出血熱のキーワード
原発事故のキーワード
それはあなた方へのブーメラン
なぜ? への問いかけ
その意味すら分からないまま
あなた方はトワイライトゾーンをさ迷っている
高校野球とともに
たわいない日常のトリックに騙されている

首相の夏休み
たらふく食べて また太る
夏休み 高校球児の夏の宴
エボラ出血熱の血が迫る
見えない放射能の報復
文明への
御用学者への

けれど
egoの怪鳥の懐に
みんな抱き込まれる
日常のぬるま湯の中に
みんな窒息させられていく
そして 来世も同じことをする

さようなら この星
さようなら 青かった星
美しかった星
今はもう毒しか食んでいない星

夏休みのトリック
この世の果てはどこへ続く
来世…その次の来世…そのまた次の来世
それでも果たされない魂の謎…
分かっている
どこまでも飛ぶから
分かっている

地獄の果てまで
魂が浄化されるまで
死んでは産まれるから…
どこかで いつか
絶望を希望に変える日まで
私はさ迷う
来世も そのまた来世も
あなた方とともに……

この世の地獄がやってくる
やってきても夏休み
この世の地獄を見るがいい !
それでもほほけて夏休み
全くめでたい民族は盆踊りに忙しい
日の元の国の夏休み
もはや言葉は終わった!

エボラ出血熱と放射能
プリテンダーたちが呼び込む災いの色
灼熱の赤!
血の色!
あなた方は いつも一昨日やって来た
手がつけられくなって
偽造と欺瞞を届けに来た
もはや…遅すぎる
枯れ果てた花束にして

あなたも私も みんな焼ける
灼熱の災いに
口から血を吐き 焼け焦げる

さあ!
地獄の蓋は開いた!
もはや遅い!

それでも
白昼夢の日の元の国は
夏休み
盆踊りを踊りつつ
再臨界の泥炭の元に落下する
すべて後の祭りなのに…
夏休み

バビロンの女…東京
金ピカの何本もの高層ビル
その実
偽造をコンクリに隠し人々を欺いている
虚飾の町…東京
傾いた日差しに
おまえの葬式が始まる
砂漠の砂粒に

お前がうずまる未来のある日

さようなら!
美しかった麗しの大和
災いの嵐に窒息死させられて
哀れに吊るされている
そして… 風の中に揺れている
幻の白昼夢?
いいえ それがリアルだ!

******************************

<あとがき> 追記 8月22日

☆広島で信じられない災害が起こりました。安部首相のコピペのたたりでしょうか。それだけでなく、事故後もゴルフ? こういう神経って何なのでしょうね。不明者は、また増えました。広島という土地が花崗岩の土地だってことは、薄々聞いていましたが、そんなもろい土地だったということは知りませんでした。

☆花崗岩と言うのは放射能も多いとか…そういえば、福島県というのは良質な墓石が多くとれるとのこと。いわゆる御影石ですね。これも花崗岩。いわき市の近くから有名な墓石がとれるそうですが、この放射能は、誰か測っているのでしょうか。何だか、心配になってきました。

☆ブログアップいつも遅れていて申し訳ありません。このあとがきまでも、後まわしで……。ぶっきらぼうに詩だけ載せていましたが、今回、この詩が予言のようになってしまいました。
 本当に、この首相に任せていたら、私達はさ迷うだけ…。だって、この人、何の基準もないんですもの。いつもコピペだけ…東京に嫌々戻ったのも、天皇のコピペ? 今やっていることは、戦犯だったおじいさんのコピペ? これからは、安部氏のことは、コピペ首相と呼びましょうか。それにしても、芯のない定見のない存在をリーダーにしておくしかないこの国の人材劣化については、嘆くしか仕方がないのでしょうか。  

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2014年8月 1日 (金)

原発事故後の疑問アラカルト(31)

2

          福島ミイステリィアスゾーン物語(11)

 日刊現代に、意味深い記事が掲載された。学徒出陣の歴史を生きてこられた石田雄氏へのインタビューである。現在の状況を冷静に分析している。安部首相評も実に的確だ。(この石田氏は、奇しくも成蹊高校の出身と記述してあるけれど…首相の先輩に当たる? 方なのか…)

 
 成蹊高校というのは東京都武蔵野市にある。吉祥寺に近い所に成蹊高校前というバス停があり、武蔵野市で小学生から高校生まで育った私は、よくバスでそのあたりを通っていた。もっとも、私の住んでいたのは、武蔵野市でも、こよなく小金井市に近いところで、玉川上水沿いの桜提という地名だった。

 この成蹊高校については、中学校一年の時、ちょっとした思い出がある。ここで、その話をすると、私の当時の平和ボケが分かってしまうし、話が゛冗長になる。本題と外れるのでカットする。ただ、成蹊という言葉を聞くと、あることを思い出して胸が騒ぐ。
よき日の武蔵野…私の青春そのものだった雑木林だらけだった武蔵野台地今は消え去ってしまった故郷を思い出すからかもしれない。

 さて、脱線をしたが、私達は、戦争、戦後そして現在と連関する歴史とその関わりを整理整頓するために、その石田氏の発言を拡散させていただこうと思う。
 
   
                   
東大名誉教授・石田雄氏 「戦争に向かった戦前と似ている」

 先月、朝日新聞の「声」欄に、「人殺しを命じられる身を考えて」という投書が載った。末尾には大学名誉教授 石田雄(東京都 91)とある。

■朝日「声」 石田雄 大学名誉教授「人殺しを命じられる身を」


(2014年7月7日 日刊ゲンダイ)


 この投書が話題になったのは、石田氏は戦争の生き証人であるだけでなく、その生涯をかけて、「どうしたら、二度と戦争を繰り返さないか」を研究してきた学者であるからだ。投書した老学者の目に、いまの安倍政権はどう映っているのか。

――なぜ、投書を書かれたのか。やむにやまれぬものがあったのでしょう?

 私は軍国青年だったんですよ。自分がなぜ、そうなったのか。それを明らかにするために研究者になったんです。二度と戦争を起こさせないために政治学、社会科学を研究してきたつもりでしたが、こういう時代が来ちゃった。

――こういう時代とは?

 戦前、戦争に向かっていった時代と非常に似ていますね。しかし、この年ですから、デモにも行けないし、官邸前で大きな声を出すわけにもいかない。社会科学者として何ができるか。切実に考えて、やむなく、朝日新聞に投書したのです。

――具体的には、どの部分が戦前と似ているのでしょうか?

 私は「日本の政治と言葉」という本を書いた際、「平和」という言葉が歴史上、どういうふうに使われたかをフォローしたことがあるんです。平和というのは最初は、非暴力という意味で使われる。しかし、日本においては次第に東洋平和という使い方をされて、日清、日露、日中戦争において戦争の大義にされていく。これは日本の戦争に限った話ではなく、ありとあらゆる戦争の言い訳、大義名分に「平和」という言葉が利用されてきたのです。
 唯一の例外がナチス・ドイツの侵略ですね。こういう歴史を見ていれば、安倍首相が唱える「積極的平和主義」という言葉のいかがわしさがすぐわかるんですよ。

――平和という言葉の使い方がまず、そっくりだと。

 それと排外的なナショナリズムのあおり方ですね。積極的平和主義と排他主義が重なり合うと、非常に危険な要素になります。平和とは非暴力であり、非暴力とは敵を憎まないことです。敵を理解することで、問題を解決しようという考え方です。しかし、今の安倍政権は中国、韓国を挑発し、緊張をつくり出している。そこに積極的平和主義が重なるものだから、危ないのです

■もう一度「国のために死ね」と言うのか

――靖国参拝がいい例ですね。

 論外です。戦争体験者として、個人的な意見を言わせてもらえば、誰がお国のため、天皇陛下のために死んだものですか。みんな無駄死に、犬死にだったんですよ。歴史学者の藤原彰氏の調査によれば、戦死者の6割が餓死だったという。特攻隊だって、どうせ死ぬなら、美しく死のうとしたわけで、誰も喜んで死んだわけじゃない。それを美化し、首相が「尊崇の念を捧げる」などと言うのは「もう一度、国のために死んでくれ」という宣伝だと思う
 死んだ人の霊を慰めたいと言うのであれば、それは二度と戦争を起こさないことなのです。

――政府は集団的自衛権の行使についても、限定的であって、戦争する国になるわけじゃないと主張しています。

 海外の邦人を保護するため、と言っていますね。この理屈も戦前と似ています。1932年の第1次上海事変の直前、日本人の僧侶数人が殺傷される事件が起こった。日本政府は邦人の生命を守るという名目で、上海の兵力を増強し、戦闘が拡大。その後、本格的な日中戦争になりました。個別的自衛権であれば、「日本の領土内に攻め込まれたとき」という歯止めがかかりますが、邦人保護という名目で海外に出ていけば、歯止めがなくなってしまうのです。

――駆けつけ警護はどうですか?

 アフガニスタンで援助活動をしているペシャワール会の中村哲代表は「自衛隊が邦人救助に来るのは危ないからやめてほしい」と言っています。実際、ペシャワール会は日本がインド洋の給油活動をする前は、車両に日の丸を掲げて活動していた。それが守り札になったからです。しかし、給油活動を境に日の丸を消した。米国と一体と見られる懸念があったからでしょう。集団的自衛権による武力行使や集団安全保障による制裁措置に自衛隊が参加すれば、ますます、憎悪と攻撃の対象になる。もうひとつ、集団的自衛権で海外に出ていけば、おそらく、米軍の傘下に入る。邦人がいなくなったから帰ります、なんて言えるでしょうか。米軍は無人機で攻撃する。一般市民が巻き添えになれば、その恨みは陸上で展開している自衛隊に向く。こうなる可能性もあるわけです。 

――戦後70年間、せっかく平和国家としての地位があるのに、あえて、それを捨てて、恨みを買う必要があるのか、ということですね。

 言葉がわからない地域で武力行使をするのがいかに危ないか。イラクに駐留する米軍が「止まれ」という制止を振り切った車両を攻撃したら、殺されたのは、お産が近づき、病院に急ぐ妊婦だったという報告もありました。相互理解がなければ、どんどん、紛争は激化してしまう。それよりも、日本は戦後一人も海外で人を殺していないというプラスの遺産を生かすべきです。非武装の支援に徹すれば、外交的パワーもついてくる。その遺産を今、食い潰してしまうのは誠に愚かなことです。

■首相は他者の気持ちが分からない人

――先生は殺せと命じられた身にもなってみろ、と投書で書かれましたね

 私の父親は二・二六の直後に警視総監になったものだから、寝るときも枕元に拳銃を置いていた。父親は神経がもたず8カ月で辞任しましたが、私も武器恐怖症になって、不眠症が続いた。学徒出陣となって、徴兵検査のときは兵隊に行くべきだと思っていたが、人を殺す自信がなかった。東京湾の要塞重砲兵に配属になったのですが、軍隊というのはいつでも誰でも人を殺せる人間を作る。そういうところなんですね。敵を突き殺す訓練をやらされ、「そんなへっぴり腰で殺せるか」と殴られる。命令があれば、それがいいか悪いかを考えちゃいけない。なぜ、それをやるのかを聞いてもいけない。幸い、負け戦でしたから、敵が攻めてきて殺されるのを待っているような状況でした。そんな中、東京空襲に来た米軍の戦闘機が東京湾に墜落して、パイロットが泳いできたんですね。捕まえて司令部に報告すれば、「殺せ」と命令されるかもしれない。捕虜を殺すのは国際法違反です。

 しかし、命令に背けば、陸軍刑法で死刑です。これは大変なことになったと悩みました。

――しかし、命令する側は平気で「殺せ」というわけですね。憲法解釈を変えれば同じような境遇に自衛隊員も置かれる。殺される方もたまらないが殺す方も大変だ。そういう国に戻そうとしている安倍首相という政治家をどう見ていますか?

 自分よりも不利な人の立場で物事を考えられないのだと思います。他者感覚の欠落、共感能力の欠如というか、ずっとチヤホヤ育てられると、そうなっていくのかもしれません。デンマークの陸軍大将、フリッツ・ホルンは戦争絶滅法案なるものを提唱していて、開戦後10時間以内に元首、首相、閣僚、議員を最前線に行かせる。そういうことを決めれば戦争はなくなると言っています。そういう立場に立たされれば、積極的平和主義なんて、簡単に言えるわけがないのです。

――国民も正念場ですね。

 一番恐れているのは沈黙の螺旋です。出る杭は打たれるからと黙っていると、その沈黙がだんだん広がって誰も声を出せなくなる。若い人の方が「出る杭は打たれる」と心配するでしょうから、ここは年長者が声を出さなければいけないと思います。

◇いしだ・たけし 1923年6月7日生まれ。旧制成蹊高校から東北帝国大学法文学部へ。在学中に学徒出陣を受け、東京湾要塞重砲兵連隊に入隊。復員後、東大法学部へ。東大社会科学研究所教授・所長、千葉大法経学部教授などを歴任。著書多数。                                          (転載 終了)


■日本の戦死者…ほとんど無駄死に、犬死だった


戦争体験者石田氏は、個人的な意見として断わった上で、「誰がお国のため、天皇陛下のために死んだものですか。みんな無駄死に、犬死にだったんですよ。歴史学者の藤原彰氏の調査によれば、戦死者の6割が餓死だったという。」と発言している。
 

さらに、特攻隊についても触れて「どうせ死ぬなら、美しく死のうとしたわけで、誰も喜んで死んだわけじゃない。それを美化し、首相が「尊崇の念を捧げる」などと言うのは「もう一度、国のために死んでくれ」という宣伝だと思う。」と首相の特攻隊美化について、戦争体験者として批判されている。


「みんな無駄死に、犬死にだった。歴史学者の藤原彰氏の調査によれば、戦死者の6割が餓死だった」という発言は、兵士を餓死させた戦前の軍部の在り方を暗に、指摘しているように思われる。
 多くの帰還兵が口を閉ざしてきた中枢政府批判を、はっきり口にしてくれたという意味で勇気ある発言だと思う。


戦争の大義名分に「平和」という言葉が利用されてきた


 また、石田氏は、平和という言葉が、いかに偽善的に使われてきた危険な言葉かを指摘している。
同氏は言う。「平和というのは最初は、非暴力という意味で使われる。しかし、日本においては次第に東洋平和という使い方をされて、日清、日露、日中戦争において戦争の大義にされていく。これは日本の戦争に限った話ではなく、ありとあらゆる戦争の言い訳、大義名分に「平和」という言葉が利用されてきたのです。」

 然り、そのとおりであろう。
 平和という言葉が、独裁者から発せられた時は、気をつけなければならない。そして、今がその時なのだ。
 自国が、放射能臨界を起こしているというのに…その事実すら隠蔽して、いわば平然と国民を騙し殺そうとしている人間が、平和という言葉を使った時こそ、気をつけなければならない
 その人間は、私達の未来を殺そうとしている人物その人だということに気付かなければならないだろう。

 石田氏は、こう断言をする。「
歴史を見ていれば、安倍首相が唱える「積極的平和主義」という言葉のいかがわしさがすぐわかるんですよ。」と…。
 積極的平和主義なんて、本当は有り得ない言葉であることを、同氏は、自身の戦争体験から導き出している。その言葉に説得力があるのは、実体験に裏付けられた言葉だからだ。

 実体験の裏づけもなく、リーダーが戦争を美学などで語ってはならないだろう。でないと、大勢の命が犠牲にされる。この論理を想像力ですらイメージできないトップは、最悪だ。

そんな馬鹿には、自分の墓穴だけ掘らせておけばいいのだ。
他人の生き死に関与させてはならない。それは、国民の生き死にだ。
でないと、この列島は、人々の涙の川で流されてしまうだろう。
今だって、半分流されかかっている。

つづく

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(あとがき)

☆放射線ヨウ素が下水処理場から検出されていると言う話は、本当のようですね。再臨界は、5月に起こっていたのではないかという情報も入っているのに、何のニュースにも掲載されないまま、人々の命が危険に晒されているのは、誰のせいなのでしょうか。
 7月26日も福島県で放射線値がスパイクしたとか……(浪江町650μ㏜/h)なんて、猛烈な数値ではないですか。原子力規制庁は、何をしているのでしょうか。

☆今回私が拡散した石田雄氏の発言が、現在の日本政府のすることなすことと、まさに相似形になっているようです。この国のDNAは、実に恐ろしいですね。いや、今回のことは戦前より、ひどい話ではないでしょうか。
 なぜなら、福島県民に帰還を勧めてきたのは政府です。それをまだ撤回すらしていません。再臨界がおきているかもしれない所に、県民を帰すなんて狂気の沙汰でしょう。それとも?  再臨界など起きていないという証明があるのでしょうか。
 凍土壁は凍らないし、手動で氷入れているとか……政府演出のコントですか。あるいは、ユーモアつながりのパロディでしょうか。あるいは、わざと失敗して、その予算分を別な所へ積み立てているとか?
 胸張って、凍土壁を披露した政府ではなかったのでしょうか。それも、三年も経って、やっと取り掛かった事業ではないですか。

☆戦前、少なくとも、自国民は敵に殺されたはずでした。しかし、現在のこの状況は、自国民を真綿で首を絞めるように殺しているのです。
 再臨界が起きているのなら、その事実を国民に知らせなければらないでしょう。こんなこと、今まですらなかったはずです。子供まで平然と黙殺していく……。
 そんなことが平然とできる政府です。臨界している場所で、どのように復興ができるのでしょう。福島の桃? アンポ柿? 臨界している場所で、650μ㏜/hも計測する所で、そんなもの食べたら、みんな死ぬでしょう?  それでいいわけでしょうか?

☆今度は、女性をダシにして生き延びようとする政府です。
 産む性の女たちは、こんな男にだまされて、未来の子供達の命を遺棄してはいけない!  本当に女性を大切にする男は、子供達を平然と手術台に送り込むことを黙認したりしないでしょう。甲状腺ガンが転移して、苦しんで自死しかねない子供達を見捨てておかないでしょう。
 口先だけで、女性女性と言い、自分のために利用するだけ。首相のころころ気まぐれ政策は、猫の目のように変わります。
 支持率が落ちたら、今度は女性の活用だそうです。理知ある女性よ! 定見のない輩の言葉には、くれぐれも気をつけるように…そして、わが身を安売りすることのなきようお願いいたします。
 
 それにしても、国会の女性議員だって、自ら立ってきた人はほとんどいなくて、みんな親のコネやら、そのへんの人脈やらで昇ってきた女性ばかりですよね。小泉チルドレンなどは、堂々とベテラン気取り。活用できる人材も残念ながらいなさそうなのに…どうやって活用するのでしょう。

☆戦前も戦後も、この国は本質的に変わっていない……現在は、戦前よりひどいかもしれません。無政府状態。政府は国民のお金を、自分の財布のように使っている……国民は、税金を払いながら、危機を助けてもらえるどころかだまし討ちに合い、ますます危機の只中に導き入れられようとしています。
 まさか、これ悪夢ではないでしょうね。現実だからこそ、背筋が寒くなるのです。私達国民は、こんなに愛されていなかったのだと……認識するわけです。

☆……とまた、愚痴になってしまっているようですね。
 石田氏も、沈黙がだんだんひろがることを恐れているようですが、何だか空しすぎて言葉にすることが面倒になってきています。
 けれど、沈黙してはいけないのです。馬鹿に凌駕されるから…。馬鹿は料理して捨てなければなりません。倒れても倒れても起き上がって歩きましょう。
 ブログアップ遅れていて申し訳ありません。少し、言葉に疲れています。

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