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2016年10月

2016年10月19日 (水)

橋本病が治ってしまった…数値が正常になっています!

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橋本病が治ってしまった…これって奇跡なの?


信じられないことが起りましたので、ご報告しておきます。私は以前、このブログに甲状腺患者で橋本病という病気だと書いたことがありました。

橋本病というのは自分の免疫システムが何等かの原因で自分自身を攻撃してくる病気です。私の場合は、たまたま甲状腺が攻撃された為、甲状腺が機能しなくなってしまったわけですが、初期の頃はそれに気付かなかったため、爪が変色したり、虫歯になったり、体中が爬虫類のような凹凸がある蕁麻疹に襲われたこともありました。

 血液検査をしたにもかかわらず、一年半も医者が甲状腺が悪いことに気付かなかったため、そんな様々な症状になって苦しんできて、医師を変えてはじめて甲状腺疾患があることが分かりました。


♦8年位も甲状腺ホルモンホ補填剤を飲んでいた!


それから、8年位も甲状腺ホルモンホ補填剤というものを飲み続けていたのです。この間、原発事故が起り、私は甲状腺患者という視点で放射線ヨウ素の動向、スピーディのデーターを追いかけているうちに文部科学省から出された放射線の驚くべき数値について知り、この甲状腺ホルモン剤を作っている会社が98%シェアがあって、その製薬会社が津波で倉庫が壊れているのに、壊れた倉庫からチラージンという薬をとりだし出荷してしまった経緯、製薬会社としてのモラルの欠如についてココログのブログに綴ってきました。
 

しかし、そんな甲斐もなく、小児甲状腺ガンになった子供は174名を数え、それは人災と言えるほどの数にのぼっています。この子ども達はみんな、甲状腺機能を失っているため、成長ホルモンを補填しなければなりません。そして、この子ども達は一生この甲状腺ホルモン補填剤通称チラージンという薬を飲まなければならないのです。私は、この福島県にある製薬会社が信用できませんでした。なぜなら、その会社のあるいわき市には、原発事故7日後の3月18日には690.000㏃の放射線ヨウ素が雑草から測定されたのです。そして20日には548.00㏃でした。放射線ヨウ素は一週間で消えていくといいますから、測定する以前の数値は想像を絶する放射能が積算していたのでしょう。

これは文部科学省のデーターでした。今見ようとしてもみんな消えていってしまったデーターです。この数値を製薬会社も知らず、知らないくせに壊れた倉庫から在庫品を引っ張り出し出荷してしまったというのでした。そして、このデーターをいわき市は市民にも発表せず、地元新聞社もこんな数字を知らされないまま「いわき市は風評被害に苦しんでいる」という記事を書きました。それは、地元新聞に確認したので確かです。電気も水道も止まり、情報も何も取れなかったそうです。客観的データーもないまま、地元新聞は風評被害の記事を書いていたのです。そして、今更と書いた記事を否定もしません。

私が執拗にこの件に関わったのは、自分が飲まなければならない薬が雑草が、めまいがするほど高い放射線ヨウ素に汚染されていたかもしれないのに壊れた倉庫から出荷してしまった製薬会社の製品だったからです。厚生労働省に相談しても信じてもらえず、すぐ近くの文科省で出している放射線のデーターすら把握しないまま行政を進めていて、供給が間に合わないと取り合ってもくれませんでした。結果的に、私は死に物狂いで市民病院の院長にかけあって数%シェアのサンド社の薬を置いてもらうよう依頼したのでした。
 

そこまでしたのは、何としてもチラージンという薬を飲みたくなかったからです。それ程必死で戦ったのは、自分がなぜそんな不安を抱えた薬を飲まなければならないのか意味が納得できなかったからでした。でも、私が甲状腺患者でなかったら、そんなに執拗にこの薬の動向について追いかけたりしなかったでしょう。

♦現在だって福島は安全?

でも、考えてみてほしいのですが、今現在だって福島第一にはデブリがあり
誰もそれを制御しているわけではありません。
情報が隠されれば隠されるほど不安感はあるのであって、決して薬を潔く飲んでいるわけでもありません。
私の切なる願いはこの薬から開放されることでした。しかし、そんなこと無理な相談でした。でも、一生薬の世話にならないと生きていけないという自分の存在が厄介でした。
 

原発事故以来、心の底から楽しめたことなどありません。そして、一生薬に縛り付けられ、自力で生きていないと思うと後ろめたさがあります。一種の気鬱がずっとつきまとっていました。原発事故以来4年くらいはサンド社の薬を飲んできましたが、ここ1年以上、この気鬱が病院から私を遠ざけました。何もかもが面倒でした。最初は、やれ熱中症になるのが怖いとかインフルエンザを移されるとか…いろいろな口実を自分に付けているうちに、面倒くささが私の全身に張り付いてしまい、この面倒くささ病のためにそれで死んだらそれでもいいという投げやりな気持ちになってしまいました。そして、気付けば、一年半も甲状腺ホルモン補填剤を飲んでいませんでした。

でも、変なのです。薬を飲まなくても爪も変色はしないし、虫歯にもならないし
全身蕁麻疹なんてなかったし、潰瘍みたいなものもできず、運動もせず夜と昼の逆転生活しているのに風邪はひかないし、花粉症は直ってしまっているし、どうもおかしいのです。成長ホルモンを担っている甲状腺ホルモンを補填していないのに、ちゃんと皮膚は怪我をしても修復しているし、やけどをしてもすぐ直ってしまうし、そんなこんなで不快でない生活を送っているのだから、薬は必要なかったのです。
 

一方で少しは、このままで大丈夫なのか気にはなっていました。そして、突然歯痛が起こり歯の治療が必要かもと思った時、麻酔が使えないかもと不安になったのです。まだ甲状腺異常に気付かなかった時、歯科で麻酔を使い治療後、めまいで家に帰れなくなったこと、点滴を打ちながら歯科治療をしたことなどを思い出したのです。それと、私のために数%シェアのサンド社の薬を取りおいてくださっている薬局のことも…。それで仕方なく病院へ出向き検査をしました。

結果、信じられないことに甲状腺の数値が正常になっていました。前は刺激ホルモン値が高かったのに、正常です。肝機能、腎機能も正常。白血球も赤血球も正常範囲。こんなことってあるのでしょうか? それは、私にとっては奇跡でした。普通、甲状腺を悪くしたら治るって説は聞いたことはありません。不摂生したり、食べるのも面倒でいい加減なものばかり食べていたのに…健康になっているなんて…黒豆や小豆を自分で煮ていたのがよかったのでしょうか。黄粉とココアも飲んでいたけれど、ほめられることなんて何もしていなかったのに…

ただただ、ビックリしています。これが意味していることは何なのでしょう。そして、思ったことは…それじゃ、甲状腺補填剤を摂取したらどうなるのだろうということでした。本当に信じられません。一生甲状腺ホルモン補填剤を飲まなければ生きていけないと言われていたのは、一体何だったのでしょう。だったら他の方にもこれがあてはまらないのでしょうか。なぜって、橋本病って、確か、難病指定されていた病気だったはず…。もっとも、こんな無謀な実験をする人間なんていないかもしれません。なぜなら、薬なしでは死んでしまうといわれていましたし、確かに飲んでいないと苛酷でした。薬剤師さんには「認知症にもなるから飲んでください」と言われたホルモン剤です。

ですから、もしこれが事実ならば、橋本病も治るという微かな希望になると思います。なぜなら、私が直ったのですから…。まあ、私の甲状腺には3つのう胞はあるので、手放しでは喜べないのですが…。

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☆ブログ更新しました。 

☆これは、アメーバー記事に掲載したのを、再度このココログのブログに掲載したものです。

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