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2015年10月11日 (日)

原発事故後、甲状腺ガンが肺まで転移した20歳女子

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  原発事故後、甲状腺ガン肺まで転移した女性

 フライデー9月25日号に、原発事故後甲状腺がんになり、肺まで転移していたという20歳の女性の記事を読んで、書かずにはいられなくなった。福島県民調査の死角…すなわち、福島医科大とその関係者たちが隠したがっていた実像が、やっと表舞台に登場した。東電や福島県立医科大、山下俊一氏甲状腺学会の隠蔽が、少なからず明かになった。

 この女性が、肺まで転移していると、思わずもらしてしまった鈴木眞一教授の話していた症例の患者だった。実態を多くの人が危惧し心配していた実像が生々しく、ガンの経緯を話してくれている。そこには、当時の政府、ならびに福島県の対応の犯罪的側面にあらためてスポットライトを当てている。これは、実に貴重な証言であり、様々な偏見・差別があるなかで、堂々と証言してくれたこの女性の勇気を称えたい。

  原発事故直後に甲状腺ガン 20歳女子の悲痛な日々 

 2度目の手術も、リンパや肺に転移。弟2人も甲状腺にのう胞が…フライデー9月25日号「甲状腺ガンと診断された時には〈なにそれ?〉と言う感じでした、何の自覚症状もなかったのですから、ガンがリンパや肺にも転移して二回も手術を受けることになるなんて‼」こう明かすのは福島県中部(中通地方)に住む20歳の女性Aさん。。
8月31日の福島県の発表によると、2011年3月の福島第一原発発生当時18歳以下だった県民36万7685人のうち、甲状腺がん、またはその疑いがあるとされた人は137人。発症率は10万人あたり37.3人で、通常の100倍近くも高い。特に左ページ下の地図で示した「汚染17市町村」の発症率は10万人あたり42.9人で、ガンが見つかったAさんも同地区内で悲痛な日々を過している。
 

東日本大震災が起こった当日は、Aさんは中学校の卒業式だった。原爆事故直後の三日間は外出を控えていたものの、その後は通常の生活を続けていたという。「県立高校の進学が決まっていました。「事故から一週間後には、制服を注文するため、母と一緒にJR福島駅前にあるデパートに出かけたんです。高校入学をひかえた子供達が押しかけ、デパートは超満員。建物の外にまで行列はのび、私達も30分ほど屋外で待たされました」(以下、ことわりのない発言はAさん)
  
 当時は県内の空間放射線量が非常に高く、福島市内では毎時10マイクロシーベルトを記録していた。そうした事実を知らされず、Aさんはマスクもつけずに外出していたのだ。

 ■通い始めていた大学も再発で退学

 翌年の夏休み。自宅近くで行われた県の甲状腺検査で、Aさんに異常が見つかる。県からは「福島県立医大で精密検査をお願いします」との通知が届く。
「のどが少し腫れていましたが自分では気づかなかった。県立医大で2回目の精密検査を受けたときに医師から「深刻な状態だ」と告げられ、ガンであることがわかったんです。高校3年の夏休みに手術を受け、甲状腺の右半分と転移していた周囲のリンパ組織を切除しました。
 

だが、これで終わりではなかった。高校で美術部に所属していたAさんは「ウェブデザイナーか学芸員になりたい」という夢を持ち、卒業後、県外の芸術系大学に進学。入学後の健康診断で「血液がおかしい」との結果が出たのだ。 

夏休みに帰郷し、県立医大で検査を受けると「ガンが再発している」と言われたんです。治療に専念するため、通い始めたばかりの大学も退学せざるをえませんでした。10月の再手術では、残っていた左半分の甲状腺とリンパ組織を切除。甲状腺は全摘することになったんです。肺への転移も判明し、術後しばらくはかすれ声しか出ず、傷の痛みをこらえながらリハビリを続けていました。」 

生理不順にもなりホルモン剤を投与。今年4月には抗がん剤治療のため「アイソトープ治療」も受けた。放射性ヨウ素の入ったカプセルを飲み、転移したガン細胞を破壊するという療法だ。(転載終わり)

この女性Aさんは、中学3年生も卒業し、高校一年になる前に事故にあった。福島県中部(中通地方)に住んでいる女性ということだ。露骨に被爆したという意識があるのは、一週間後、10µ㏜もあるなか、福島駅近くのデパート屋外で行列に並んでいた30分位だという。

女性Aさんは、高校3年の夏休みに手術を受け、甲状腺の右半分と転移していた周囲のリンパ組織を切除したと言っている。時系列に追うと、彼女のがんは、原発事故からほぼ二年以上経っていることになる。そして、次の手術は、一年後の夏休み。しかも、発見していたのは、大学入学後の健康診断だった。そこで「血液がおかしい」との結果が出ていた。この間、7ヶ月程、この検査がなければ見逃していたかもしれない。

 最初のガン手術の時に、すでにリンパへの転移があった。しかし、左半分の甲状腺は残した。それが、たった7ヶ月後には、血液がおかしいということになり、それから3ヶ月経った時には、既に肺まで転移していたという。ざっと聞いただけで、進行がすごく速いという印象を持つ。にもかかわらず、最初の手術で半分の甲状腺を残した診断は正解だったのだろうか。さらに、こうした事態は予測できなかったのだろうか。

 あの時期FAXで送られていた資料をすべて破棄し、東電に何もなかったことにしてくれと依頼したというのは佐藤知事だ。担当者が片っ端から、送られてきた空間線量のデーターを捨ててきたということは新聞で報道された。その担当者は処分されたのだろうか。

 そして、その時、知事だった佐藤知事に何の責任はないのか? 部下の責任は、トップの責任ではないのか。あるいは、わざと隠蔽したのか? 知事は知らなかったと国会の事故調査委員会に回答した。トップの人間が知らなかったで済むのか? それで知事が務まるのか? そして、県民を被爆させながら退職金も辞退した話は聞かない。住民だけが傷ついた。

 結果、この20歳の女性も甲状腺を全摘させ肺まで切除し、アイソトープ治療まで現在でも苦しんでいるという。「苦しみ」などという言葉で括らないでもらいたい。たぶん、脱毛し、副作用で吐いたり並み大抵のものではないだろう。

 こんなことは酷で言いたくはないが、チェルノブイリでは、肺に転移し血を吐き、結果亡くなった子供さんの事例が紹介されている。放射線の内部被曝のガンは、結果が酷い。誰が甲状腺ガンは予後がいいなどと言ったのか。そこには例外がつく。すなわち、放射線由来でないものという条件がつく。甲状腺外科学会で機関紙編集委員に名を連ねていた鈴木眞一氏がそのことを一番に知っていたではないか。放射線由来の甲状腺がんは予後がよくないということを…。

日本甲状腺学会で当時理事長だった山下俊一氏は、放射線ヨウ素剤を子供達に飲ませなかった張本人だ。そして、「子供は外で遊ばせて大丈夫!」と講演しまくった御仁である。最初は、放医研がすると決まっていて予算までついていた国の調査を潰してまで福島県立医科大にさせたかった理由は何か?

ここには、放影研の存在が絡んでいる。今、その理事長はあの丹羽太貫。同氏は福島医科大の特任教授だ。実に分りやすいではないか。ここでもアメリカの低線量被爆の人体実験に協力する勢力が牛耳っている。その辺りの詳細は、過去のブログに書いたので、そちらを読んで頂きたい。

今や県民調査は疫学調査として堂々の御用学者たちの餌食にされた。そして、県民健康調査は、いまだに甲状腺がんと放射能の因果関係は不明などと白をきっている。当時、中学三年生だった女性が原発事故以降、たった1年半位で甲状腺がんになりリンパまで転移、その後、二回目の手術では肺にまで転移してしまっていたというのに、それでも因果関係など、不明なまま通す気なのだろうか。

青春の真っ只中にあって、女性Aさんは、アイソトープによる脱毛や吐き気に苦しんでいるだろう。月に八万円ほども治療費がかかるとのこと。芸術系の大学に入学できたのに、ウェブデザイナーになりたかった夢も引きちぎられた。誰かが、この女性をこんな目に合わせた責任を取るべきではないのか。そもそも福島県民健康調を強引に放医研から奪った福島医科大の調査方法が、人数を裁ききれず無理だった点にも、責任はあるのではなかろうか。最初から、そういう声はあった。福島県の事務方も、空間線量で市町村の順番を決定したと言っていた。その事務方が、何の放射線の知識も持っていない人であったことも、この女性のように転移してしまった事例を見ると、人災でしかなかったと思えてくる。

その頃、国がやらないで、なぜ福島医科大が健康調査をすることに多くの疑問の声が上がっていた。国がやるべきだという声も多かった。しかし、そんな声を、圧殺して山下氏が国から予算を分捕り、福島県立医科大に調査を独占させた。今となっては、このことが完全に失敗であったことが分かる。結局、甲状腺ガンで、肺まで転移してしまった女性を出してしまった。

 福島県中央というと、福島市、郡山市、二本松市、大玉村、本宮市その辺りだ。調査は二年後に調査対象となったエリアである。岡山大学津田敏秀教授が最近発表した論文では、「福島中通り中部」エリアで(その市町村は「二本松市」「本宮市」「三春町」「大玉村」)」、甲状腺がんの発生率が国内平均と比較して50倍に達したという。「郡山市」では、39倍だったそうだ。津田教授が、やっと「疫学」学会に医学論文として発表したわけだが、同教授は、「この倍率は放射線の影響なしとは考えられない。」と言い切っている。

この女性Aさんは、この福島中通りに住所があるようだ。福島健康調査で肺までの転移があったのは二人だというのだから、その1人がAさんということになる。いわば、一番深刻なケースと言っていいのかもしれない。最初の手術で甲状腺を半分残したという手術方法は、それで゛よかったのだろうか。 この女性だけでなく、周辺県ではリンパ球 白血病で苦しんでいる若き女性罹患者も多い。彼女たちの多くは、この不条理に苦しんでいるだろう。放射線とガンに因果関係がないのなら、こんなに急増する患者たちの存在を国は、何と説明するのだろうか。福島県以外では、治療費すら自費なのだ。

肉体的にも苦しみ、経済的にも精神的にも苦しみ追い詰められる…そして、これは終わっていない。なぜなら、いまだデブリ爆弾は、地下ひそかに暴発するチャンスを狙っている。

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(あとがき) 

☆ブログやっと更新しました。福島の甲状腺検査の実態が女性Aさんの勇気ある証言で、転移がある方の実態が見えてきました。この方の証言は、いかに福島県民健康調査の杜撰さを、よく示しているではありませんか

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