« 2016年7月 | トップページ | 2016年9月 »

2016年8月

2016年8月19日 (金)

甲状腺患者から見えた原発事故--患者としての体験(7) 市民病院院長に手紙を書く

Cocolog_oekaki_2016_08_19_23_06


  市民病院院長に手紙を書く

■疎外感と孤立感と闘う

あすか製薬のこの回答から、私は、たぶん、この会社は駄目だろう。一患者でしかない私が収集したデーターすら掌握もできなかった会社に対し不安感は拭えず<製薬会社として、こういう危機意識の低い対応では不安だな>という意識が、私の心を占めていった。多分、情報公開等はしないだろうというよりできないだろうと予測し、薬は、どうしても変えざるを得ないと決意した。
 

それを裏付けた私の論拠は、私達患者にだって、薬の選択権というものが絶対あるはずというものだった。この論理が私を誘導していた。あとは、何が何でも、そのことを実現するのみだった。とはいえ、前途は多難で先すら見えなかったし、自分自身の精神状況も苛立って荒れていた。その理由は、やはり孤立感だった。というのも、放射能に晒されているかもしれない薬を口に入れなければならない患者の気持ちなど、誰にも理解されていないという感覚だった。「安全性」を言葉にしながらも、医者だって薬剤師だって関係官庁だって自分が飲む訳ではないので、本質的には他人事だった。その温度差に傷つき、疎外感を感じた。
  

例えば、私が必死で情報収集した結果、あすか製薬から若干であれ放射線が検出されたという情報を得たが、その事態は大変な衝撃であった。なぜなら、私たち甲状腺患者は、薬を毎日飲まなければならないからである。普通の製剤とは異なり、恒常的に飲まなければならないからだ。(もとより、健康な人に比べれば、免疫力が低く甲状腺機能を失っているから、ホルモン製剤を使用しなければならないのである。それゆえに、患者なのである。)

例えば、一昨年4月14日市民病院に診察日の折り、あすか製薬のチラージンSから放射線値が検出されたという情報を、一昨年4月14日診察日の折り、何げなく現在の担当医に伝えても一笑され、「そんなことないですよ!」と反応された。また、病院近くの処方箋薬局に立ち寄った時、いわき市の雑草の目眩のするような数値を口にしても、その数値の情報など、無論知らなかった。さらに、処方選薬局とはいえ、数ある製薬会社や薬の中で、チラージンSの工場が福島県内で製造されていることすら把握していない様子だった。


無論、「我々患者の立場を理解しろ!」という方が無理なのかもしれない。温度差はあるかもしれない。 しかし、惨めでやるせない気持ちだった。何か自分だけが周辺から囲われて孤立したような孤絶感というか、追い詰められたような感覚があった。

雑草の放射線ヨウ素690.000ベクレル 、セシウム30.300ベクレルという数値が脳裏に焼き付いたまま離れなかった。そんな処に立地する薬を飲まなければならないのだ。98%シェアの壁が、自分に向かって立ちはだかっていた。にもかかわらず、そんな環境下の薬を避ける自由すら与えられていない今の自分の立場の不条理――そのことに、多くの人は関心を抱いてくれず、心も寄せてくれないという孤立感というか、疎外感はどうしようもないものであった。 

医療体制の歪み

98%シェアなどという薬事政策の無策を放置してきたこの国の不文律があるにもかかわらず、こんな原発事故という緊急時に、厚生労働省は薬の放射線検査もしてくれず、あすか製薬のチラージン供給シェアを、暗黙裡に(あるいは意図的?)に見過ごしている状況があった。


この国の歪な医療行政――そうした体制下に、強引にねじ伏せられている日本の甲状腺患者の置かれている位置が、不当で哀れであった。本来、こんな状況下に置かれた薬を飲む等ということは、パニック状態になると予測されるのにもかかわらず、インターネット検索をしても、当の甲状腺患者からの不安の声は、余り上がってきているようには思えなかった。そもそも、こうした気力の欠如、怒りの欠如、状況受容のゆるさが、五学会ら舐められる要因にもなってしまわないとも限らない。

私としては個々人の患者の主張を期待したいが、やはり、患者たちは発言する機会も奪われているし、横に繋がる手段も余り持たず、おそらく、声を上げても無駄だと思っているのではなかろうか。現状のように、何でも既得権維持を、ごく上層部の製薬会社、関係学会、関係官庁で決定してしまうとすれば、もはや、何を言っても無駄という雰囲気に包まれ、自ずと気力も喪失してしまうだろう
 

たぶん、この気持ちは、被曝者にも共通するものかもしれないと思った。(原発事故後のこの年、年末私自身、かなりの医療被爆をする未来が待っていたがその時は自分の未来を予知できていなかった。)それでも、<私は、闘う。私は、決してこんな状況にねじ伏されるものか……そこしか出口がないではないか。>と何度も自分を奮い立たせたものの、出口は見えなかった。そして、その先には、何を語っても空しいという虚無感があった。

政府の薬事政策により98%シェアという現実に阻まれ、しかも、雑草に放射線ヨウ素690.000ベクレルも降り注いだ土地に立地している工場の製剤を経口しなければならないという不本意さ――その驚くべく数値を、関係ない多数の人は知らないというのも私の苛立ちを深くした。(現実に放射線は出ていると言いながら、当該企業は、その数値は教えないのである。)

こんな現実がありながら、その状況に誰も手を差し伸べようとしない不合理さ――しかも、その不合理が、周辺から崩されて正当化されていく焦燥感もあった。もしかしたら、この孤立感と無力感いうのは、沖縄の基地問題に苦悩している人々、そして今回の福島の被災者、及び被曝者たちが抱いた感情なのかもしれないと思った。差別されているというか、虐げられているというか、自分の生きている場所が狭くなっているというか、自分だけが放置され周囲から浮くような感覚というか、一種諦めに似た感情……すなわち孤立感、疎外感が、心の底深く沈潜していくのである。やがて、その重さに耐えられなくなり、追い詰められていくのだろうかと思ったりした。

この時、私は自分が追い詰められていることを感じたし、かく追い詰められていく時間が長ければ、その先に自死もあるのかなという感覚を意識した。その不本意さは、すなわち、解決出来ることを誰も解決しようとしないという苛立ちというか、怒りに似た感情だった。

 
考えてみれば、98%シェアなどという体制をつくったのは私ではない。もし、私が日本に居住していなければ、こんな不本意な体制にはなっていないだろうから、緊急時にすら安全性を入手できない等という事態に遭遇はしていないだろう。ゆえに、こんな状況下で苦しんだりしないで済んだであろう。もし、安全性という視点に立てば、政府が即緊急輸入をし、その間安全性を確保できない薬は出荷できなくすればいいではないか。

確かに緊急輸入は4月7日に実現した。しかし、このプロセスも不自然であった。にもかかわらず厚生労働省は、放射線が若干であれ検出されたあすか製薬の薬の出荷について止めなかったし、注視すらしなかった。その数値も同社任せにして、確認すらしようとしなかった。厚生労働省は「放射線の薬の安全基準」もないというのに、どんな根拠で放射線が、自然放射線の範囲だったとして検出された製剤の出荷を放置したのか。

この件は何度も厚生労働省監・麻課に訴えたが、「権限がない」と暗に断られてきたし、食品の安全ダイヤルにも電話を入れ相談したが「薬のことは分からない」と繰り返すばかりだった。ある大手の製薬会社に一般論で聞くと「それは国際的基準に則って製薬会社は作られているので、つくる必要がないと思う。」と言っていた。「でも、その工場や倉庫が損傷していたとしたら?」と問うと「そうしたものは、うちだったら出荷しないと思う。」との回答だった。



震災・原発事故により製薬工場の絶対的安全基準が崩れた場合は、その例外が適応されなければならないはずではないか。(なぜ、こんな前代未聞の緊急時に、少なからず放射線が検出された製剤について、厚生労働省は何らかの対応をうたなかったのか、私には、未だに分からない。)


この頃、食物のすべてにセシウムが付着しているような気がして普通の食事はできなくなっていたし、食事事態楽しいものでなくなった。そのことを話すと、担当医師から心療内科を勧められた。しかし、この頃、心療内科も予約が取れない程混んでいた。結局、痺れは心療内科ではないだろうと自己判断し(自分の心が分析されるのが何より嫌だった。


なぜなら、雑草に690.000ベクレルも降り注いだ放射能のものを経口する立場にされた私の立場は、相談したって軽減しないだろうし、第一自分には責任がないことなのに、何故私が診療内科の助け等を借りなければならないのかと、不当に感じたからだった。)精神的なことから起因しているかもしれなかったが、今回のことは私の責任はなく、社会的な問題であることを自分に言い聞かせたかったのだと思う。とにかく、事態を嘆いている余裕は私にはなかった。動かないものを、何が合っても動かさなければならない。なぜなら、それが道理であり筋だった。<私は間違っていない!> 私は自分を励まし続けた。

日本甲状腺学会も日本医師会も当てにならない。関係官庁も無論駄目。こうなったら、病院の院長に直訴するしかない! <失敗したら失望感はもっと大きいだろうな>と思いつつ、しかし、進んでみるしかなかった。見渡したところ、道はどこにもない。ならば、創るしかない。第一、私の言うことは筋が通っている。私たちは患者だが、消費者でもあるのだ。私たちは消費者としての権利だってあるはずだ。もし、それが阻害されているのならば、闘って自分の手で勝ち取るしかないではないか。駄目で元々だ。まず、現状を訴えるべく、手紙を書いてみようと思った。


困難は分かっていた。なにせ、当市すべてがこの2%シェアのジェネリックの製品名も、その存在すらも知らないのだから…。それゆえに、裁量権がある人でなければサンド社のルートを敷設すること等できないだろうと思えた。やはり、担当医でなく、病院長に手紙を書こう……私は決心した。

5月19日 今までの事情と経緯を病院長へ向かって手紙を書いた。すなわち、「いわき市はかなり放射能汚染があること、いわき市事態、すべてのデーターを公開しているわけではないこと、その地に立地する製薬会社の安全性に不安があること、薬の放射線の基準もないこと、この会社のシェアは98%で切り換えは困難を極めていること、政府はジェネリックを推奨しながら、そうなっていない現状は変ではないかということ、通常の時ならいざしらず、今は非常時であること、また、私たち患者は消費者でもあり、薬を選択する自由もあるのではないかということ、甲状腺患者はそれでなくともホルモン補填剤として毎日薬を経口しなければならないこと、しかも、放射線には気を付けなければならない疾患であること」などを訴えた。

そして要請した。「市民病院は我が市の拠点病院であること、それゆえ、2%であれ何とか院外にサンド社のレボチロキシンナトウムを扱ってくれる処方箋薬局の設置してもらえないものだろうか。サンド社はオーダーがあれば可能だと言っている。何とか御英断をお願いしたい。」という旨の文書を作成し、投函した。それから一週間位して病院から連絡を受けた。それは、暖かい内容のものだった。私の提案に添って「院外処方箋が可能なように、病院に隣接する処方箋薬局でサンド社のレボチロキシンナトウムを扱ってもらえるよう依頼したので、治療に専念なさるように……。」との趣旨が書かれていた。次の来院時に担当医師にその意向を伝えるようにとのことだった。

原発事故以来、あっちこっちに電話をし、手紙を書き自分なりに苦闘し現実の壁にぶつかり悩み苦しんだ問題は、あっけなく解決した。が、私の気持ちは複雑だった。サンド社の窓口が、奇跡的に開設された事に感謝し安堵したはしたものの、こんな風に解決できるなら、私が直訴する前に、何故患者のためにこうしたルートを作っておいてくれなかったのだろうという若干の疑問である。何故なら、患者以外の人だって、690000ベクレルの放射線ヨウ素が雑草に降り注いだ地に立地する工場が作った製剤を、喜んで飲むものだろうか?ということである。

やはり、できれば避けたいと思うはずである。(それが本当に安全か、その安全性を当の製薬会社はもちろん、関係官庁政府などで、きちんと監視してくれた上の話ならば別だが……。)現実は、当該製薬会社は、すべての真実のデーターを掌握しないまま安全宣言をしていて、それを日本甲状腺学会までも同調して「あすか製薬に放射能の影響はない。」等と言っている。架空の安全神話が、ここでもドミノ式に一人歩きしていた。

それでも、病院の長として今回の原発事故の影響を考慮し、私の訴えに耳を傾け、現場改革を実現して下さったことには、敬意を表するばかりだった。
官僚国家――日本において、現行と異なることを実行することが、かなりの勇気が必要であることは予測できた。市民病院も、とりあえず市立である。そして、この市は、かなり封建的である。

(坂の町当市におけるゴミ問題は山積しているし、車道整備も40年も放置したまま、平然と都市計画税を取る。長年、一度も調査さえしていない土地の固定資産税を他区域と同率で徴収する。四年位前、県のモニターをした時、その事実を県に提言し、県から市へアドバイスを入れてもらったにもかかわらず回答すらなかった市である。そして、未だに回答もなく無視されている。そんな市行政に、転居以来絶望していた。)


にもかかわらず、市民病院では、かく緊急事態に現場対応でサンド社のルートを開発し、かつ隣接する処方箋薬局に協力要請もしてくれた。おそらく院長の依頼を受けて処方箋薬局も、私一人のために初めてレボチロキシンナトウムをサンド社へ発注してくれるのであろう。ある意味、多くの人に負担を掛けることになった。

(去年の秋、レボチロキシンナトリウムの一日の個数が違わないかと担当医に相談すると、医師は25mmgに処方箋を変えた。この処方箋を薬局へ持参すると、50mmgしかないという。どうやら、口に出してはっきりと言わないが、処方箋薬局は、私一人のために薬を仕入れてくれている様だと推測できた。
そのことを担当医に報告し、「どうやら、私のために、レボチロキシンナトリウムを用意してくださっている様ですけれど……。」と言うと、担当医は「そうですよ。」と半分からかう様に言った。(やはり、私一人のためにサンド社の薬は、仕入れられているのは、事実だと判明した。)

それでも、緊急時における市民病院の院長の勇気ある判断に素直に感謝し、私は、急ぎ礼状をしたため院長宛に送付した。一昨年6月3日のことである。しかし、冷静に考えれば、私は消費者としての選択できる権利を行使しただけなのである。この国では、皆が正当な権利を主張し行動してくれれば、少しは社会が変わるはずなのに、この国の多くの人は我慢強く、長いものに巻かれていく方式というか、波風立てない空気を読む方式というかが蔓延していて、私一人が目立ってしまう。

こんな緊急事態にもかかわらず「なぜ98%を強要されなければならないのか! 医療体制の歪みではないのか?」と問題提示をしないのだろう。なぜ、甲状腺患者は「己の既得権益維持のため、緊急輸入するような企業の薬等飲みたくない!」と言ってくれないのか。「690000ベクレルも放射線ヨウ素が雑草に降ったリスキーな土地に立地する製薬会社の薬が、本当に安全なのか?」となぜ厚生労働省に詰め寄ってくれなかったのか。みんなでそう叫べば、私たちは、もっとフェアなシェアを手に入れられた良い機会だったかもしれないのに…。残念ながら、権利を主張しなかった甲状腺患者たちは、そのチャンスを逃した。そんなことで本当にいいのか……権利を屈服させられたままで……。

 
(私は2011年四月、四回も厚生労働省監・麻課という部署に電話をしたが、当該製薬会社の安全性は、論議の対象にすらならなかなかった。「そんなことをしていたら、流通が止まってしまう。」というのが、その論拠だった。) しかしそれは口実である。(なぜなら、緊急輸入は、あすか製薬がイニシャティブを取るということは決まっていたようであるからだ。)

重ねて言うが、緊急輸入は、本来は患者のための輸入であるはずなのに、一部の既得権者のために実現されたようなのである。(経緯の詳細は、後の項目にて詳述する。)レボチロキシンナトリウム製剤の緊急輸入は、原発事故後一週間位の間に当該企業、学会、T4委員会のサンド社への要請で決定してしまった。それは、患者の供給のための輸入ではなく、単に、当該会社の既得権益維持のための行為であった。

当該企業あすか製薬が放射線検査をしたのは、原発事故当初3月26日である。(しかも、微量であれ放射線は、検出されていた。4月11日、私は、同社から、その情報を確認していた。)当該企業は震災後、損傷した。そして、工場も倉庫も立ち入り禁止になった。(そう「薬の相談室」の責任者は言ったし、当該企業の三月ニュースリリースでも言っている。東洋経済でも、立体倉庫が損壊したことは報道されていた。)すなわち、破損し誰も現場に近づけず、3月26日まで放射線検査等できなかったわけである。


にもかかわらず、いわき市に立地する当該製薬会社は、放射線検査も済んでいないうちに、緊急輸入を自社の既得権維持のために動いた。日本甲状腺学会を始め他4学会も切迫した供給不足を理由に、当該企業の後押しをして、サンド社に文書電話等で要請したそうである。(この経緯の詳細も後の項目で詳述する。) しかし、問題は、当該企業の工場が立地する場所は、福島県いわき市にあり、一万ベクレル/平方メートルもの放射線プルームが通過した場所なのである。昨年3月11日のNHK特集で報道された。今となっては絶対的事実なのである。


(原発事故当初ですら、何度も言うが、3月18日文部科学省の雑草のデーターでも既にヨウ素690000ベクレル最高で検出されていた。セシウムも最高30300ベクレル検出されていた。そして、この濃いデーターを、いわき市すらホームページに掲載していなかった。)こうした放射線リスクのある土地に立地する当該企業の安全性等に問題があったかにもかかわらず、誰もこの件を黙殺したまま、不透明な緊急輸入は一週間で取りまとめてしまったらしいことである。(この経緯の詳細も、別の項目で述べる。)

  
■患者と医師の温度差

だが、つらつら考えるに、このことは、私個人の我儘という次元の話ではなかろうと思うのだ。本当は、甲状腺患者皆が自分の薬を選択する権利として自分の権利を行使してくれれば力になるはずなのである。こうしたことを当たり前にしてくれないようなので、どうやら、私一人が騒いでいるように見え、私一人目立つという構図になる。それにしても、こんなに様々に虐げられているのに、何故、この国の患者も民も、声を挙げて自分の権利を行使しないのだろう。確かに、患者たちは孤立していて、なかなか横に繋がれない。インターネットで検索しても、甲状腺患者としてのホームページはあったものの、自分が飲む薬がリスクに晒されているにもかかわらず、その危惧を記述しているブログは見つけにくかった。患者は体力に欠けるという点で、既に闘うという社会的気力を失っているのだろうか。
 

本来、患者の尊厳は医師が代弁してくれそうだが、医師も直接薬を飲む訳でもなく、意地悪い言い方をすれば、そこまで精神的に患者に寄り添ってくれる医者も少ない。たとえ、そういう仁に厚い医師が存在したとしても、経済的利益団体である製薬会社のパワーに押され気味であろう。なにせ、現実は、経済を握っている者にアドバンテージがある。それに、医師とて患者の肉体的苦痛や社会的苦悩など本質的意味で実感しようもないのだ。医者は患者ではないのだから……。

医師と患者――そこには微妙であれ、それなりの亀裂は避けられないのだと思う。もっと言えば、患者より製薬会社に距離の近い医者もいないとも限らないということだ。(日時が経って、信じがたい資料が、多々出てきた。)

つづく

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

☆ブログ更新しました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年8月 8日 (月)

甲状腺患者から見えた原発事故(6)福島県内7方部の空間線量を発見する

Cocolog_oekaki_2016_08_08_19_41


■日本医師会へ手紙を書く

私が初めて日本医師会に相談の電話をしたのは2011年5月2日だった。この時期、すでに厚生労働省が輸出添付文書が発行されてしまっていた等とは露知らず、ただ「薬の放射線の安全基準」についての要請依頼と、私の居住地におけるジェネリック製薬への対応の矛盾等を相談しようと思っていた。

5月2日 医師会地域医療第一課の担当者と話した。自分が患者であること、福島県いわき市にある製薬会社の薬を経口していること、そこの雑草の放射線データーが目眩がするほど高いこと、そして現実に、製薬会社は放射線が検出されたが出荷してしまったと言っていること等を伝えた。  しかし、厚生労働省に何回か電話をしたが、供給優先で安全性について取り合ってもらえないこと、様々なことを考慮すると、現在の薬は怖くて飲めないこと、しかし、薬を変更したくて98%シェアの歪みで不可能なこと、開業医はジェネリックの処方箋を書きたがらず、処方箋薬局もジェネリックの製剤名も会社名も全く知らない現状であり、政府の政策と現実に齟齬があること等を話した。

 
そして、詳述した手紙を送付したいが、送付先を教えてほしい旨尋ねた。担当者は「自分がしかるべき窓口に渡す。」と言ってくれた。この後、5月17日詳細な時系列な資料を添付し手紙を送付した。内容としては、今まで私が体験した情報をまとめたものだったが、かなりボリュームがあるものとなった。

■5月8日、福島県内7方部の空間線量を発見する!

 この間、すでに原発はメルトダウンしていたことも報道され、4月19日以降、いわき市沖一キロのコウナゴから暫定基準値の29倍に当たる1万4400ベクレルの放射線セシウムが検出された。


4月3日
いわき市の路地もの椎茸からヨウ素3100ベクレル、セシウムは4504ベクレルもの放射線が出てきた旨の報道もあった。それにもまして、驚いたのは5月3日福島県県中浄化センター(郡山市)から、下水汚泥から1キロあたり2万6400ベクレルの高濃度のセシウムが検出された。汚泥を減量化処理した「熔融スラグ」から1キロあたり33万4000ベクレルのセシウムが検出されたという報道があった。(事故前の300倍)


この下水汚泥の数値から推測すると、いわき市の雑草の放射線データーは決して幻の数値ではなく現実なのだということを了解した。 おそらく、放射線は雨で雑草から流れ土に染み込み、土から移動して下水に流れていき、汚泥
となって見たこともないほどのセシウムが検出されたのだという推論が成立する。私は、この時点で私は文部科学省の雑草のデーターを事実として認識し患者として、いわき市における放射線データーを明快にすべく闘わなければならないことを決意した。

■あすか製薬に正式に抗議を入れる


5月6日
 健康相談ホットラインに電話を入れた。福島県のこの下水汚泥事件の数値を背景に、いわき市の雑草のデー ターにつき経緯を話し、私は患者であってこの市にある製薬会社の薬を飲まなければならないので、その安全性の不安を相談した。
「いわき市にある製薬会社が、放射線は検出されたと言っているが、データーは公表してくれない。」と訴えた。また「原発事故から50日位経って、こんなに驚異的な数値が下水処理場から出ているのにも関わらず、最初の政府見解通り、放射線はまだ大丈夫と言うのか。」と私は正した。健康ホットラインの担当者は「数値は流動的になっている。だが統一見解として、セシウムは大丈夫としか言えない。そういう事情があれば、不安は理解出来る。放射線データについては、その製薬会社に再度確認したらどうか。」とアドバイスを受けた。

 (「熔融スラグ」から1キロあたり33万4000ベクレルのセシウムが検出されたという報道があっても、なお統一見解として放射線は大丈夫と繰り返しているというのは、統一マニアルが存在していることをほのめかしている。) 
 これだけ大きなデーターが出ているのだから、もう少し突っ込んだ相談も可能かもしれないと、再度、あすか製薬に電話を入れることにした。


5月6日
 再度あすか製薬に電話を掛けた。私が放射線データーに拘っているため、対応は責任者に変わった。責任者は「GNPというルールに則り製造している。製造に必要な水は購入している。いわき市の飲料水は、放射線は不検出であったことで安全であることを理解していただきたい。」と回答した。しかし、私は「御社のニュースリリースの3の条項だが、福島県は放射線測定結果をホームページ上に掲載し体に影響がないことを公表しているが、下水処理場からも2万6400ベクレルの数値が出たことは報道された。いわき市には、3月18日雑草の放射線濃度はヨウ素690.000ベクレル 、セシウム17.400ベクレル、3月23日ヨウ素451.000、セシウム30.300ベクレルという驚くべき数値が検出されている。このデーターは文部科学省のホームページから発見したが、いわき市災害対策本部もこの情報は知らなかった、福島県の薬務課も知らなかった。

御社は知っていたか」と問うと、「知らなかった。」と回答した。「それで、安全だと言うのか。少なくとも安全性を言うのならば、すべての情報を掌握した上で言ってもらいたい。工場内外で放射線量を測定し大気中に問題がないのなら、その数値はいくらなのか、具体的数値を出してもらいたい。患者は御社の薬を毎日飲まなければならないのだし、自分の命に拘わることなのだから……。御社が被災者であることも理解している。しかし、98%シェアとなれば、ほとんどの人は御社の薬を飲まなければならない。それゆえ、御社の薬の安全性が重要になるのだ。今回の原発事故は、未曾有のことで、慎重に慎重を重ねてしかるべきではないのか。」と提言した。責任者は「上にあげて検討したい。後日連絡する。」と回答した。


5月8日
 見たこともない聞いたこともない下水汚泥の驚異的数値も気になったが、すでにセメントに製造されて出荷済みといかいう報道をみると、汚染はもっと拡散したのかもという危惧もあり、いろいろなサイトを検索した。
この日、初めて既に3月25日 美浜会というNGOが作成した福島県内7方部の空間線量率の変化というグラフをたまたま発見した。このグラフによれば、3月15日いわき市が他市に抜きん出て高く目算では24μ㏜/h位はありそうだった。(正確な数値は23.72μ㏜だった。)
この数値によって、私が見た雑草の目眩がするような放射線数値の背景を理解した。空間線量も確かに高かったのだ。

しかしながら、どうしてこのデーターに気づかなかったのだろうと私は思った。確か、いわき市の放射線数値の最高値は3月21日11:00am6㏜である。再度いわき市のホームページに掲載されている放射線測定のデーターの一覧表を再チェックしてみた。すると、奇妙なことに、いわき市のデーターに3月15日のデーターはなかった。3月16日から始まっている。しかも、12:00pm3,37㏜から始まり、3月17日以降は下がっている。こんな重大な事実をいわき市は、何故ホームページに掲載しないのだろうか。

いわき市が、何故3月15日を掲載していないのか……謎だった。(この時はまだ、福島県内7方部放射能環境モニタリングデーターの一覧表を見つけだしていなかった。いわき市のデーターと福島県内7方部のデーターは別なものだと勘違いをしていた。)何故だろう? 私は謎解きのように考えた。

 
水素爆発はいつだったか…3月14日11:01amだった。 様々な検索を試行錯誤し、ようやく文部科学省のホームページから福島県内7方部放射能環境
測定結果なるものを発見した。そこで、その頃には公開されていたSPEEDIを検索してみることにした。それを一時間ごとに追いかけみると、3月15日3:00am~4:00am空間吸収線量率は、3号炉から怖くなるほどの放射線がいわき市へ向かって流れていく予測をしている。4:00amになると2号炉からの放射線に変わっている。この4:00amの数値は、福島県内7方部の空気線量のデーターでも、いわき市は最も高く23.72㏜/hとなっていて、ほぼ一致している。3月15日の数値をいわき市が知らない訳がないだろう。ならば、何故掲載しないのか。

■原発事故後いわき市に電話を入れる

5月10日 いわき市の災害対策課へ確認した。私はいわき市の雑草の目眩がするような数値を伝え、「いわき市に掲載しているデーターと私が見た文部科学省のデーター福島県内7方部の空気線量の数値が違う。それによれば3月15日2:00amに18.04μ㏜ 4:00amに23.72μ㏜/hとなっている。しかし、いわき市のデーターは翌日から始まり、しかも3月16日も放射線が下がった12:30Pm3,37μ㏜から始まっている。これはどういうことか。」と聞いた。災害対策課の担当者は「データーのすべては福島県対策本部が測定している。あれは、1時間おきに測定しているので載せていない。雑草のデーターも知っているが、健康に害がないと聞いている。」と回答した。
私は「測定の時間が異なるとはいえ、いわき市の一番高いレベルの数値を掲載せず市民に告知しない等ということは理解できない。もっと困るのは御市対策本部のデーターを根拠に安全宣言をしている製薬会社がある。文部科学省から出された3月18日ヨウ素690000ベクレルの雑草のデーターについても掌握していなかった。この平(たいら)字梅本という住所は御市の合同庁舎と同じ地点であることは確認済みだ。こうしたデーターの出し方をすると、市民も他の機関も大きな影響がある。十全な情報開示を要望する。」と電話を切った。     

しかし、もっと驚くことがあった。この雑草のデーターは、いわき市のホームページに一年以上経っても掲載されていないままになっていたということだ。というのも、2012年3月18日政経営部災害対策課に電話した折、同窓口の後任の担当者に、その件を尋ねると、福島県7方部放射能環境モニタリング資料のデーターは知っていたが、文部科学省の驚異的数値の雑草のデーター自体を知らなかった。ということは、一年以上も経って、申し送りもしなかったということだろうか。しかし、こんな濃い数値のものを一度として掲載もせずにいたなんて……。私は呆れた。

 2012年3月20日去年掛けた電話番号が残っていたので、そこにかけるとそこは罹災証明の課になっていて、私が去年話した男性の名前を知らなかった。結論的に言えば、当時危機管理課は、現在の罹災証明の課に臨時的に机を設置していたとの事情が判明し、若干時間が掛かりつつ、その男性は臨時職員ですでに退職しているとのことだった。
すると、緊急事態に話窓口で対応していた人が臨時職員で、その場対応の返答をしていたとも予測される。あるいは、いわき市のマニアルが存在していてそのとおり繰り返した可能性もある。その方が高い。すなわち、いわき市では、そんなデーター事態存在しなかったことになっていたのではないか……。私の頭は、益々混乱した。

5月10日 あすか製薬薬相談室の責任者から電話があった。もとより、連休明けに中間報告をしてもらえることになっていた。
「いろいろインターネットでデーター等を調べたが、放射線の空間線量はそう多くないので安全かと……。」と担当者。私は「いわき市のデーターでは、肝心なデーターが欠落していることが分かった。一昨日、美浜会というNPOが作成したグラフを発見したが、それによると、3月15日にいわき市に23,72μシーベルトという数値が出ている。多分水素爆発があった翌日のためだと思うが、いわき市の対策本部は3月16日以前のデーターは掲載していなかった。驚いて調べてみたが、福島県内7方部放射能環境測定というらしいのだが知っていたか?」と問うと「知らなかった。」と回答した。
「いわき市のデーターには、こんな数値が掲載されていない。その事情をいわき市の災害対策本部に聞くと、「そのデーターは一時間おきに測定しているので載せなかった。雑草のデーターも知っているが安全だと聞いている。」と言われたと私は伝えた。「停電やガソリン不足などで市民は大変だったらしい。ホームページに高い数値が掲載されていなければ、市民は安心して外に出歩いたりするだろう。知り得た情報はすべて掲載しないと余計な被爆をする可能性もある。」と窓口の責任者に伝えた。


つまり、「いわき市のホームページに掲載されているデーターは、3月16日には3,37μシーベルトから始まっていて、3月23日最高で6μシーベルトが一番高い。何故いわき市が、掲載しないのかの理由も定かでないが、御社が根拠とするこのいわき市のデーターは、必ずしも正確とは限らない以上、御社の安全性の論拠も希薄になってくるだろう。既に先回伝えた3月18日雑草の放射線濃度はヨウ素690.000ベクレル 、セシウム17.400ベクレル検出されたモニタリングデーターについても御存じなかったし、安全を語り全国の甲状腺患者にそれを告知する以上すべての情報を掌握してから告知してもらわないと、不安を払拭できない。患者は恒常的に365日御社の薬を飲むのだから……。そういう薬を御社は作っている当事者ではないか。毎日、放射線を測っているということならば、一日何回測定しているのか、出荷製品から放射能が検出されたというのなら、ではどれ位の数値なのか、患者に安心感を与えるためにも、是非公開してもらいたい。」と再度依頼したことを繰り返した。

責任者は「今検討しているが、なかなか進捗しない。連休に入るので一週間位かかる。」と言った。   (つづく)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

☆ブログ更新しました。 

☆これは2011年原発事故当時のことを綴ったものです。自分でも忘れていた事実を、再度確認したいために、再掲載しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年8月 3日 (水)

甲状腺患者から見えた原爆事故(5)あすか製薬のニュースリリース

Image1032

■4月22日あすか製薬のニュースリリース

 以下は、あすか製薬が2011年4月22日出したニュースリリースである。
________________________________

 2011年4月22日
 
 

各 位

        福島県いわき工場の放射線の影響に関するお知らせ

        
                                あすか製薬株式会社
                           

弊社製品は主に福島県いわき工場*で生産されておりますが、今般の福島第一原子力発電所の事故による放射線の弊社製品への影響につきまして、弊社の対応および見解をお知らせいたします。

 1.いわき工場は、福島県南端のいわき市泉町にあり、福島第一原子力発 電所から直線距離で58kmに位置し、避難勧告の対象外の地域にあります。現在、いわき市泉地区周辺では、種々の産業の工場も徐々に生産を開始し、小中学校も4月6日から授業を再開しており、地域の復旧が進んでいます。
 

2.いわき市水道局では、水道水の放射線測定を毎日実施し、問題がないことをホームページ上で公表しています。弊社では、製剤製造工程で使用している製造用水として「日本薬局方精製水」を購入して生産しており、今後も同様に製造用水として「日本薬局方精製水」を用いて生産いたします。 

3.福島県災害対策本部では、県内の大気の放射線測定結果**を毎日ホームページ上に掲載し、人体への影響がないことを公表しています。弊社も、いわき工場において、工場の内外で放射線量を測定し、さらに製品についても測定を行っており、大気中で問題がないとされるレベルであることを確認しています。

 以上のことから、いわき工場から出荷した弊社製品につきましては、放射線の影響について問題はないと考えております。

 弊社は、従来より品質および安全管理に万全を期すよう努めており、放射線量につきましては、今後も引き続き管理を徹底し、監視して参りますので、ご理解をいただければ幸いに存じます。                                           以 上

  *:福島県いわき市泉町下川字大剣1番
 **:いわき市はいわき合同庁舎駐車場で測定

________________________________

 
4月22日付けのあすか製薬の「福島県いわき工場の放射線に関するお知らせ方」のニュースリリースをホームページ上でみた。そこには

1 いわき工場は58キロに位置し避難勧告の対象外の地域にあること。種々 の産業の工場も徐々に生産を開始し、小中学校も4月6日から授業を再開していること。

2 いわき市の水道局では水道水の放射線測定を毎日実施し、問題がないことをホームページで公開していること。いわき工場では、製造用水として「日本薬局方精製水」を購入して生産していること。

3 福島県災害対策本部では、県内の大気の放射線測定結果を毎日ホームページ上に掲載し、人体に影響がないことを公表していること。いわき工場において工場内外で放射線量を測定し、製品についても測定を行っており、大気中で問題ないとされるレベルであることを確認していること。

以上のことから、いわき工場から出荷した製品については、放射線の影響について門題ないと考えると総括している。しかし、その具体的数値についてのコメントは何もなかった。いつから測定したかの日時すら定かでない。


■3月18日雑草に最高690000ベクレル/kgの放射線ヨウ素!


  原発事故直後、3月18日雑草に最高690000ベクレル/kgの放射線ヨウ素が検出され、セシウムも3月28日最高30300ベクレル/kg検出された。
しかし、いわき市のホームページには、このデーターは掲載されていない。 どこが安全なのか……4月6日から小中学校も授業を再開している? 
しかも、4月4日の時点で雑草のヨウ素は110000ベクレル/kg残留している。セシウムは13300ベクレル……4月6日ヨウ素は37500ベクレル/kg、セシウムは5150ベクレルにはなってはいるが、残存している。子供達が、その空気を吸うかもしれないのに……何が安心なのか。

  その不信感は、ずっと私の内部でくすぶり続けた。ともかく、私自身も、そうした環境下に立地している製薬会社の薬を毎日飲まなければならない立場なのである。どうしても、その数値を明らかにさせたい、させなければならないという私の決死の追跡調査は続いた。

4月28日 厚生労働省監・麻課へ電話を入れた。
私は「福島県薬務課にも電話してみたが、薬務課の担当者は工場は「単に許可しただけで、データー管理の責任はあすか本社にあり、最終責任は厚生労働省にある。」と言っていた。ただ、あすか製薬の工場へは電話を入れてくれたそうだ。工場は、「情報は共有するので本社には伝えてくれる」と回答したしのことだった。」と言った。監・麻課の監視官は「あすか製薬のホームページを見たか」と聞くので「見たが納得していない。薬の放射線の基準もない折、安全と一方的に言っても数値の具体がない。少なくとも、データーは、厚生労働省に報告するか公開すべき。」と私は答えた。
「データーの公表させる等は、こちらの権限ではできない。申請とか手続きもあるし……。」と監視官は言うので、私は「放射線が出たと言いながら、一企業が安全を言い切るのはおかしい。ここが無理ならば、今回の経緯を然るべきところへ働きかける。」と答えた。監視官は、「然るべき所はどこか?」と気にしているようだが、私は「この件をもう少し進めてくれそうな所だ。」と事務的に答え電話を切った。放射線が出ているという製薬会社がありながら、何の手も打たない厚生労働省には、失望感しかなかった。

 私は、然るべき関係官庁に連絡を取り、何とか「薬の放射線の安全基準」を設定してもらうべく働きかけてきた。しかし、この時点での私の訴えや働きかけなど何の意味もなかったことが後に分かった。厚生労働省は、経済課と監・麻課で輸出用の添付文書を作成していた。この輸出添付文書は、原発事故後、たった40日で発布された。発布日は4月22日だが、原文には日付がない。日付のない発布文書が、輸出添付文書として発行されたという。(これは、昨年五月情報開示をして、その文面の正確な内容を知った。日付がなかったので、その後、発布日を厚生労働省経済課総務に問い合わた。その折、この添付文書が、日本製薬工業協会に渡されたことを聞いた。)

 
   この事実を知ったのは、実は2011年8月22日のあすか製薬のニュースリリースだったというのは皮肉なことなのだが……。(この経緯の詳細は別枠で取り上げたいと思う。ただ、この文書は、海外の危惧に対する対応策として、外務省からの要請によって厚生労働省経済課と監・麻課が作成したと、一昨年2011年12月21日監麻課の監視官に確認をとったものだということだけは、ここで触れておく。)

 輸出製薬団体の意向を反映して政府見解は急遽作成された模様で、すべての日本の製剤、化粧品、医療輸出品は、安全確認も十分に取られ気配もないまま、たった40日で発布された。そして、輸出製薬会社は、密かに、この政府見解のお墨付きをもらい輸出してしまった。(2011年12月になるまで、私もこのことを全く知らなかった。)この件で問題なのは、当時厚生労働省のホームページにも、マスコミもこの件を報じていなかったということだ。 (私の勘違いかと思い、この事実を知った後、念のため図書館まで出向き朝日新聞と毎日新聞の縮刷版をチェックしたが、これに触れた記事を見つけることはできなかった。)

 
 重ねて言うが、この添付文書は厚生労働省からも報道発表もされず、ホームページにも掲載されなかった。また、国内製薬会社へ通知もされなかったという。 (2011年12月21日厚生労省監麻課に確認を取った折、監視官は言った。「それは欧州委員会から日本の製薬に対して問い合わせがあったので、外務省要請でEU向けに輸出する企業に向けて付けた文書である。ゆえに公開はしていないし、製薬会社へ通達もしていない。」と。

その後、10月漢方の生薬から放射線物質が検出され、12月21日には、厚生労働省は、フィルターを二重にするようにとか通達を出したとを付記した。
昨年12月21日、日本医師会の医療安全課の担当者に確認しても、この文については知らなかった。また、日本薬剤師会総務部の担当者にも確認を取ったが全く知らなかった。薬事新報という専門紙とカイセイ薬局グループのくすり「ホットニュース」にも電話をして確認は取った。しかし、くすり「ホットニュース」は「そういうニュースは知らないし、報道として上がってこないものは掲載しようがない。」と言っていた。

薬事新報は、過去の記事を検索してくれたが「掲載していなかった」とのことだった。「昨年、四月には海外からの危惧があった旨、日本製薬団体連合会からの通達があったと記憶している。」とのコメントがあったが、「そんな文書の件は知らないし、掲載していない。」とのことだった。
 

 命に関与する薬にもかかわらず、医師会関係にも情報が上がらない、薬剤師会も知らない、薬事関係の専門紙も知らない文書――そんな文書が存在すること等、一番末端にいてそれらの薬を飲まなければならない患者たちが、知り得る訳もなかった。(輸出となれば、海外の向こうに数知れない患者がいると予測される。)本当に全国全ての日本の製薬会社の製剤の安全性に自信があるものならば厚生労働省は、少なくとも情報発表があって然るべきではなかったか。原発事故直後から、SPEEDIから始まり、放射線数値の隠蔽が国内に蔓延していたことは知っていたが、海外へ向かっても、政府は綿密な安全確認ができない段階で、日本国中の製剤が安全だとする見解を出してしまった。

この後、漢方の生薬から放射線が検出されて、厚生労働省はあわてて通達を出すのである。こうして、まだ福島第一原発事故の汚染地域が拡散されているにも拘らず、海外へ向かって、日本の製剤のすべては安全とされる政府見解が、たった40日発布されてしまった。私は原発事故直後、何度も「薬の放射線の安全基準」を作成してくれるよう要請しても、それが叶わなかったのは官僚の次元では無理なのかもしれなかったという感想はある。当初、このことを厚生労働省監・麻課にいくら迫っても、「その権限はない」と答えていた。そのことは無理からぬことだったかもしれなかったと、今となれば思う。

 
しかし、限りなく濃い放射能が雑草から検出されていて、文部科学省からそのデーターがインターネット上に流されているにもかかわらず、それを放置し安全性等全く無視したまま、流通最優先で当該製薬会社に緊急輸入のイニシャティブを取らせた厚生労働省の対応は、本当に分からない。シェアの問題も含め、放射線原発事故から二年も経ちながら、ねじくれた医療制度の矛盾には何も手が着けられていない現状がある。
 

私にはこの40日で発行されてしまった輸出向け添付文書の構図は、今回の原発事故における当時の政府の被曝者への対応と相似形にも見える。政府は行き当たりばったの不透明な対応で国民を欺いた。
事故後二年余、被曝者は完全に「被験者」として厚い壁に囲われている。
全国に散らばった被曝者も環境省管轄の機関によってデーター収集網が構築された様子である。あたかも原発事故等なかったかのように、人々はこうした話題さえ避け、世論も話題を他に転嫁させようとしている。
 

振り返えれば、私は2011年原発事故当初4月6日から四回厚生労働省監麻課に電話していた。(この件に関しては2011年三月に問い合わせをしたが、あっちこっちたらい回しにされ、やっと窓口にたどり着いたのは四月に入ってからだった。4月6日、4月12日、4月21日と、4月28日と四回電話している。前日4月21日輸出向けに添えた添付文書が発行された日もしている。しかし担当者は、そんな気配はおくびにも出さなかった。) 
 

いわき市に立地するあすか製薬に関しては、雑草のデーターが脅威的に高かったし、現に、出荷時に放射線は検出されたと聞いていたので、検査データーを掌握をしてほしい旨何度も依頼した。が、厚生労働省は、あすか製薬のみならず、福島県に立地している他製薬会社の放射線検査のデーターを把握していたように私には見えなかった。


結局、あすか製薬に関しては、おおむね「薬の供給量が不足している、ガイガーカウンターが足らない。」そんな内容に収斂していたと思う。
 私はこの煮え切らない回答に見切りを付け、詳細な経緯を記した手紙を医師会に郵送することにしたのだった。            (つづく)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

☆ブログ更新しました。

☆この記事は2011年原発事故後1年後に書かれたものです。オリンピックの予選地区に福島が起用されるとかの話も出てきて、原発事故を風化させようとしている動きがある中、当初、いわき市で
690000も放射線ヨウ素が雑草から検出された事実を、風評被害と確信的に封印してきた時のいわき市政のことを、忘れてはならないので再度、ここに掲載しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2016年7月 | トップページ | 2016年9月 »