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2018年5月17日 (木)

メディスン狂詩曲出版しました!

 

                   メディスン狂詩曲出版

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 このブログで書きました記事が、電子出版になりました。

 以下のアドレスをクリックすると、販売画面にリンクされていてお申し込みができます。

  https://www.amazon.co.jp/dp/B07CS562QK 

 

 

  <メディスン狂詩曲を出版するにあたって…>

私は、2005年位から甲状腺疾患である橋本病をわずらっていました。この病気は何らかの理由で自己抗体が、自分の甲状腺を攻撃してダメージを与える病気で、生涯甲状腺ホルモン補填剤を常用していかなければならないと言われています。


そして、忘れもしない2011年3月12日福島第一原発事故が起こりました。この事故では信じらリないことばかり起こりました。私が常用していた甲状腺ホルモン補填剤が福島県で製造されていて、何とそのシェアは98%というものでした。


その薬はⓇチラージンSというものでしたが、津波で製薬会社の工場と倉庫が損傷して製造ができなくなり、そのシェアから極端な供給不足になりました。この薬はいわき市で製造され、福島原発からは58キロの距離がありました。それゆえ、安心だと製薬会社の薬相談室は言っていました。そして、いわき市のホームページに掲載された空間放射線量を信じて安全宣言を早々と出してしまいました。


しかし、その製薬会社は本当の放射線量を把握していませんでした。なぜなら、いわき市自身が、空間線量も多い数値をカットして公開していたからです。3月18日雑草からは690,000㏃という放射線ヨウ素の数値が検出されていました。そんなことを知らない製薬会社は、いわき市は安全だとして安全宣言を4月10日にしてしまい、甲状腺学会もそのまま製薬会社の安全宣言を掲載しました。


この3月18日690,000㏃の放射線ヨウ素については、地元新聞社も知らないまま、いわき市は風評被害に苦しんでいるというコラムまで書いてしまいました。その時のいわき市の担当窓口の人は言いました。「その数値は知っている。しかし、政府は安全だと言っているので掲載していない」というのがコメントでした。


福島県の薬事課の担当者も「それはどこの数値か?」と呑気なことを言っていましたし厚生労働省監・麻課の担当官も「そんなに高ければ、製薬会社から言ってくるでしょう。」的対応…。しかし、その数値は文部科学省が福島各地を測って出した数値で、福島市も郡山市も同様に驚異的高さを示していました。少なくとも、いわき市の市民は、初期の段階で大量の濃い放射線プルームを浴びさせられたのでした。


甲状腺患者として拘ったのは、学会にいわき市の余りに高い放射線ヨウ素のため薬が心配なため、ぜひ対応して欲しいと甲状腺学会に電話もし手紙を書きましたが、1ヶ月以上音沙汰もなく、後にその理事長があの100m㏜で有名な山下俊一氏あることが分かりました。


同氏は、甲状腺補填ホルモン剤の緊急輸入にまでかかわっていました。この公的緊急輸入については、全国保険医連合会も要請し日本医師会も要請している公的な意味を持つ輸入でしたがどうやら製薬会社あすか製薬の株価急落を助成するための個人的輸入に利用されたことも、調べていくにつれ分かってきました。そして、学会がその後押しをしていたことも判明してきました。


また、海外への輸出対応についても、政府がマスコミ発表すらしなかった情報もありました。それは輸出している製薬会社だけに配られた輸出添付書です。それは「日本の薬品・化粧品すべて安全である」とする安全を補償した添付文書で、外務省と厚生労働省で作成したものですが、薬事出版のような出版社も日本医師会や全国保険医連合会など関係者も誰一人知らないまま、海外に向けて安全性を宣言した文章でした。


その間、放射線を測ったわけでもないのに、全国製薬会社連合会のプロジェクトチームが作成したかのような文書に押されて作成した代物でした。もし、やましくもないのなら、なぜ発表しなかったのでしょう。その文書も厚生労働省経済課は存在しないと私にいいました。しかし、情報公開するとちゃんと存在していたのです。ホームページにも掲載せず、医療関係、薬剤師関係などの人すら知らない秘密の文書でした。


こういう対応を事故当時の厚生労働省は行っていたのです。いい加減な官庁なのは、現在も原発事故当初も変わりませんでした。そして、なにより1番驚いたことは、雑草に690,000㏃/kgという驚異的放射線ヨウ素が検出されたというのに、あすか製薬は破損した倉庫から在庫品を引っ張り出して出荷してしまったということを聞いた時です。しかも、放射線も検出されたと言っていました。にもかかわらず、自然放射線程度だとかいって素人考えで勝手に出荷したのです。


そんな事例は過去ありません。そんなこと製薬会社に判断できることではありません。原子力規制庁は「それはその会社が勝手にやっていることだ。」と批判的でした。東京の検察庁も「告発しますか?」とまで言われました。製薬協に連絡すると絶句!販売を担当する武田製薬も大慌てでした。しかし、最後には誰も患者のために動いてくれる機関はありませんでした。私は市民病院の院長に頼み込んで、当時たった2%シェアのサンド社のレボチロキシンナトリウムに変更することで、自分の危機を自分で救いました。


そんなことをした製薬会社の薬を今、甲状腺疾患を持った患者が飲んでいるのです。福島の危機は終わったものではなく、今でもいつどんなキッカケで臨界するか分からない状況なのに、みんな福島原発事故は終わったかのように頓着していないように見えます。


原発事故の時、どれだけ驚異的数値の放射能が東日本を襲ったのか、その時の学会・関係官庁および製薬会社が、どれだけ日本の甲状腺患者にむごいことを強いたのかを甲状腺患者の私の目を通じてつづったドキュメント記事です。原発事故のひとつの記録として知ったことことを書きました。


重いテーマですから、出版まで紆余曲折がありました。しかし、どうしても記録として残しておきたいという義務意識で出版までこぎつけました。甲状腺患者の方は密接に関わることなので、是非目を通していただければ幸いです。


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